渡来銭-三藩銭 ― 2010年10月04日
清で鋳造された銭と同様に「三藩銭」も日本に渡来している。
明朝末期、清に寝返った3人の武将、呉三桂・尚之信・耿精忠は、清朝により藩王権限を与えられ、それぞれ、雲南・広東・福建を治めた。明朝崩壊に利用した武将ではあったが、次第に、清にとって、危険な存在になりうるため、1673年、康熙帝は廃止を強行、これに対し、呉三桂らは反乱を起こした。これを三藩の乱という。氾濫は徐々に劣勢となり、1678年、呉三桂は士気をあげるため、皇帝に即位して国号を周とすると宣言したが、半年ほど後に病死、孫が帝位を継いだが、1681年には敗戦により自殺した。三藩の乱は、1683年に終結した。
三藩銭とは、これら藩王により鋳造された銭のこと。なお、明朝末期の農民反乱軍による銭貨も三藩銭ということがある。
利用通宝は、1673年から、呉三桂が鋳造した。「利用」は年号とは関係ない。
洪化通宝は、新たに即位した孫が1678年から鋳造したもの。「洪化」は年号。
渡来銭の説明はこちらをご覧ください
http://cccpcamera.photo-web.cc/COIN/Toraisenn/
北方領土問題については、以下をご覧ください
http://www.ne.jp/asahi/cccp/camera/HoppouRyoudo/index.htm
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