ロシア軍攻勢 ― 2025年09月03日
ロシア軍の攻勢が継続している。上の図は、各月ごとのロシア占領地拡大のようすで、DEEP STATE(ウクライナ人が運営する情報分析グループ)公表データをもとに作成したもの。近年、ドローンが戦場の主力になったため、両軍の接触線概念があいまいになり、どちらが支配しているのか判然としない地域が増えた。このため、支配面積はウクライナ応援団とロシア応援団によって大きく異なる。上の図はウクライナ側のデータなので、ロシア支配面積は小さめに出る傾向が強い。ロシア軍参謀総長ゲラシモフは3月以降の獲得面積を3500㎢と説明した。上図では2343㎢なので、3割以上異なるが、占領地の見解の相違だろう。
昨年に比べ、ロシア軍の攻勢が大きいが、この最大の原因は、ウクライナの兵力不足だ。武器、弾薬不足も大きいが、兵員不足が大きい。
このところ、ロシアの攻勢が最も活発なのは、ポクロフスクとクピャンスク。どちらも、すでに主要道路は封鎖または射撃統制下におかれ、ロシア軍による解放作戦が進行中。また、ポクロフスク東のコンスタンチノフカも包囲作戦が進んでいる。
本の紹介-追跡公安捜査 ― 2025年09月05日
遠藤浩二/著『追跡公安捜査』毎日新聞出版 (2025/3)
本書は全6章からなり、最初の2章が国松長官狙撃事件で、残りの4章が大川原化工機事件。毎日新聞記者の執筆のため読みやすい。
国松長官狙撃事件とは、オウム真理教事件のときに、警察庁国松長官が自宅を出たところで狙撃された事件。この事件は警視庁公安部が対応したが、結局犯人逮捕に至らず時効が成立した。本書によると、公安部の見立てではオウムの犯行ということに決められたので、それに反する情報はすべて無視して、オウム一点張りで操作したために、結果、犯人取り逃がしにつながったことが記される。この件で、公安部はバカであると言えるが、犯罪的ではないだろう。
大川原化工機事件とは、噴霧乾燥機を中国に輸出した際、貨物等省令に定める輸出許可を得ていなかったとの容疑で、警視庁公安部が大川原化工機の社長以下3人を逮捕し、検察は起訴後に控訴取り下げ刑事裁判が終了した事件。この事件は、警視庁公安部による証拠隠し、証拠捏造が明るみに出て、国と都に対して1億6600万円余の損害賠償支払いが高裁判決により確定した。
逮捕された一人は、東京工業大学出身の当時相談役だった技術者だったが、逮捕中にガンが見つかり、保釈申請したものの裁判所は保釈を拒否し、その結果、進行ガンで死亡している。また、捜査を主導した警視庁公安部の警部・警部補が事件後に昇進している。要するに、警視庁公安部は自分が出世するために、証拠を捏造し、無実の民間人を逮捕し、検察官、裁判官と一体となって、無実の技術者を病死に追い込んだものだった。
本書では、大川原化工機事件について、公安部が捏造した手口を含め、事件の経緯が詳しく書かれている。国松長官狙撃事件同様、公安刑事の見立てにより捜査が開始され、見立てが正当であるように証拠を捏造したものだった。見立て捜査の是非について、私にはわからないが、見立に反する証拠を故意に廃棄することや、見立てに合うように証拠を捏造することが誤りであることは論を待たない。
なお、大川原化工機事件に関し、国と都に対する損害賠償請求は、本書出版後に、国・都側全面敗訴の控訴審判決が出され、確定した。敗訴確定を受けて、警視庁・検察庁は冤罪被害者に対して謝罪している。
