本の紹介-AIに負けない子どもを育てる2021年02月23日


新井紀子/著『AIに負けない子どもを育てる』東洋経済新報社 (2019/9)
 
著者は2018/2に、『AI vs.教科書が読めない子どもたち』を上梓している。
http://cccpcamera.asablo.jp/blog/2021/01/28/9341848
 
 前書は、AIの文章解析と人の理解の話だったが、本書は、AIの話はなく、もっぱら人が文章を理解する話。
 日本語の文章は、多くの日本人ならば、難なく読めるだろうが、4行以下の短い文章でも、正確に読めているかと言うと、多くの人はあまり読めていないそうだ。これでは、高校生は教科書を読んで理解することはできないし、大人でも同様なことが起こる。 
 
 次の例文がある。
 「誰もが、誰かをねたんでいる」「誰もが、誰かからねたまれている」
 この2つの文章は同じ内容か、違う内容か。
 数学系出身の私には、2つの文章は、違う意味であることは自明であるが、数学系以外の人には、同じ意味と誤解する人が多いだろう。両者の違いが分からない人には、本書を一読することを薦めたい。
 
 近年、小学校から高校まで、アクティブラーニングが行われている。著者は、このような授業により、読解力低下を招いているとしている。私は、小学生の読解力の向上には、算数の応用問題に取り組ませることが必要だと思っているので、著者の見解はもっともだと思う。
 
 著者は、どのような文章が正しく理解できていないのかを判断するために、『リーディングスキルテスト(略称:RST)』を開発した。これは、1から4行ぐらいの短い文章を読んで、その文章を正しく理解しているのかを調べるものである。文章を読むときに、論理関係を無視して、単語だけをつなげて、理解しようとする人がいるが、こういう人が誤るような文章が作られている。
 『リーディングスキルテスト』は、読解に躓いている人や、躓いている個所をあぶり出すのに有効な処方のようだ。以下の記述がある。
 
2018年に有償版を公開したときに真っ先に「新人研修に使いたい」と申し込んできた一部上場企業が数社ありました。…私は…成績を見ながら「御社がこの人を採ったということは……この人は、Dランクの私立文系で体育会出身、面接では背筋もピンとしてはきはきと答えたのが好印象だったのでしょう。営業職を、と思ったかもしれませんが、コンプライアンスを守れませんよ。マニュアルや約款を読めないからです」「この人は……某有名私大出身のクオンツ志望ではありませんか?具体例同定の理数の問題はよくできていますが、実は推論とイメージ同定が中学生並みです。大学入試で数学の記述式を経ていないため、数学を知識と
して詰め込んでいるような気がします」「この人は、TOEICの点数かSPIの点数がものすごく良かったのではありませんか?それは対策塾に通った成果で、本当は読めていないと思います」と分析したりすると、かなりの頻度で当たるようなのです。…第6章で詳述しますが、RSTの能力値と入学し得る高校の偏差値は相関します。
 ただし、『リーディングスキルテスト』は、自然言語なので、書き手の意図を忖度する部分が生じ、厳密性に欠ける可能性があるように感じる。『リーディングスキルテスト』の例文Q15に、以下の問題がある。
 
Q15: 以下の文を読みなさい。
 世界の難民・国内避難民らの数は、2015年末、前年より約580万人増えて、約6530万人に達した。国連難民高等弁務官事務所が統計を取り始めてから最も多く、第二次世界大戦後、最悪の状況だ。このうち、国境を越えた難民は約2130万人で、パレスチナ難民を除くと、最も多いのはシリアの約490万人になる。
 上記の文に書かれたことが正しいとき、以下の文に書かれたことは正しいか。「正しい」、「まちがっている」、これだけからは「判断できない」のうちから答えなさい。
 2015年末のデータによれば、国内避難民より、難民のほうが多い。
 ①正しい ②まちがっている ③判断できない
 
この問題の正解は②だそうだ。そして、次の解説をしている。
 『月刊NeWsがわかる』(毎日新聞出版、2017年7月号)という雑誌からの引用で、…記者にとっては、当然読めるはずと感じている文が読者に正確に届いていない可能性が高いことを、この問題は示唆しています。
 問題を振り返ってみましょう。世界の難民・国内避難民の総数は約6530万人です。難民は約2130万人とありますから、国内避難民の数のほうが多いことがわかります。おおよその暗算をするのが苦手だと辛い問題です。ただ、この問題にはもう一カ所、つまずきやすい部分があります。それは、「このうち、国境を越えた難民は約2130万人で」という新聞や社会科学系でよく見られる言い回しです。
 この文には二通りの読み方があります。一つは「国境を越えた難民と国内に留まった難民がいる。国境を越えた難民は約2130万人である」という読み方です。もう一つは「国内に留まったら国内避難民、国境を越えたら難民と呼ばれる。難民の数は約2130万人である」という読み方です。第三文だけ提示されたら、どちらの読みが正しいか判断できません。けれども、第一文冒頭に「世界の難民・国内避難民」とあることから、国内に留まったら国内避難民になる、だから、後者の読みが正しい、と読ませる文章です。 
 著者は数学系の教授だが法学部出身だそうだ。数学系出身の私には③も正しいと思える。文学では、同じ意味に異なった単語を使うことが多いが、数学では異なった用語は異なった意味と考えることが多い。「難民」と「避難民」にはどのような関係があるのか、Q15文章では分からない。「同じ意味に違いない」と書き手を忖度すると、著者の解説は正当であるが、「難民」と「避難民」が別物ならば、著者の考えは誤りだ。
 もう少し説明しよう。Q15に次の一文があったとする。
 「難民とは戦争や迫害などで居住地に住むことができず、政府の援助を受けていない人をいう。災害で体育館や仮設住宅へ移住した避難民は難民ではない。」
 この文章があれば、「難民」≠「避難民」と読む人が多いだろう。もっとも、こんな文章を書く人はいないかな。
 では、このように書かれていたらどうだろうか。
 「難民とは戦争や迫害などで居住地に住むことができず、政府の援助を受けていない人をいう。災害で体育館や仮設住宅へ避難した住民は難民ではない。」
 
 著者は「難民」と「避難民」が同じであると文学的解釈をしたか、それとも、難民問題を論じているのだから、難民以外は文章に入ってこないだろうとの予想の元に、「国境を越えた難民と国内に留まった難民」「国内に留まったら国内避難民、国境を越えたら難民」の2種類の解釈しかしなかったようだ。「国境を越えた難民、国内に留まった難民、国内避難民」の3種類がいる、あるいは「国境を越えた難民、国内に留まった難民、国内避難民、国外避難民」の4種類がいる、との解釈も成り立ち、これらの解釈だと正解は③になる。
 「いや、そんなことはない、著者の解釈が正しい」と思う人には、次の変更を考えてほしい。
  Q15の最初の文を「世界の難民・国内避難民らの数は」から「世界の難民・国内困窮民らの数は」と変更する。この問題だと、正解は③と考える人が多いだろう。
 日本語も、どの国の言葉も、書き手を忖度する部分があり、忖度の違いが、解釈に違いにつながることがあるのは、仕方ないことだ。
 

* * * * * *

<< 2021/02 >>
01 02 03 04 05 06
07 08 09 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28

RSS