本の紹介-安倍vs.プーチン2020年11月11日


駒木明義/著『安倍vs.プーチン 日ロ交渉はなぜ行き詰まったのか?』筑摩書房 (2020/8)

 著者は2017年まで朝日新聞モスクワ支局長で、帰国後は論説委員。 

 安倍内閣がスタートした時、北方領土問題が安部・プーチンの間で解決するとの期待を持った人がいた。実際、安倍内閣では四島返還論から二島+αに大きく舵を切り、現実的解決が近づいたように見えることもあった。しかし、現実には、何も進展はなかった。
 本書は、安倍内閣における北方領土交渉の詳しい解説。安倍内閣で北方領土問題が解決する状況には、もともとなかったことを明らかにしている。本書も指摘していることだが、北方領土問題が進展したのは橋本・森内閣時代で、当時はソ連・ロシア側にも解決の機運があった。それを台無しにしたのは小泉内閣で、外交戦略のまずさから、これまで積み上げた日ロ関係をなくしてしまった。安倍内閣は小泉内閣以前の方針に戻ろうとしたのだろうが、当時とは国際情勢が変わっていることに対する考慮が欠けた、稚拙な外交だったとも言える。
 本書は、安倍内閣における北方領土外交に批判的である。成果を上げられる客観情勢でないのに、解決を目指すような国民向けジェスチャーをしていたのだから、この点は批判に値するだろう。しかし、アメリカの力を背景として四島返還を求める姿勢が実現する可能性は全く存在しない。そういう意味では、北方領土返還運動は、一貫して国民向けジェスチャーに過ぎなかったので、この点では安倍内閣の問題点ではない。それよりも、これまで、四島返還を求める主張していれば、いつかは4島が返ってくるかのような幻想を与えていたこれまでの方針を転換して、多少は現実を国民に見せた点で、安倍内閣を評価したいと思うのだけれど、本書の著者にはこのような視点はないようだ。

 興味を持った記述が何点かあった。

 P111から「これ見よがしの世論調査」の節に、北方領土住民に対する世論調査の結果が記載されている。
 「全ロシア世論研究センター」の2019/1の調査では、「平和条約の締結との日本との関係発展は、南クリルの島々を日本に引き渡すに値するか」という質問に対する回答は以下のものだった。
   無条件で値する  1%
   どちらかといえば値する  2%
   どちらかといえば値しない  15%
   無条件で値しない  78%
   答えるのは困難    4%
 2018/11の全ロシアを対象とする世論調査は以下のものだった。
   無条件で値する  4%
   どちらかといえば値する  10%
   どちらかといえば値しない  31%
   無条件で値しない  46%
   答えるのは困難    9%
 1998年の朝日新聞の各島ごとの調査は以下のものだった。
   択捉島 渡さない…65% 共同管理…22% まず2島…2% 四島一括…4%
   国後島 渡さない…44% 共同管理…34% まず2島…4% 四島一括…9%
   色丹島 渡さない…28% 共同管理…33% まず2島…30% 四島一括…1%

 P215には、2019年10月27日~11月2日」の日程で実施された「北方領土観光ツアー」について、以下のように記載している。
 『試行は終わったが、本格的な実施は難しそうだ。最大の問題は、前述の通り、日本人が現地に入るための新しい仕組みができないことだ。
 試行の際には、既存の「ビザなし訪問」の枠組みが使われた。つまり、観光とは名ばかりで、実際にはビザなし訪問の拡大版という形式だったわけだ。政府関係者も同行した。商業ベースの観光旅行とはほど遠い状況だった。
 さらにこの先、商業ベースの観光ツアーやゴミ処理、温室栽培などが軌道に乗ったとしても、経済活動の規模としては極めて小さいものしか実現できそうにない。
 安倍が思い描いたような「日本人とロシア人が、島々で共に暮らし、共に働く」ような状況を作り出すことは、現時点では想像もつかない。』

