遅い訃報2011年12月03日

高田嘉七様は、11月27日、頸椎骨折のためお亡くなりになりました。享年79歳。謹んでお悔やみ申し上げます。

高田嘉七さまは、高田屋嘉兵衛の7代目の当主です。

本の紹介-原発がなくても電力は足りる!2011年12月04日


原発がなくても電力は足りる!

 100ページ足らずの安価な本です。
 多くの原発が止まっていたにもかかわらず、今年の夏は省エネで乗り切ることができた。このため、原発がないと大変なことになるとの風説には根拠がないデマ話だったことが広く認識されるようになってきた。
 本書は、環境エネルギー政策研究所の飯田哲也氏を中心に執筆されたもので、原発が不要であることを分かりやすく説明している。

 本の紹介は以上で終わりです。以下は、自分の経験と見解。

 10年以上前、燃料電池発電の研究に関与したことがあった。当時、電力危機が叫ばれており、夏場の電力不足が真剣に懸念されていたため、1つの町程度の電力を対象に、緊急発電する大型燃料電池の開発を目指していた。夏の昼間の電力使用最盛時に、燃料電池発電システムを稼動して、緊急電力をまかなうものだった。ところが、電力がだぶつくようになって、このプロジェクトは立ち消えになってしまった。
 もし、電力が本当に不足するならば、このとき研究した燃料電池発電を実施するなり、他の方法を考えるなりすれば、十分に対応できるはずだ。燃料電池は1kw時あたりの発電単価は高いけれど、電力需要が大きいときに、即座に対応できるメリットがある。原発のように、使わないときにも発電するような間抜けなことはないので、いろいろな発電システムの1つと考えれば、原発の不足分を十分にまかなう可能性があるものだ。(研究は途中で頓挫したので、正確なことはいえない。)
 太陽光発電・風力発電など自然エネルギー発電には、それぞれ特有の欠点があって、自然エネルギーだけで電力をまかなうことは不可能だ。しかし、どの発電システムにも、特有の利点と欠点があるので、現在の発電は、複数の種類を組み合わせて、効率的運用を図っている。太陽光発電・風力発電などを本格的に導入するには、その欠点を補うシステムを構築する必要があるので、現在の発電システムをそのままにして、いきなり自然エネルギー発電システムを投入して、効率的運用をすることは、不可能だ。原発をなくし、自然エネルギー発電を増やすとの国家的方針を立てて、その方針の中で、効率的発電システムを構築する必要がある。

ロシア下院選2011年12月06日

ロシア下院選の結果が判明したのを受け、新聞紙上ではプーチン惨敗と伝えている。

『プーチン首相に対し、不満が高まっていることを浮き彫りにした(読売社説)』
『プーチン流の強権手法に対する有権者の不信の表明(産経主張)』
『「双頭体制」で盤石を誇ってきた体制に、ロシア国民がついに反旗を翻し始めたといえる(毎日社説)』
『「プーチン独裁」ともいわれる政治体制の長期化への国民の不信や不満が強まってきたとみるべきだ(日経社説)』
『ロシア下院選―強権12年への警鐘だ(朝日社説のタイトル)』

 前回選挙に比べ、議席を70以上、得票率で15%弱減らしたのだから、厳しい評価がされるのは当然だが、本当にれだけで正しいのだろうか。前回2007年下院選挙は、異常なプーチン人気の中、与党統一ロシアが圧勝して単独で憲法改正が可能な2/3を越える議席を獲得した。こんな熱病にうなされているような選挙がそう何度も続くことはあるまい。
 前々回(2003年)は、プーチン人気で、与党統一ロシアが躍進し、プーチン政権基盤が固められた選挙だった。この時は、現在とは選挙制度が異なり単純比較はできないけれど、比例区での統一ロシアの獲得議席は53%と、今回と大きな違いは無い。
 
 日本では、小泉内閣の時、自民党が60%を越える議席を確保して圧勝したことがあったが、この時の比例区の自民党得票率は38%だった。
 今回のロシア下院選挙は、普通に選挙をして、第1党が50%近い得票を得たのだから、「プーチン体制は広範な国民の信任を得た」と言うべきだろう。

本の紹介-シベリアに逝きし46300名を刻む2011年12月08日


村山常男/著 シベリアに逝きし46300名を刻む <==Amazonのリンクはここをクリック


 著者は膨大な資料を分析し、シベリア抑留死者46300の氏名、死亡場所などを特定し、インターネットに公開している。
http://yokuryu.huu.cc/
 シベリア抑留死者数には諸説あるが、著者が特定した46300人を大きく上回ることは無いだろう。これまで言われてきた死者数のうち、数十万人説は、冷戦期にアメリカが謀略宣伝として日本政府に言わせた数値であり事実と異なる。また、10数万程度の数値は、重複する死亡者名簿の人数を単純に加えた杜撰カウントの結果である。
 著者はこのようないい加減な数値を出すことではなく、一人一人、丹念に名簿を照合し、名簿に記載された死者46300名を特定した。
 本書は、死者46300名を特定する作業が、どのように行われたのかを明らかにするもの。

 シベリア抑留されたものは、名簿が作られ、その名簿に従って管理された。ロシアはこのような公文書を保管しているため、残された文書によって、シベリア抑留死者数を正確に知ることが出来る。ただし、終戦直後は、抑留者が膨大に上り、名簿作成が追いつかなかったため、この時期に死亡した者は名簿から漏れている可能性がある。現在、ロシア政府が把握している名簿はすべて日本に送られているので、今後、新たな名簿が発見されるとしても、少人数だろう。

