通州事件 ― 2006年09月10日

最近、ネット上で『通州事件を知るべき』との意見が散見されます。通州事件とは、日本の傀儡政権が起こした反乱事件です。この事件については日本軍の責任が大きいが、日本ではこの事件を中国への敵愾心をあおりたてるように利用しました。ネット上で散見される通州事件の説明の多くは、事件の背景を知ることなしに、日本人が被害にあったことのみを取り上げて、中国への敵愾心をあおりたてるものです。無知による排外運動は好ましいものとは思えないので、通州事件とその背景を、ごく簡単に説明します。写真は、冀東防共自治政府が1937年に発行した、壱角硬貨。
1935年11月25日、日本軍は、日本人女性の夫であり、早稲田大学卒の、殷汝耕に命じて、親日傀儡政権、冀東防共自治政府を樹立させた。冀とは、河北省の意味で、日本では「キ」、中国では「チ」と読みます。
冀東防共自治政府が樹立されると、国民党政府はこれに反発、翌26日には殷汝耕ら首謀者の逮捕令を発するとともに、何応欽駐平弁事処長官を派遣したが、日本側は彼との面会を一切拒絶した。冀東防共自治政府は、満州との間でアヘンの密貿易を行い、それにより、利潤を上げていたが、このため、冀東防共自治政府の中心都市である通州にも、アヘン患者が多数存在していた。日本軍の保護のもと、アヘン・ヘロインの卸、流通、密造は日本人が行い、朝鮮人は小売などに携わっていた。
通州事件とは、冀東防共自治政府の保安隊が起こしたものである。
1937年7月29日、冀東防共自治政府保安隊は挙兵し、日本軍人や居留民を襲撃・殺害した。犠牲者のうち100人以上は朝鮮人で、日本人も同規模の犠牲をこうむっている。被害者に朝鮮人が多いのは、アヘン密売等に携わっていた朝鮮人が多かった為である。殺害された日本人にも、アヘン・ヘロインの密貿易・密造に携わっていたもの少なからず存在したと推定される。
通州事件は、日本軍の介入によって、1日で鎮圧されたが、事件の責任を取って、日本人女性の夫である殷汝耕は辞任した。冀東防共自治政府は、その後、日本が作った中華民国臨時政府に合流しているが、それに先立つ、1937年12月、冀東防共自治政府代理政務長官の池宗墨と在中華民国日本帝国大使館参事官の森島守人は、冀東防共自治政府が、日本に謝罪し損害賠償金を支払うことで、事件を終結させた。
第七十三議会用擬問擬答(東亜局)
問 通州事件の結果如何
答 本事件に付ては冀東政府と交渉の結果同政府長官池宗墨より(イ)正式陳謝し(ロ)責任者及加害者は辞任又は逃亡し若くは討伐せられ処分の方法なきを以て将来再発防止に努め(ハ)死者に弔慰金並に傷者に見舞金を支払ひ(ニ)慰霊塔建設地を提供することを申出て我方之を了承し同事件は円満に解決せり
通州事件は、冀東防共自治政府保安隊が起こしたものであるが、冀察政務委員会の働きかけがあったとの説も有る。冀察政務委員会とは、日本軍と南京国民政府との協議によって、華北に成立した日中間の緩衝政権である。また、通州事件には日本のアヘン密売に義憤を感じた通州の人たちの支援があった可能性もある。
通州事件は、日本軍の指揮下にあった、冀東防共自治政府の保安隊が起こしたものであるにもかかわらず、日本は、中国人の起こした残虐事件として大々的に宣伝した。
小林よしのりのマンガ(1) ― 2006年09月12日
以前、サンフランシスコ条約11条の訳語について、このブログで書いたことがあります。今は、まとめて別ページに置いています。
最近、このページのクリック数が少し多いように思ったら、小学館のSapioに、小林よしのりが、おかしなマンガの解説を書いていました。話題になっているならと思って、Sapio買ってみたのですが。小林よしのりのマンガは相変わらず絵が汚らしくて見るのが苦痛です。漫画なので、内容がデタラメなのは仕方ないとしても、もう少し上手に絵を書いてくれないかなー。
と言うわけで、まだ、ほとんど見ていません。1コマだけ見たら、早速デタラメなことが書いてありました。