 P224の日米地位協定に対するロシア側の懸念も興味深い内容だ。
 『 日米地位協定は、一九六〇年の日米安全保障条約改定に伴い、米軍による日本の領上の使用や・駐留米軍入、軍属らの法的な取り扱いを定めた日米合意だ。
 「日米地位協定の考え方」は、協定の具体的な運用のために外務省が作成した内部向けの手引き書という位置づけだ。一九七三年に作られ、八三年に増補された。
 外務省は秘密指定していたが、沖縄の地元紙琉球新報が二〇〇四年に内容を特報した。
 その中には、こんな記述がある。
 「『返還後の北方領土には果軍の)施恥堅区域を設けない』との法的義務をあらかじめ日本側が負うようなことをソ連側と約することは、安保条約・地域協定上問題がある」
 北方領土に将来、米軍基地を置かせないことを、日本政府が勝手にソ連に約束することはできないという趣旨が、明確に書かれている。
 ・・・
 日本側はこの後、この文書を改めて分析し、「当時の外務省職員の個人的見解を記したもの」と主張できると判断した。その上で、日本に二島が引き渡されても米軍の施設を置かせることはないという考えを、安倍自身を含む複数のルートでロシア側に伝えた。
 だが、プーチンは納得しなかったようだ。
 その後プーチンが、北方領土に米軍が展開する可能性だけでなく、沖縄の米軍基地や、日本が米国と協力して進めるミサイル防衛(MD)、果ては日米安保体制そのものにまで懸念を表明するようになるのは、・・・見た通りだ。』

 このほか、2019年5月に起きたビザなし交流における維新・丸山穂高議員の乱行についてもP298~222に詳しい。

 日本では、北方領土問題に対して、日本側の主張が一方的に垂れ流されているが、本書P237にはロシア側の理論武装についても一項を取って、説明している。
(参考)駒木明義/著『安倍vs.プーチン 日ロ交渉はなぜ行き詰まったのか?』

ロシアの理論武装(P237~P242)