 著者自身シベリア抑留経験者である。このため、著者は、シベリア抑留の不条理を激しく非難する。1956年、日本とソ連は条約を締結し、相互に請求権を放棄したため、シベリア抑留被害をロシアに請求することは出来ない。著者は、この点に関して、日本政府を非難している。著者の気持ちは分からないではないが、戦争終結の時に相互に請求を放棄するのは、普通のことなので、もう少し冷静な判断をしてほしい。

 著者は抑留中に病気になり、病院でレントゲン検査を含む検査・治療・看護を受けたことを、カルテをもとに明らかにしている。当時、ソ連は物不足で、レントゲンは高価だったと推定されるので、抑留者に対する手厚い待遇には驚かされる。おそらく、抑留者であっても、自国民と同じように医療サービスを受けられたのだろう。


 本書にも記載され、ネットにも公開されているグラフに「シベリア抑留死亡者数の年月別推移のグラフ」がある。
http://yokuryu.huu.cc/graph.html
 これを見ると、死亡者の70%が抑留1年以内に死亡していることが分かる。なぜ1年以内に死亡が突出しているのか、本書では触れられていない。

ホームページ更新 (三布告)2011年12月11日

 北方領土問題関連資料のページに、いわゆる三布告を掲載しています。

 先日、NHK・BS歴史館「それはミズーリ号から始まった」の再放送を見ました。
 終戦当日の、いわゆる三布告とB円について説明していましたが、重光らの功績を強調するあまり、史実と異なる内容になっているように感じました。B円は日本では使用されなかったかのように説明していましたが、だいぶ違うのではないかと思い、北方領土問題関連資料の三布告ページに、若干の解説を追記しました。
http://www.ne.jp/asahi/cccp/camera/HoppouRyoudo/HoppouShiryou/19450902Fukoku_J.html

 B円について、GHQより日本政府に指示(覚書)が出されていますが、外務省公開文書のリール番号とコマ番号を記載しました。これに対応した大蔵省令があり、どこかに公開されているはずですが、見つかりませんでした。ご存知でしたら教えてください。

B円について2011年12月13日

終戦直後、GHQの指令により、B円(連合国が発行する軍票)が使用されました。この根拠となった大蔵省令がどこかに公開されていないだろうかと探したのですが、見つかりません。その代わり、帝国議会会議録の中に、政府委員がこの大蔵省令を説明しているものがありました。


昭和20年9月24日 大蔵省令第79号
聯合國占領軍の發行する「ビー」號圓表示補助通貨の件

聯合國占領軍の發行する「ビー」號圓表示補助通貨は法貨として公私一切の取引に無制限に通用し、日本銀行券、貨幣、政府の發行する小額紙幣及臨時補助貨幣と等價とし且相互に交換せらるるものとす、前項の「ビー」號圓表示補助通貨の收受を拒みたる者は三年以下の懲役若は禁錮又は五千圓以下の罰金に處す

(出典)帝国議会会議録データベースシステム
 昭和20年12月05日 貴族院 昭和二十年勅令第五百四十二号(承諾を求むる件)特別委員会 における政府委員(野田卯一君)の説明

羅臼漁協=犯罪集団2011年12月17日

 昨年1月、羅臼漁協の漁船が、国後島周辺海域で密漁中に、ロシア警備艇から銃撃される事件があった。当初、日本側は、ロシアに対する抗議声明を出したが、漁船の位置情報を示す衛星通信漁船管理システム(VMS)を故意に切った上での密漁犯罪であることが発覚し、羅臼漁協には行政処分が科された。

 12月15日、『羅臼漁協の刺し網漁船が、秋サケを大量に密漁したとして道海面漁業調整規則違反容疑で書類送検された」と報道されている。
 http://mainichi.jp/life/food/news/20111215mog00m040009000c.html

 羅臼漁協の秋サケ密漁は、2008年にも、根室水産協会などが、羅臼漁協に対して「漁協組合員が刺し網で秋サケを密漁している疑いがある」として、防止策を要望したとの報道があった(2008年6月の北海道新聞)ので、羅臼漁協の密漁犯罪は今に始まったことではない。

 これほど、密漁犯罪に手を染めている漁協を、いつまで野放しにしておくのか。

福島の放射能2011年12月29日

 
 
 上の図のオレンジ太線は、飯館村長泥の放射線強度の変化。地震発生42日後から12月24日まで、17時の値を描いている。縦軸は対数メモリ。青色の細い線は、半減期365日としたときの放射線強度。
 飯館村長泥の放射線は、1年で1/2のペースで減少していることが分かるだろう。詳しく見ると、夏は少し減少スピードが速かったのに、冬になると遅くなっている。現在、環境にある放射性核種はセシウム134と137で、物理的半減期はそれぞれ2年・30年なので、飯館村長泥の放射能減少スピードはずっと早いことが分かる。これは、放射性物質が雨で流されて、減少しているものと考えられる。冬になって、減少スピードが遅くなったのは、降雨量の関係だろう。


 こちらの図は、福島市県北保健福祉事務所の放射線強度。170日目の変動は測定位置を変えたため。230日目の変動の理由は分からない。50日から170日の減少スピードは、半減期1年程度だったが、その後あまり減少していない。雨で流れ出すほかに、周りから放射性物質が流れ込んでいるのかもしれない。
 
 今後、福島の放射能はどうなるのか、予断を許さないが、長泥のように、高濃度に汚染された地域では、降雨による流出が続き、今後も1年で1/2のペースで減少することも期待できる。
 政府は、汚染土などを搬入する中間貯蔵施設を、年間放射線量が100ミリシーベルトを超す地域に設ける考えであるが、汚染が激しい地域でも、降雨の影響で、数年後には年間20ミリシーベルトを下回る可能性も否定できない。軽率に処分場として土地を放棄して良いのだろうか?

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