運慶展 ― 2024年11月11日
横須賀美術館で開催中の『運慶展 運慶と三浦一族の信仰』を見学しました。
運慶作の弥陀三尊・毘沙門天・不動明王の5像が展示されています。大きい像で、間近に見られます。運慶30代の作で、運慶にしては優しく穏やかな表情です。
Makarivka解放か ― 2024年11月11日
ロシア軍はMakarivkaの大部分を解放したとの情報がある。
Makarivkaはドネツク州の西の端に近い僻地で、ここの占領には戦略的意味はほとんどない。2023年春、ゼレンスキーはウクライナが大攻勢をかけると宣伝して、西側から軍事援助をせしめた。5月になって、ウクライナの大攻勢が始まったものの、成果はほとんど得られなかった。
当時、Makarivkaあたりはロシア軍占領地の突出部になっていたが、戦略的価値がない地域なので、ロシア軍の守備は弱かった。ウクライナは大攻勢が失敗すると、それなりの成果を見せたいゼレンスキーは、この地を攻撃した。ロシア軍はほとんど抵抗することもなく、明け渡した。Makarivka占領の後、さらに南のUrozhaineなども、ウクライナ支配地となった。
2024年になると、ウクライナ軍の弱体化が目立つようになってきた。8月6日、ゼレンスキーは突如、ロシア領クルスクに進軍した。この結果、少ない兵力がさらに少なくなり、ドネツク西部戦線のウクライナ軍は、ほとんど崩壊した。ウクライナ軍の拠点だったVuhledarも10月初めには陥落した。
今回、Makarivkaが解放されたとしても、ロシア軍が大攻勢をかけたわけではなく、兵力の乏しいウクライナ軍が撤退した跡に、ロシア軍が布陣したものだろう。
Makarivkaをどちらが占領してもたいした意味はないが、ここのすぐ北にあるVelyka Novosilkaはウクライナ軍のドネツク州南西部最後の拠点なので、ウクライナ軍がここも落とすようなことになると、ドネツク州南西部のウクライナ軍は終わりとなる。