裁判では最終的に「判決」が言い渡され、「判決理由」が付けられる。
小林よしのりは、「判決」の意味が分かっていないですね。「主文」と「理由」を一緒にして「判決」なので、『判決が言い渡され、判決理由が付けられる』のではなくて、『判決では主文と理由が言い渡される』のです。判決には理由がついているのです。
刑事事件の判決は以下のように書かれています。(実際は縦書きです。)判決と理由があるのではなくて、判決には主文と理由が含まれているのです。
(「判決」「主文」「理由」の文字の間には、空白が入っています。)
平成○年○月○日宣告 裁判所書記官 ○○○○
平成○年第○○号 ○○事件
判 決
本籍 [被告人本籍地]
住居 [被告人住居地]
[被告人職業]
[被告人氏名]
昭和○年○月○日生
主 文
被告人を○○に処する。
[もう少し何か書かれることが多い。執行猶予とか。]
理 由
[数ページに渡って、いろいろ、こまごまと書かれている。]
(検察官○○出席)
(求刑懲役○年)
平成○年○月○日
東京地方裁判所刑事第○部
裁判長裁判官 ○○○○
裁判官 ○○○○
裁判官 ○○○○
判決の言い渡しは、多くの場合、最初に「主文」が読み上げられ、次いで「理由」が読み上げられます。しかし、死刑判決の場合は、最初に「理由」が読み上げられ、そのあとに「主文」が読み上げられる事が多いので、理由から読み上げられたときは、ニュースの第1報は「極刑が予想される」となります。
小林よしのりのマンガ(2) ― 2006年09月14日
サンフランシスコ条約11条の日本語は、『日本国は,極東国際軍事裁判所並びに日本国内及び国外の他の連合国戦争犯罪法廷の裁判を受諾し,且つ…』と、『裁判を受諾』と訳されています。小林よしのりは、この訳は誤りで、『諸判決を受諾』が正しいと主張しているようです。(マンガをまだ見ていないので、あやふや。小林よしのりのマンガ、嫌いなんです。)
サンフランシスコ条約の翻訳には、下田武三氏が関与していたことは間違いありません。下田氏は外務省官僚を退任したあと、最高裁判所裁判官を務めていました。戦後日本の条約解釈の礎を作った人といっても過言ではありません。下田氏は、近年プロ野球コミッショナーを務めていたので、この関係でご存知の方も多いと思います。外務省条約局長を務めた人よりも、小林よしのりが、英語が堪能だと一体どうして考えるのでしょう。最高裁判所裁判官を務めた人よりも、小林よしのりが、法律知識が豊富だと、一体どうして考えるのでしょう。
その後、サンフランシスコ条約の説明には、外務省条約局長だった小和田恒氏が関与していたことは容易に想像できます。小和田恒氏は外務省退任後、国際司法裁判所の裁判官を務めています。国際司法裁判所の裁判官を務めた人よりも、小林よしのりが、国際法に詳しいと、一体どうして考えるのでしょう。
そう考えたら、いい年をして、ピエロを演じている小林よしのりが気の毒になってきました。
下の記事の続き ― 2006年09月14日
プロ野球を見ていると、審判のストライク/ボールの判定や、アウト/セーフの判定のことを「ジャッジメント」と言っています。野球で一番大切なのは、巨人が勝ったとか、阪神が勝ったとか、そういうことかもしれませんが、だからと言って、それだけが審判のジャッジメントと言うわけではなく、個々のストライク/ボールの判定、アウト/セーフの判定のことも「ジャッジメント」と言います。
相撲では、行事軍配がどちらに上がったか、物言いは付かないか、そういうことが判定のすべてのように感じます。
判決で一番重要なのは、死刑なのか無罪なのか、そういうことかもしれません。しかし、判決には理由のところに、検察の主張はどうだ、弁護側主張はどうだ、それをどう判断するか、と言うことが、こまごまと書かれています。裁判所の判決は、プロ野球のジャッジメントに似ているようで、行事軍配とは趣が違います。
多少でも、プロ野球中継を見たことのある人ならば、普通の常識でも、「ジャッジメント」が単に、死刑なのか無罪なのかという結果だけではなく、そのように判断した過程を含むことは、容易に推定できるような気がするのですが。
