本の紹介-植物地理の自然史2022年06月29日

 
植田邦彦、他/著『植物地理の自然史』北海道大学出版会 (2012/8)
 
現在の植物分布や植物の遺伝子解析から、過去にどのようなことがあって、現在の分布ができたかを推定している。
本書は、以下の4章からなる。(このほかに、序章と後書きがある)
1.琉球列島における植物の由来と多様性の形成
2.南半球分布型植物の分子系統地理
3.被子植物の分布形成における拡散と分散
4.沿海州の気候と植生
 序章を含めてどの章も研究開始の内輪話から始まるようで、冗長に感じた。
 第一章はソテツやスダジイの遺伝子解析の結果をまとめ、過去において、渡瀬線や蜂須賀線が閉じていたと推定している。ソテツの近縁種であるタイワンソテツは台湾・台東の狭い範囲に分布する種だが、遺伝子のバラエティーが多いそうだ。それに対して、ソテツは宮崎県から八重山まで広く分布するが、遺伝子のバラエティーが非常に少なく、沖永良部島で遺伝子系統が分けられる。伝統的に植物分界と考えられている渡瀬線や蜂須賀線で、分布に変化が見られないことと、ソテツの実が海を渡って分布を広げることは考えにくいので、著者はが渡瀬線や蜂須賀線が閉じていたと推定している。
 しかし、ソテツの遺伝子変異が少ない原因や、沖永良部島で遺伝子系統が分れる原因の考察がなくて、なんだか物足りない感じがする。
 1609年、薩摩藩が琉球へ侵攻すると、奄美諸島は薩摩の直轄となり、沖縄島以南は薩摩に服属する琉球王国が支配することとなった。沖永良部島には、1690年に、薩摩藩の代官所が設置された。薩摩藩の支配は過酷を極め、住民は米麦を得ることができなくなり、傾斜地でも育つソテツでんぷんを食料とした。一方、琉球でも、1700年代前半に、蔡温が中心となって、ソテツ栽培が推奨された。ソテツの分布が自然分布ではなくて、人為分布であると考えると、ソテツの遺伝子変異が乏しいことや、分布域が行政区域にほぼ一致していることが理解できるように思うのだが。本書にはこのような視点はなく、ソテツは自然分布と考えているようだ。

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