固有の領土論2007年07月06日

 ユーラシア21研究所理事長で拓殖大学客員教授等を務める吹浦忠正氏は、北方領土問題研究の第一人者の一人です。氏は、Blogを公開し、頻繁に記載しています。
 吹浦忠正氏は、Blogに、どなたかが択捉島で寛永通宝を拾ったことを理由に、「江戸時代に日本人がいた、ここは日本固有の領土であるということを今さらながら証明したようなものだった」と書いています。
 どうしてこんな発想をするのでしょう。日本には、渡来銭(宋銭など)ぐらい、いくらだってあります。日本に宋銭があるからといって、日本列島は中国の固有の領土であると、今さらながら証明したようなものだなどと、考えるような人はいないでしょう。
 択捉島に寛永通宝があったところで、驚くに値しません。江戸時代、アイヌの人たちと、松前の人たちの間で、交易が行われていたことを示しています。この時代、国後島・択捉島などのアイヌの人たちが、日本やロシアと交易をしていたことは、良く知られていることです。
 なお、博物館には、山丹錦と呼ばれる着物が展示していることがありますが、これは、アイヌの人たちが中国(山丹)と交易をしていた証です。

 北方領土は日本の固有の領土であると主張する人たちが居ます。幕末に、日本とロシアの間で結ばれた下田条約によって、日本の領土になったので、そのことを『固有の領土』と言うならば、その意味において、固有の領土との表現は間違いではありません。
 ところが、『固有の領土』の語感に惑わされて、太古の昔から日本人が支配していたかのような錯覚に囚われると、先住民族の存在を無視し、彼等を貶めることになりかねません。固有の領土論は、主張を誤ると、民族蔑視になりかねないので、十分注意する必要があります。

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