民主党細野氏は対談の中で、『判決には主文があり、事実認定や判決理由がある。そこを主文の刑の執行に限定するのは無理がある。』と発言したそうです。小林よしのりはマンガの中で、この発言を「馬鹿話」として批判しています。民主党細野氏の発言は、法律用語としての『判決(ジャッジメント)』の意味を忠実に説明しています。一般常識も、おそらくそれほど違いないでしょう。小林よしのりだけが、法律用語からも、一般常識からも外れた、デタラメ、インチキを吹聴しています。小林よしのりの、非常識な無知はどこから来ているのでしょう。
それから、細かいことだけれど、日本の民事訴訟の判決は、「主文」と「事実及び理由」からなっています。刑事訴訟の判決では「主文」と「理由」になります。例外はあるかもしれない(あやふや)。これは、民事訴訟法 第253条では「判決書には、次に掲げる事項を記載しなければならない。1.主文 2.事実 3.理由 4.口頭弁論の終結の日 5.当事者及び法定代理人 6.裁判所」となっているのに対して、刑事訴訟法 第44条では、「裁判には、理由を附しなければならない」となっているためです。
極東国際軍事裁判書の判決は、日本の裁判とは体裁がだいぶ異なっています。(原文を見たことがないので詳しいことは知りません。)
小林よしのりのマンガ(3) ― 2006年09月15日
サンフランシスコ講和条約11条の目的に関して、小林よしのりのマンガではデタラメな説明ガなされています。最初に、小林のデタラメ説明と、条約締結国会での政府の正しい説明を掲載します。
小林よしのりのデタラメな説明
サンフランシスコ講和条約第11条とは、日本政府が、占領中の連合国の軍事行動で戦犯とされた者たちの、「刑の執行」を肩代わりせよという条約であり、ただしその「刑の執行」も条件次第では停止して釈放してもよいという条約なのである。
昭和26年日本政府の説明
第十一條は戰犯に関する規定でございます。この條約の規定は、日本は極東国際軍事裁判所その他連合国の軍事裁判所がなした裁判を受諾するということが一つであります。いま一つは、これらの判決によつて日本国民にこれらの法廷が課した刑の執行に当るということでございます。そうしてこの日本において刑に服しておる人たちに対する恩赦、特赦、仮釈放その他の恩典は、将来は日本国政府の勧告に基いて、判決を下した連合軍のほうでこれをとり行うという趣旨が明かにされております。極東軍事裁判所の下した判定については、この極東軍事裁判所に参加した十一カ国の多数決を以て決定するということになつております。一体平和條約に戰犯に関する條項が入りません場合には、当然各交戰国の軍事裁判所の下した判決は将来に対して効力を失うし、又判決を待たないで裁判所が係属中のものは爾後これを釈放する、又新たに戰犯の裁判をするということは許されないというのが国際法の原則でございます。併しこの国際法の原則は、平和條約に特別の規定がある場合にはこの限りにあらずということでございます。従つてこの第十一條によつて、すでに連合国によつてなされた裁判を日本は承認するということが特に言われておる理田はそこにあるわけでございます。戰犯に関する限り、米国政府の態度は極めて友好的であつたと私は一言ここに附加えておきたいと、こう思います。(昭和26年10月26日 参議院-平和条約及び日米安保委員会 政府委員 西村熊雄)
政府の説明では、『日本国が裁判を受諾すること』『日本国民に課した刑の執行に当る』と2つの規定が有ることが明確にされています。小林は自分に都合の悪いところは故意に隠しています。
さらに、政府の説明では、『すでに連合国によつてなされた裁判を日本は承認するということが特に言われておる』と『裁判を承認する』ことであると、明確に説明されています。
