北方領土問題啓発施設-別海北方展望塔 ― 2008年10月13日
北方領土問題啓発施設-シマのかけはし ― 2008年10月13日
あきれた「固有の領土」 ― 2008年10月13日
野付半島のネイチャーセンター横には「野付半島」と表示された大きな標柱が建っています。写真は、その台座部分に刻まれた文言。
『野付半島は、…寛政十一年(1799年)に駅家が置かれ、国後島への渡海の拠点となる。…日本の固有の領土たる国後島は、ここから、わずか十六キロメートルの位置にある。…』
1799年と言ったら、あと1~2年で19世紀ではないか。こんなに遅くならないと、まともに進出できなかった地を「固有の領土」とは、あきれます。日本人が千島に進出するよりもずっと古い時代、1000年以上前には、アムール川下流域・樺太・千島・北海道東部にオホーツク文化が起こっているので、こういう人たちの子孫が「自分達の固有の領土」と主張するなら理解できます。


