トムラウシ山遭難考(16)―低体温症の主たる原因は強風ではない2010年07月08日

『トムラウシ遭難考(15)―体感温度』の続きです。
ひょっとすると計算間違いをして誤った結論を出している可能性もあります。
 
 トムラウシ遭難当時の気候は、気温5℃、風速20m/secだったので、遭難の主たる原因を「強風による体温低下」とする説があるが、おそらく、誤りだろう。強風の影響が低体温症に一定の役割を果たしていることは間違いないが。
 
 強風下で、着衣状態にある人間の体表面から奪われる熱量を簡易的に計算することができる。
 人間の体は複雑な形をしているので計算が難しいから、直径30cm高さ150cmの円柱に置き換えて考える。また、着衣の影響を見るため、厚さ一定の発泡ウレタンが円柱に巻きつけられているものとする。
   5℃の風が吹きつけられたときに奪われる熱量を計算すると、図のようになる。


横軸は発泡ウレタンの厚さ、縦軸は奪われる熱量で、2本の線はそれぞれ風速5m/sec、20m/secを表している。
 気温5℃、風速5mの中を歩いたり休んだりするものとしよう。基礎代謝1200kCal/日、平均運動消費エネルギー70kCal/時とすると、発熱量は3000kCal/日程度なので、断熱材の厚さ8㎜に相当する。すなわち、気温5℃、風速5mの中を行動するためには、皮下脂肪と着衣で発泡ウレタン8㎜の断熱性能が必要である。これより着衣が薄いと低体温症になるかもしれない。
 同じ断熱材で、気温5℃、風速20mの場合は、奪われる熱量は15%程度増大する。これは1時間当たり15kCalであるので、少し身体を余分に動かせば十分に補給できるエネルギーである。ラジオ体操を1回するときのエネルギーは60Kcal程度なので、1時間に1回ラジオ体操をすれば十分に賄える熱量である。まったく同じ運動量・発熱量の場合は、1時間に体温は0.3℃低下することになるが、この程度の体温低下ならば、低体温症になることはない。

 結局、気温5℃、風速5m/secで低体温症にならないような十分な着衣をしていれば、気温5℃、風速20m/secでも1時間程度で低体温症になることはない。

コメント

_ 野原 ― 2010年07月09日 07時23分55秒

 風が原因でないという結論は、正しくないと思います。
 まず実験が、空気の透過による着衣内からの熱の逃げを考慮しておらず、実際の強風下の実験と異なります。

 十分な着衣をしていれば、の十分という意味も、夏の登山者の実際を離れています。ゴアテックス雨具やインナーとしての山シャツには、考察で述べているような性能まではありません。

 1時間に0.3度の体温低下は、低体温症の実際にそくして考えると、相当に速い。トムラウシの場合、出発してから4時間から5時間で、症状が現われており、稜線に出てからでも3時間から4時間、経過しています。
 登山の場合、行動時間からいっても、5時間の経過を見て、その間の喪失エネルギーを問題にするのが、実態に合うのではないでしょうか?

 また、体温低下の面でも、35度で、猛烈な体の震えなどをきたし、34度以下は行動に支障が出るなど危険性が増します。

 現実とは異なる着衣の条件で、それだけのペースで下がることに、むしろ警鐘を打つべきと思います。

_ cccpcamera ― 2010年07月09日 14時55分44秒

原野さま、コメントありがとうございます。

〉風が原因でないという結論は、正しくないと思います。

 とお書きですが、私もその通りだと思います。
 この計算は、断熱材に完全に被覆された状態で計算していますので、実際には、防風のための着衣がない場合や、襟元などから風が大量に入り込むなどズサンな着用をしている場合は、計算結果とは大きく異なってきます。
 着衣があれば十分だというものではなくて、正しい着用ができないならば、強風は、生命のとどめをさすのでしょう。
 
 このタイトルは「低体温症の主たる原因は強風ではない」と書いています。『主たる』と書いたのは、今後のBlog記事で、強風・低温の気象条件と、着衣・着用方法などの複合要因と書こうと思っているためです。

 1時間に0.3度の体温低下が数時間続いた場合は、当然に低体温症になるでしょう。
 必要な発熱量は、1時間当たり15kCalです。少し身体を余分に動かせば、十分に賄える熱量です。風が吹かなくてもぎりぎりの状態だったならば、強風は、生命のとどめをさすのでしょう。


それから、誤解なきように追記しますが、ゴアテックスの雨具などの生地としての耐風性能は優れているので、生地を通して風が吹き込む影響は無視して問題ありません。襟元・首元・手・足・腰の開口部分は風が吹き込みむので、防風対策が必要です。

これは、雨水も同じです。以前の記事で書きましたが、ゴアテックス雨具の耐水性能は優れているので、生地を通して浸水することはありません。襟元・首元・手・足・腰の開口部分は水が入り込むので、対策が必要です。


計算は、工業用に使われる安価な発泡ウレタンの物性データを使用しましたが、ダウンジャケットの高級品だと、もっと優れた性能を持っています。

おおよその値を書くと、次のようになります。数値が小さいほど、断熱性能が高くなります。

発泡ウレタンの熱伝導率 0.032W/mK
羊毛(布)の熱伝導率 0.05W/mK
フリース(ポリエステル)の熱伝導率 0.025~0.05W/mK
皮下脂肪の熱伝導率 0.2W/mK
水の熱伝導率 0.6W/mK

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