ところで、小林は『占領中の連合国の軍事行動で戦犯とされた』と書いていますが、軍事行動で戦犯とされた人はいないので、これは、どのようなつもりで書いたのでしょう。単なるミスなのか、サピオの読者をだます下心なのか。
小林よしのりのマンガ(4)-小林の目的 ― 2006年09月17日
「今のメディアにはもう何も期待できない。わしは今までインターネットで保守を名のる者を批判してきたが、あえてそのネットの者たちに共闘を求めたい。彼らに期待する。」
「わしはインターネットの使い方は不得手だ。どんなやり方があるのか知らんが、東京裁判の呪縛から日本を解き放つために、ネットを最大限利用してくれ!」
小林よしのりのマンガの目的は、マンガしか見ないような、ネット右翼を利用することのようです。小林は、こんなことも書いています。
小林のデタラメ説明
英語では「accepts the judgments」 法律用語で「裁判」は「trial」であり、「judgments」はあくまで「判決」。
フランス語は「accepte les jugements」 この後に、「言い渡された」を意味する「prononces」が付いている。
「裁判」を国語辞典で調べると、次のようになっています。法律用語で、「裁判」と「判決」は訴訟手続きの違いで、公判を意味する「trial」ではないのです。
〔法〕裁判所・裁判官が具体的事件につき公権に基づいて下す判断。訴訟法上は、判決・決定・命令の3種に細分。(広辞苑)
裁判所が法的紛争を解決する目的で行う公権的な判断。その形式には判決・決定・命令の3種がある。(大辞泉)
司法機関が訴訟について、法律に基づいた判断を行うこと。判決・決定・命令の三種の形式がある。(大辞林)
小林は、まともに国語辞典も調べられないのでしょうか。それとも、マンガしか読んだことのないネット右翼に呼びかけているのでしょうか。
また、小林は、『フランス語はaccepte les jugements、この後に、言い渡された、を意味するprononcesが付いている』と書いています。これは、今年の6月6日に民主党の野田佳彦議員が提出した質問主意書で、『「裁判」は言い渡されるものではない』と主張している部分に対応しています。政府の回答書で、野田佳彦議員の誤解に明白な回答が示されています。
刑事訴訟法46条には『被告人その他訴訟関係人は、自己の費用で、裁判書又は裁判を記載した調書の謄本又は抄本の交付を請求することができる』と、あり、「裁判」とは書面に書き表すものであることは明白です。小林は、法律用語の「裁判」の意味が分かっていませんね。
(お願い)コメントは歓迎しますが、国語辞典も調べないで、小林のようなデタラメをコメントしないようにお願いします。
ちょっと話は変わって、統一教会をご存知ですか。韓国の文鮮明が教祖の、反社会的新興宗教です。文鮮明は北朝鮮との深い関係も噂されています。
少し前、韓国発のいかがわしい宗教『摂理』が話題になっていました。摂理なんかよりも、統一教会の方がよっぽど社会問題を起こしています。もっとも、摂理は統一教会から出ているそうですが。
自民党新幹事長は中川秀直氏が有力視されているそうです。安倍総裁、中川幹事長。
今年6月ごろ、統一教会の合同結婚式には、安倍・中川両氏が、祝電を送っていました。日本国が統一教会に蚕食されて行くのだったら、怖い。いかがわしい新興宗教は怖い。
統一教会の関連会社が出版している右翼新聞に「世界日報」があります。世界日報のホームページを見ると、渡部昇一氏が推薦文を書いています。
http://www.worldtimes.co.jp/itenews/word/word.html
小林よしのりは、マンガの中で、サンフランシスコ条約11条の訳語「裁判」を「諸判決」が正しいなどと、デタラメを吹聴していますが、この説は、昨年5月の産経新聞で、渡部昇一氏が主張していたものです。また、小林よしのりは、安倍晋三氏を肯定的に書いています。
安倍晋三氏・渡部昇一氏は統一教会と関係がある人たちです。小林よしのりも、それを知っていて、統一教会の宣伝目的でマンガを描いているのでしょうか?