 これまで見てきたように、ロシアにとっての北方四島の軍事的価値が高まったこと、外交面で中国との連携と協力を最重要視するようになったことは、いずれも北方領土問題で日本と折り合いをつけることを難しくしている。
 さらに、第二次世界大戦での勝利を、ロシア国民の愛国心を高め、政権の求心力を強めるために最大限利用していることも、日本に譲歩しにくい大きな理由だ。
 ただ、これらはいずれもロシアの国内事情にすぎない。日本側から交渉を眺めると「ロシアにはロシアの事情があるのは分かりますが、日本と約束したことは守ってください」と言いたくもなろうというものだ。
 だが、ロシアは、こうした日本の主張に対しても、様々な反論を用意している。
 そうしたロシア側の理論武装、領土問題で日本に譲らないために繰り出す様々な理屈を、ここで一通り確認しておきたい。
 最近のロシアの主張が比較的よくまとまっているのが、二〇一六年二月一六日にロシア外務省か発長した声明だ。
 この声明は、日本外務省幹部がロシアの通信社に説明した口本政府の立場に対する反論という形をとっている。
 この幹部は、「第二次世界大戦の結果はすべて確定してはおらず、ロシアとの問で領土問題を解決する必要がある」と述べていた。これは日本政府の一貫した主張であり、何も不思議なことは言っていない。
 しかしロシア外務省はこれに徹底的に反論を加えた。「第二次世界大戦の結果はすべて確定しており、したがって日本との問に領土問題は存在しない」というのが今のロシア外務省の主張だからだ。
 以下、この声明で述べられているロシア側の論拠を順を追って見ていこう。
 「想起したいのは、一九四五年九月二円に降伏文書に署名することで、日本は自身の敗北を認めただけでなく、第二次世界大戦におけるソ連など連合国に対する行動の全責任を負ったということである」
 一九四五年九月二日、東京湾に停泊していた米国の戦艦ミズーリの船上で降伏文書への署名式が行われた。日本側からは外相重光葵、連合国側からは連合国軍最高司令官ダグラス・マッカーサーらが署名した。無条件降伏をしたのだから、ソ連を含む連合国が突きつけた条件はすべてのむのが日本に課せられた義務だ、というのがソ連の後継国家としてのロシアの主張の根幹をなしている。
 降伏文書は、連合国が発したポツダム宣言を日本が受諾することを主な内容としている。米国、英国、中国が一九四五年七月二六日に発表し、後にソ連も加わったポツダム宣言は、その第八項で、戦後の日本の領土について、本州、北海道、九州、四国以外は「我等ノ決定スル諸小島二極限セラルヘシ」と規定している。つまり、日本の領至の範囲を決めるのはソ連など連合国であって、日本に決定権はないというのが、ロシアの主張ということになる。
 ロシア外務省の声明に示された論拠の二点目は次のようなものだ。
 「戦争の結果とその領土への反映は、一九五一年九月八日のサンフランシスコ平和条約ではっきりと確定されている。その第二条によると、日本は(それまで日本領だった)サハリン南部と千島列島に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄した。なお、ソ連がサンフランシスコ平和条約に署名しなかったことは、日本が条約上負っている義務に何の影響も及ぼさない」
 日本はサンフランシスコ平和条約で千島列島を放棄したのだから、その南部である北方四島についても要求する権利を持っていない、というのがロシアの主張だ。
 現在の日本は、放棄した「千島列島」には北方四島は含まれていないとの立場をとっている。たた、この主張が大きな弱点を抱えていることは否定しようがない事実だ。この点については、第五章で詳しく述べる。
 ロシア外務省の主張の三点目。
「両国の外交関係を回復させた」九五六年のソ日共同宣言は、日本政府が戦後生じた現実を認めることに全面的に立脚している。まさにそのおかげで、日本はソ連の同意を得て国連に加盟し、国際法上の主体となることができたのだ。よく知られているように、国連に加盟することは、国連憲章を全面的に承認することを前提としており、その中には、戦争期間に行われた連合国のすべての行動が合法であることを確認した第一〇七条が含まれている」
 日本はソ連のおかげで国連に加盟できた。そのときに、国連憲章すべてを認めたはずだ。第一〇七条も例外ではないこれがロシアの主張である。
 国連憲章第一〇七条は、第二次世界大戦で連合国と戦った日本やドイツなど枢軸国を対象とする「旧敵国条項」の一つ。日本語訳は以下のような内容となっている。
 「この憲章のいかなる規定も、第二次世界大戦中にこの憲章の署名国の敵であった国に関する行動でその行動について責任を有する政府がこの戦争の結果としてとり又は許可したものを無効にし、又は排除するものではない」
 非常に言葉が取りにくいが、「連合国が日本を含む旧敵国に対してとった措置は仮にそれが国連憲章の他の条項の趣旨に反するものであっても、無効にはならない」という意味合いだ。
 ロシア外相のラブロフは、二〇一五年五月のインタビューで、この条項についてもっと分かりやすく端的な解釈を示している。
 「国連憲章第一〇七条には、連合国が行ったことはすべて神聖であり、不可侵であるということが書かれている。違う言葉が使われているが、法的にはそういう意味だ」
 これは、日本からの一切の反論をはねつけることができる、無敵の論理だ。
 ソ連は当時有効だった日ソ中立条約を一方的に破って対日参戦し、日本の領土を法的根拠もなく占拠したというのが日本政府の主張だが、ラブロフの論理に立てば、それも免責されるということになる。
 国連大使を長く務めたラブロフは、国連憲章第一〇七条がとりわけ好みのようで、繰り返し日本側に提起してきた。二〇一五年のインタビューでも勝ち誇ったように言っている。
「我々が彼ら(日本側)を国連憲章に引き戻すと、彼らはなにも言えなくなってしまう。そこで、我々はこう言うことができる。「日本は第二次世界大戦の結果に疑義を差し挟む唯一の国だ。他にそんなことをする国はどこにもない』と」
 以上、ロシア外務省が繰り出す主な論拠は「日本のポツダム宣言受諾と降伏文占への署名」「サンフランシスコ平和条約による千島列島放棄」「国連憲章」の三つということができる。
 このほか、ロシアは一九四五年二月に米英両国がソ連の対日参戦と引き換えに千島列島を引き渡すことを約束した「ヤルタ協定」に言及することもある。
 また、ラブロフは二〇一六年のインタビューで、一九五六年の国交回復時に日ソ双方が戦争の結果生じた請求権を互いに放棄したことを論拠に、領土への請求権も存在しないという解釈を示した。
 これらロシア側が持ち出す論拠に対して、それぞれ反論を加えることはもちろん可能だ。
 例えばポツダム宣言について言えば、確かに戦後の日本の領土を決めるのは連合国とされているが、ソ連一国だけの手に委ねられているわけではない。旧敵国条項については、一九九一年の日ソ共同声明が「もはやその意味を失っていることを確認」している、等々。
 しかし、ロシアと論戦を続けたところで水掛け論になるのがせいぜいで、理屈でねじ伏せて非を認めさせることは不可能だということも、また無視することができない現実だと言えるだろう。

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