本の紹介-イチから分かる北方領土2019年08月03日

 
北海道新聞社/編・著『イチから分かる北方領土』 (2019/6)
 
 126ページの薄い本。
 北海道新聞に連載された記事がもとになっているようで、大変読みやすい。
 終戦時の北方領土問題の起こりから、領土交渉の経緯などをそつなくまとめ、さらに、色丹島の現状や、現在の住民の意識、旧住民の意識などにも触れている。

本の紹介ー現代歴史学と南京事件2019年08月04日

 
笠原十九司・吉田裕/編『現代歴史学と南京事件』柏書房 (2006/3)
 
 かつて南京事件がなかったとする人たちがいた。神主・ギャグマンガ家・フィクション小説家などが中心となった主張だったが、亜細亜大学教授の東中野修道は数少ない学者だった。その後、東中野の主張は到底学問研究に値しないものであることが裁判で確定し、その結果、東中野は論争の中から退場した。
 現在では、南京事件をなかったとする説の多くは影をひそめた。本書は、このようなデタラメ説が盛んにおこなわれていた時代に、南京事件を学術研究の立場で解明するもので、東中野のおおよそ学問研究に値しないデタラメ説への批判を含んでいる。学術研究書なので、ある程度の歴史知識がないと読みにくいかもしれない。参考文献が豊富なので、新たな研究をする人には便利な本である。
 
 本書は、数人の著者による独立した論文がまとめられたものなので、各論文と著者を書き留めておきます。
 
 現代歴史学と南京事件 笠原十九司/著
 南京虐殺の記憶と歴史学 笠原十九司/著
 南京事件論争と国際法 吉田裕/著
 中国国民政府の日本戦犯処罰方針の展開 伊香俊哉/著
 東京裁判における戦争犯罪訴追と判決 戸谷由麻/著
 日本軍慰安婦前史 林博史/著
 南京事件前後における軍慰安所の設置と運営 吉見義明/著
 南京レイプと南京の慰安所 川田文子/著
 南京大虐殺と中国国民党国際宣伝処 井上久士/著

本―国境の北と日本人2019年08月05日

 
藤巻光浩/著『国境の北と日本人』緑風出版(2019.1)
 
本書は、著者が旅をして考えたことを書いたもの。旅先は、サハリン、旭川、東北(六ケ所村)。
サハリンは残留朝鮮人の話がメイン。旭川は自衛隊PR館と旭川博物館のアイヌ展示がメイン。
 
旅行記の雰囲気なので、いまひとつテーマがはっきりしない。あるいは、テーマははっきりしているのだけれど、記述との関係がはっきりしないところがある。

本の紹介ー独ソ戦 絶滅戦争の惨禍2019年08月08日

   
大木毅/著『独ソ戦 絶滅戦争の惨禍』岩波新書(2019/7)
  
 読みやすく書かれている。戦闘の記述にとどまらず、ヒットラーの絶滅政策も話題にされており、戦争の全体像を理解するのに役に立つ。また、巻末には参考文献も豊富で一層の勉強にも便利。参考文献の参照ページは書かれていない。歴史にあまり詳しくない人でも、それほど困難なく独ソ戦を理解できるだろう。
 ただし、不十分な記述であると思える点もある。本書では、ドイツの戦争はロシアを絶滅ないし奴隷化することを目的しており、ロシア人に対して極めて残虐だったので、ロシア人は死ぬまで抵抗をつづけたとしている。これはその通りだ。ソ連もドイツ人に対して国際法を踏みにじる残虐行為が多かったともしている。これは間違いではないが、それでは、スターリングラードは市民の力で最後まで抵抗したのに、ベルリンは市民の抵抗はほとんどなく、1週間で陥落した事実をどのように理解すればよいのだろうか。

本の紹介ー奉使日本紀行2019年08月10日


北方未公開古文書集成 第五巻  寺沢一・他/編 叢文社 (1979/6)
 
奉使日本紀行  
クルーゼンシュテルン/著 青地盈/訳 高橋景保/校

目次
第一篇 航海準備 39
第二篇 魯西亜国を出て諸厄利亜に至る 46
第三篇 カナリヤ諸島及びフラシリに向 53
第四篇 シントカタリナ逗留 66
第五篇 伯西児を出帆大洋に至る 73 
第六篇 角岬の経度よりニユカイワに至る 79
第七篇 ニュカイワ島逗留 87
第八篇 ワシングトン諸島記 96
第九篇 ニュヵイワ土人記 103
第十篇 ワシングトソ諸島を去てカムサツカに着す 117
第十一篇 カムサツカ逗留日本に向 128
第十二篇 日本逗留 144
第十三篇 長崎湊の記 158
第十四篇 長崎出帆日本海に航す 170
第十五篇 蝦夷北隅及びアニワ湾の泊 187
第十六篇 アニワ湾を出カムサツカ着 201
第十七篇 ヘテルエンバウル港の逗留 212
第十八篇 サハリン東浜 218

 本書は、1804年に通商を求めて長崎に来航したレザノフ一行の海軍提督・クルーゼンシュテルンの航海記。オランダ語版を入手した幕府天文方・高橋景保を中心に翻訳された。成立年について、本書の前書きに以下の説明がある。
 通説によれば、高僑景保が原本オランダ語版を江戸に滞在中のシーボルトから入手したのは一八二六年、それから青地盈に協力し、景保は多くの脚註を加えたりして、一八二九年には牢死している。・・・『世界間航記』がペテルブルグで出版されたのは、一八〇九~一三年の間であるから、オランダ版を青地、高橋が入手したのはシーボルトではなく、もっと早い時期にオランダ商館から入手したのではないかという説もある位である。