小林よしのりのマンガ(5) ― 2006年09月18日
これまで、数回にわたって、小林よしのりの漫画はでたらめであると指摘しました。間違いか、正しいのか、分からない点があります。
それにしても今年の8月15日にはなんと史上空前の25万8000人の参拝客が訪れて拝殿にも遊就館にも一日中、列が途切れることがなかった。我が「よしりん企画」のスタッフも2名が参拝して詳しく報告をしてくれた。そこは明らかに日頃のマスコミ報道にフラストレーションを募らせた一般市民の解放区になっていて、TBSのテレビマンには特に多くの野次が浴びせられていたという。
私は、この日、靖国を参拝したのではないので、小林の記述が正しいのかそうでないのか、よく分かりません。
小林よしのりが執筆に関与している、扶桑社「新しい歴史教科書」(市販本P306)には、昭和天皇の記述の関して「崩御の日」の中に次の記述があります。
皇居前では、さらに全国各地では、若者、老人、主婦、サラリーマンなどさまざまな人々が、昭和天皇の時代のもつ意味に静かに思いをめぐらせた。
崩御の日、私も、皇居前広場に行って、記帳をしてきました。皇居前広場には、たくさんの人がいて、中には、「静かに思いをめぐらせた」人もいたと思いますが、多くの人は単に物見遊山のようで、カメラを持っている人が多いのに驚きました。(物見遊山と言ったら失礼かもしれません。多くの方は、歴史の転換点に立ち会いたかったとも思えます。実際、東京中央郵便局には昭和最後の記念として、消印を押印する人たちで、ごった返していました。)
8月15日の靖国に、『日頃のマスコミ報道にフラストレーションを募らせた一般市民』が一部存在していたと言うことは、まあ、そうなのかもしれません。しかし、多くの人は、崩御の日に皇居前広場にいた人と、同じような気持ちだったのではないだろうか、そう思えてなりません。
小林は、一部の状況を持って、さもそれが、全体であるかのように記述しているように思います。しかし、それは、小林の責任ではなくて、マンガの限界を示しているのでしょう。
マンガしか読んだことのない子供達が、政治や社会に関心を持ったとき、最初に読むのが、政治マンガであることは仕方ないとしても、早めにマンガは卒業して欲しいものです。
判決主文と判決理由 ― 2006年09月19日
松本智津夫に死刑判決が確定したのは、まあ、当然のことなのかもしれません。でも、後味の悪い裁判でした。
たとえ凶悪事件を起こした犯人であっても、最後は、少しでも人間性を取り戻して欲しい。「死刑になればそれでいいんだろ」裁判は、そんなものではないはずです。判決理由の中では、なぜ死刑なのか、自分の犯罪に立ち向かうことが、解かれています。死刑の執行だけではなく、なぜ死刑になったのか、その判決理由を真摯に受け止めて欲しかった。
オウムの医者で凶悪犯罪に関与しながらも無期懲役になったものもいます。なぜ無期懲役になったのか、その判決理由を真摯に受け止めないかぎり、絶対に容認できません。
判決主文:
東京裁判では東条に死刑判決が下るなどしました。日本は判決主文を受諾して、それぞれの刑はもう済んだことなのだから、判決理由を日本は無視してよいとの意見が有ります。
オウム事件では松本の死刑判決が確定しました。判決主文である、死刑だけを松本は受諾すればそれで十分で、あとは被害者にどんな態度を取っても、松本は正当なのでしょうか。
オウムの重大犯にはそのうち死刑が執行され、それ以外の人は、いずれ出所することになるでしょう。そうなったとき、オウム裁判は既に完了したのだから、オウムがどんな活動をしようが彼等の自由で、松本を崇拝しようが、被害者を侮辱しようが彼等の自由でしょうか。絶対に、そのようなことは容認できません。
小林よしのりのマンガ(6) ― 2006年09月21日
