トムラウシ山遭難考(13)―低体温症 ― 2010年07月06日
昨年7月16日に、北海道大雪山系トムラウシ山で、中高年ツアー登山パーティーの大量遭難事故があった。夏としては低温で強風という気象条件の中で、低体温症を発症して凍死したものである。トムラウシ山遭難事故調査特別委員会より、今年の3月初めに最終報告書(トムラウシ山遭難事故調査報告書)が公開されている。(http://www.jfmga.com/pdf/tomuraushiyamareport.pdf)
報告書には、低体温症の説明が詳しく書かれており、『低体温症(Hypothermia)について』『低体温症の考察』『運動生理学的の観点から見た本遭難の問題点と今後に向けての提言』の3つの章で扱っている。 このうち、『低体温症(Hypothermia)について』の章は、低体温症の一般的解説の後、本遭難事故における低体温症の発症について書かれている。『低体温症の考察』の章は、今回の遭難で生還した人の医学的所見を詳述し、最後に、低体温症にならないための提言をしている。
『低体温症(Hypothermia)について』の章後半の「本遭難事故における低体温症の発症について」書かれた部分に、疑問を感じる記述がある。
この件に関して『運動生理学的の観点から見た本遭難の問題点と今後に向けての提言』の章には、もう少しまともな記述がある。
北沼分岐で長時間待機したために、ほぼ全員が低体温症になったかのように書かれている。
報告書は、どのような衣服を着用し、ザックにはどのような防寒具があったのかを明らかにしていないので、事故解明には、全く不十分である。
ところで、北沼ビバーク地点について、『プロのガイドがビバーク・サイトとして選ぶ場所ではない』との記述がある。
(http://www5.ocn.ne.jp/~yoshi515/teitaion.html、http://www.geocities.jp/kyongsea/sub660.htm)
ガイドは低体温症の処置の知識があったために、患者をなるべく動かさないようにと、その場でビバークを決めたのではないだろうか。もし、この処置が不適切だとするならば、どうすればよかったのか提言する必要がある。ところが報告書には直ちにビバークすべきと、明記されている。
報告書には、低体温症の説明が詳しく書かれており、『低体温症(Hypothermia)について』『低体温症の考察』『運動生理学的の観点から見た本遭難の問題点と今後に向けての提言』の3つの章で扱っている。 このうち、『低体温症(Hypothermia)について』の章は、低体温症の一般的解説の後、本遭難事故における低体温症の発症について書かれている。『低体温症の考察』の章は、今回の遭難で生還した人の医学的所見を詳述し、最後に、低体温症にならないための提言をしている。
『低体温症(Hypothermia)について』の章後半の「本遭難事故における低体温症の発症について」書かれた部分に、疑問を感じる記述がある。
生存者ほぼ全員が低体温症について知らなかった、と答えた。… 2 名のガイドは低体温症については知っていたが、その詳細については知らなかった、と述べた。(P51)この文章を読むと、登山客は登山に対して無知で、ガイドも、知識が乏しかったような印象を受けるだろう。生還した登山者には、登山客のレベルが低かったのに、ガイドのケアが不十分だったと証言しているものもいるが、このような証言に沿った記述になっている。しかし、「低体温症」の用語は、最近になって使われるようになったもので、これまでは「疲労凍死」が一般的に使われていたので、医療関係以外の人が、最新の医療用語を知らなくても、不思議はないだろう。また、「2名のガイドは低体温症の詳細については知らなかった」と書いているが、生還した2名のガイドは医師ではないので低体温症の詳細を知らないのは当然だろう。
この件に関して『運動生理学的の観点から見た本遭難の問題点と今後に向けての提言』の章には、もう少しまともな記述がある。
以前は、低体温症という用語ではなく、疲労凍死という言葉が使われていた。…なお今回の生還者も、疲労凍死という言葉は多くの人が知っていたが、低体温症という言葉についてはほとんどの人が知らなかった。低体温症という用語は近年使われることも多くなってきたが、知らない人も少なくないことが分かる。(P64)
北沼分岐で長時間待機したために、ほぼ全員が低体温症になったかのように書かれている。
ここ(北沼分岐)でほかの参加者は耐風姿勢(しゃがんだ姿勢)で待機することになる。北沼分岐出発は11時30分過ぎ。強風下での待機時間が長く、ほぼ全員が低体温症になる。この時間の長さが、今回の遭難の重要なポイントになる。(P51)この記述は、本当なのだろうか。もし、本当だとしたら、なぜ低体温症になったのか、私には理解できない。つまり、
聞き取り調査によると、北沼分岐の待機でほぼ全員が低体温症の徴候を示していた。(P51)とのことであるが、待機の時に猛烈な寒さが襲ったのならば、なぜ、防寒をしなかったのだろう。装備不良で防寒衣料が全くなかったのだろうか。10人のパーティーだと、装備不良のものが数名いても不思議ではないけれど、そういう場合は、余分に防寒具を持っている者が貸すのが当たり前ではないか。全員が装備不足だったのだろうか。それとも、猛烈な寒さが襲ったのに、気がつかないでボンヤリしていたのだろうか。
待機の時は猛烈な寒さが襲い、次に「止まらない震え」がきて、次に「眠気」が襲う。(P52)
報告書は、どのような衣服を着用し、ザックにはどのような防寒具があったのかを明らかにしていないので、事故解明には、全く不十分である。
ところで、北沼ビバーク地点について、『プロのガイドがビバーク・サイトとして選ぶ場所ではない』との記述がある。
強風に対して無防備でここ(第1の遭難場所)に滞在したら、低体温症になることは想像できただろう。渡渉したと思われる場所のすぐ上に、第1の遭難場所がある。岩がゴロゴロした遮蔽物が何もない場所で、プロのガイドがビバーク・サイトとして選ぶ場所ではない。(P30)中程度以上の低体温症を発症したときの処置として、身体を動かしてはいけないとする指摘がある。
(http://www5.ocn.ne.jp/~yoshi515/teitaion.html、http://www.geocities.jp/kyongsea/sub660.htm)
ガイドは低体温症の処置の知識があったために、患者をなるべく動かさないようにと、その場でビバークを決めたのではないだろうか。もし、この処置が不適切だとするならば、どうすればよかったのか提言する必要がある。ところが報告書には直ちにビバークすべきと、明記されている。
すでに体力を非常に消耗していた北沼分岐においては、それ以上体力を消耗しないように、直ちにビバークすべきだったことになる。(P70)