 『第十八篇 サハリン東浜』はサハリン東岸の調査記録。クルーゼンシュテルンは、カムチャツカから千島を南下し、ここから西へ向いサハリンの北知床岬(テルペニエ岬)を通り、北上してサハリン東海岸を調査して、サハリン最北端のエリザベート岬(N54°24'30" W217°13'30"と記録)、マリア岬(N54°17'30" W217°42'15"と記録)を通り、タタール海峡(間宮海峡)最北端に至った。サハリン側をゴロワフェブ岬(N53°30'15" W218°05'00"と記録)、韃靼側をロムベルグ岬(N53°30'30" W218°15'15"と記録)としている。緯度・経度の詳細な測定結果が示されている。同じころ、間宮林蔵はサハリン西海岸を調査した。間宮の測定は精度が低かったが、クルーゼンシュテルンの測定はかなり高精度。技術力の違いを感じさせられる。

 高橋景保が作成した世界地図・新訂万国全図の樺太は、間宮林蔵の樺太探検に基づいているため、大きさが半分程度であり、そのためオホーツク海西側の形が変わってしまっている。既に高橋景保が入手していたアロースミスの地図に比べて、樺太近辺の精度が悪い。アロースミスの地図が、クルーゼンシュテルンの正確な測量と大きな違いがなかったことを知った高橋景保は、何と考えたことだろう。

本の紹介ー前方後円墳2019年08月12日

    
吉村武彦、吉川真司、川尻秋生/編『前方後円墳: 巨大古墳はなぜ造られたか』 岩波書店 (2019/5)
   
6人の研究者のそれぞれのテーマでの論文と座談会など。
近畿の巨大古墳が中心で、朝鮮半島との関係に関する論文もある。

本の紹介―日中国交正常化期の尖閣諸島・釣魚島問題2019年08月14日


房迪/著『日中国交正常化期の尖閣諸島・釣魚島問題 衝突を回避した領土問題処理の構造』 花伝社 (2019/6)
目次
序章 問題提起と研究動向
第1章 日中国交回復前夜の釣魚島問題をめぐる変動
第2章 日中国交正常化過程における釣魚島問題
第3章 日中平和友好条約交渉の再開と釣魚島問題の再燃
第4章 日中平和友好条約後の釣魚島問題と共同開発の試み
終章 1970年代における釣魚島問題処理の構造
 本書は学位論文をベースにしているようで、内容は学術的。
 1970年代、尖閣問題は日中台の間で領土紛争になっていたはずであるが、実際には、お互いに問題として騒ぎ立てせずに、それ以外の外交関係が大きく発展した。本書は、主に、1970年代の日中交渉を尖閣問題との兼ね合いで明らかにする。ソ連との関係も記載される。ただし、参考文献の多くは日本の情報を利用しているようで、このため、日本国内の政治動向の話題が多い。

本の紹介ー前方後円墳と東国社会2019年08月17日

 
若狭徹/著『前方後円墳と東国社会: 古墳時代 (古代の東国) 』吉川弘文館 (2016/12)
  
 群馬・栃木・千葉・埼玉県など関東地方には古墳が多い。本書は、大和政権と関東の関係から関東の古墳を説明する。考古学の確定知見以外に著者の推定も随所にみられる。

本の紹介ー天文学者たちの江戸時代2019年08月18日

  
嘉数次人/著『天文学者たちの江戸時代 暦・宇宙観の大転換』(ちくま新書)(2016/7)
  
幕府天文方や関係者を中心とした天文・暦の研究の歴史。
若干、人物の業績が中心になっている感があるが、人物史というわけではない。
  
 江戸時代、日本の暦は826年に採用された宣明暦が800年以上も使われていた。
 渋川春海は古くなってずれが生じていたこれまでの暦を、精密天体観測により改め、新暦を作成した。この暦は1683年に貞享暦として採用された。翌年、幕府は天文方を設置し、渋川春海を天文方(役職名)に任命した。
 徳川吉宗の治世になると民間の研究も盛んになる。大阪の麻田剛立は市井の天文学者として、西洋の天文知識を持っていた。麻田剛立の門下生の高橋至時は天文方になり、同じく門下生だった間重富とともに、寛政暦を完成させた。また、オランダ語の天文所の翻訳にも取り組んだほか、伊能忠敬の測量も指導した。
 高橋至時の死後は、息子の高橋景保が天文方となり、間重富の補佐を得て、オランダ天文書の研究・地図作成・オランダ語翻訳書の設立等、精力的に業績を上げた。しかし、間宮林蔵の密告に端を発するシーボルト事件により獄死・処刑された。
 高橋景保の後は、弟の渋川景佑が天文方を務め、天保暦の作成の業績を上げている。
  
 なお、渋川春海の墓は、東京都品川区北品川の東海寺大山墓地にある。渋川景佑の墓も同じ。
 高橋至時、高橋景保、伊能忠敬の墓は東京都台東区東上野の源空寺にある。

本ー長崎奉行の歴史2019年08月20日

  
木村直樹/著『長崎奉行の歴史 苦悩する官僚エリート』角川学芸出版 (2016/7)
  
一般読者を対象とした歴史解説書。特にコメントすることはないのだけれど、読んだことを忘れないように書き留めておきます。

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