小林よしのりは、東条は死刑などと言うことだけを日本が受諾したのだと思っているようですが、それはありえないことです。刑事裁判というのは、国家が個人を死刑にすることに対してお墨付きを与えるものです。オウムの麻原こと松本の死刑判決が確定しました。国家は死刑を求刑し、それに対して、裁判所が死刑を認めたのです。実際に、死刑にするのか、そのまま刑務所に拘置するのか、それは、法務大臣が決めることです。裁判所が、松本を死刑にすることを命じたわけではありません。
サンフランシスコ条約は「極東国際軍事裁判所の裁判の受諾」と「刑の執行」の2つが書かれています。「裁判の受諾」は刑の執行の正当性を与えるものです。
小林よしのりは『当事者を拘束するのは主文だけである、判決理由には既判力はない』と書いています。
当事者というのが、刑事被告人のことなのか、裁判所のことなのか、よく分らないのですが、もし、刑事被告人のことだとすると、刑事被告人を拘束するのは判決ではなくて、刑務所なり刑務官なりの国家権力です。主文は、国家権力が刑事被告人を拘束することにお墨付きを与えるものです。
裁判所を拘束するのは、裁判所法第4条を見れば明らかなように、主文だけではなく、理由を含む判断の全体です。
『裁判所法第4条 上級審の裁判所の裁判における判断は、その事件について下級審の裁判所を拘束する』
次に、小林よしのりは『判決理由には既判力はない』とも書いています。主文に既判力があるのは、民事訴訟の話で、刑事裁判には関係のないことです。まとめると次のようになります。
裁判の拘束力:上級審の裁判所の裁判における判断は、その事件について下級審の裁判所を拘束する
裁判の既判力:民事訴訟に限って、確定判決は、主文に包含するものに限り、既判力を有する
簡単に書くと、次のようになります。(簡単すぎですが、誤解をしないように。)
裁判の拘束力:理由を含む判断すべてに拘束力あり(その事件についてのみ)
裁判の既判力:主文のみ既判力を有する(民事訴訟についてのみ)
さて、小林よしのりは、東京裁判を受諾したからと言って、A級戦犯を合祀しても、小泉が参拝しても、一切問題ないと主張したいのでしょう。
日本は大陸系の裁判制度なので、判決は一般に法源とはならず、個々の裁判の独立性が高いので、裁判をした事件以外に対する判決の影響力は元々小さいのです。判決を受諾したからと言って、司法制度上、従わなくてはならないのは、その事件のみです。
では、判決を全く無視してよいのかと言うとそうでもないのです。結局、政治は司法制度で決定されるものではないですから。
もう少し、詳しく説明します。
日本国は、極東国際軍事裁判所の裁判を受諾しました。だから、日本国として、この裁判が違法だとか、無効だとか、そういうことを言える筋合いではありません。東条が死刑になった根拠として、極東国際軍事裁判所の判決理由に従う必要があります。東条を靖国に合祀して良いか否かの問題や、小泉が靖国参拝をしても良いかどうかの問題では、極東国際軍事裁判所の判決理由に従う必要はありません。関係のないことです。もちろん、判決主文も関係ありません。これは、司法のことです。
司法の問題で従わなくてはならないことには、行政は従う必要があります。司法の問題で従わなくてもよいことは、行政は従う必要がないかというと、そうでもありません。一例として、憲法違反の行政執行は不可です。では、法律に違反しなければ、どのような行政を執行しても良いかと言えば、そんなことは無いでしょう。
特別な理由も無く、極東国際軍事裁判所の判決に示された理由に反した行政を行うことは、不可でしょう。しかし、十分な理由があれば、極東国際軍事裁判所の判決に示された理由は、それに反した行政を行うことを、禁止するものではないでしょう。
P74の上段コマについて、小林よしのりのデタラメぶりを指摘しておきます。
まず、小林よしのりのデタラメマンガ
裁判では最終的に「判決」が言い渡され、「判決理由」が付けられる。
ある裁判で言い渡された「判決」を受容したら、「判決理由」まで自動的に認めたことになるのか?冤罪を主張する権利まで奪われるのか?
我が国の民事訴訟法では「確定判決は主文に包含するものに限り既判力を有す」と規定している。
当事者を拘束するのは「主文」だけである。
「判決理由」には既判力はない。
これは文明諸国の法の一般原則である。
●裁判では最終的に「判決」が言い渡され、「判決理由」が付けられる。
判決が言い渡されて判決理由がつけられるのではありません。判決には判決理由が付けられているのです。判決の言い渡しとは理由を含んでいます。
●ある裁判で言い渡された「判決」を受容したら、「判決理由」まで自動的に認めたことになるのか?冤罪を主張する権利まで奪われるのか?
判決が受容できないから、冤罪を主張するものなので、小林は何を書いているのか不明です。
冤罪とは主文が冤罪の場合を言います。理由に不満があっても、主文に不満がないときは、一般に訴えの利益無しということになり、提訴は認められない場合が多いでしょう。
●当事者を拘束するのは「主文」だけである。
裁判所法第4条では裁判を拘束するのは、上級審の裁判所の裁判における判断であることが明示されています。
●これは文明諸国の法の一般原則である
日本の民事訴訟法上、判決主文にのみ既判力が認められているのは、民事訴訟法第114条によって定められている為であって、文明諸国の法の一般原則なわけでは有りません。
司法制度には、大陸系と英米系があって、大陸系においては、判例は法源ではないと考えられています。このため、大陸系の司法制度では、他の判決は別の裁判に影響しません。英米系では裁判官による判例が第一次的な法源であると考えられているので、判決理由に相当する部分に、制度的に拘束力が認められています。このように、大陸系と英米系で、建前上、大きな違いが有ります。実際の運用ではそれほど違いは無いそうです。
これまで、数回に渡って、小林よしのりのSapioのマンガに付いて書きました。小林よしのりのマンガは、絵も汚らしいので、見るのが苦痛で、ほとんど見ていません。一部を見ただけで、その範囲でこれまで書きました。小林よしのりのマンガを見る気は全くしません。
このため、一連のBlogは、これでおしまいにします。買ったSapioはほとんど見ること無しに捨てます。見るべき内容の無い雑誌だと思いました。二度と買う気持ちはありません。
下の記事の追加 ― 2006年09月21日
これだけだと、誤解を生む表現でした。説明します。
『憲法 第76条3 すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される。』
憲法にこのように規定されている為、制度上、司法は完全に独立しています。
しかし、1つの事件で、下級審、上級審と複数の裁判が行われるときは、司法の整合性を取るために、下級審の裁判は上級審の判断に拘束されます。これが、裁判所法第4条の規定です。
また、民事訴訟では、実質的には1つのことであっても、複数の訴訟が提訴されることがあります。このとき、夫々の裁判に整合性を取るために、主文に限って既判力をもたせてあります。これが、民事訴訟法第114条の規定です。刑事事件では、判決が確定すると、同一の犯罪を裁判することはないので、民事訴訟の意味での既判力の概念は存在しません。
実際には、特定の判決に、他の判決が影響します。特に、最高裁判例は下級審に大きく影響します。日本の司法制度では、法律に定められた特別な場合を除いて、最高裁に上告することはできません。ところが、最高裁判所の判例に違反した判決がだされると、それだけで上告理由になります(民事訴訟規則48条,刑事訴訟法405条2号)。このため、実際には、最高裁判所の判例に違反した判決が出されることは、ほとんどありません。