本書では、公安部の見立て捜査の問題を再三指摘している。国松長官狙撃事件、大川原化工機事件共に、公安部の見立て捜査が失敗の原因に含まれるとの見解は一理あると思う。しかし、大川原化工機事件は、捜査方針を誤ったことが問題なのではなくて、大川原化工機に有利な明白な証拠を隠蔽し、公安部に有利な証拠を捏造した点が、大きな問題である。こんなことをされたら、誰だって死刑になってしまう可能性がある。なぜ、このような暴挙が警視庁でなされるに至ったのか、この点について本書では、捜査員の問題との指摘にとどまっている。しかし、公安部の捏造の背景として、安倍政権における警察官僚の重用、それに伴う警察官僚と政治権力中枢の関係強化などがあったとの指摘もある。本書では、そういった広い視野での原因に対する検討が少なく、ちょっと物足りなさを感じた。
ロシア軍攻勢(ハリコフ州クピャンスク) ― 2025年09月09日
クピャンスクはハリコフ州東部の要衝。このところ、ポクロフスク、コンスタンチノフカとならんで、ロシア軍の攻撃が活発だった。
最近の情報によると、ロシア軍はクピャンスク市のP07自動車道北部の大部分を掌握した模様。東部の鉄道線東側と、P07自動車道が西部で大きく南下するあたりは、掌握していないようだ。
ただし、今回もウクライナ側から「ウクライナ軍が保持している」との偽情報が出される可能性が高い。9月5日ごろ、ウクライナ応援団からは、ウクライナ軍がクピャンスク北西部のMoskovka村から、ロシア軍を追い出したとの情報が多数見られた。偽情報だったのか、それとも少数兵士による無意味な縦深攻撃を大げさに言ったのかはわからないが、ウクライナ応援団の情報は誤りが多くて困る。
最近の情報によると、ロシア軍はクピャンスク市のP07自動車道北部の大部分を掌握した模様。東部の鉄道線東側と、P07自動車道が西部で大きく南下するあたりは、掌握していないようだ。
ただし、今回もウクライナ側から「ウクライナ軍が保持している」との偽情報が出される可能性が高い。9月5日ごろ、ウクライナ応援団からは、ウクライナ軍がクピャンスク北西部のMoskovka村から、ロシア軍を追い出したとの情報が多数見られた。偽情報だったのか、それとも少数兵士による無意味な縦深攻撃を大げさに言ったのかはわからないが、ウクライナ応援団の情報は誤りが多くて困る。
本の紹介-現代史の起点 ソ連終焉への道 ― 2025年09月12日
塩川伸明/著『現代史の起点 ソ連終焉への道』 岩波書店 (2025/7)
ゴルバチョフのグラスノスチ・ペレストロイカによって、ソ連は崩壊し、冷戦はソ連の完全敗北で終結した。
本書は、ロシア・ウクライナ史の大家・塩川先生の近著で、ゴルバチョフ期の政治史を詳細に記す。政治の動きの他に、経済状況にも言及はあるが少ない。政治に関しては、ソ連中央の他に、各共和国のや東欧諸国の政治への言及もある。学術研究書ではなくて、一般向けに書かれているようで、出展等には多くはない。
本書は、全11章のうち、最初の2章はゴルバチョフ時代以前のソ連政治を記すが、ここは、予備知識の確認程度の内容で、記述のメインではない。3章以降がゴルバチョフ期の政治史で、内容は高度なので、ソ連政治やゴルバチョフ時代の政治に対する予備知識がないと、読むのはつらいと思う。また、本書は、政治史が記述のほとんどで、経済は少なく、また、民衆に対する記述はほとんどないので、この点の予備知識がないと、なんとなく消化不良の感があるかもしれない。
本書は、塩川先生の著書らしく、記述の内容は客観的・高度で信用できると思う。
本の紹介-南京事件 ― 2025年09月18日
笠原十九司/著『南京事件 新版』 (岩波新書)(2025/7)
現在、中国が作成した、日本軍による南京大虐殺事件を扱った映画『南京写真館』が、日本を除く世界各国で上映され、興行的成功を収めている。
本書は1997年に出版された同名の本の改定新版。写真の右が新版で、左が旧版。
新版は、旧版比べて、章立てが変わっているが、内容的には大きな違いはない。旧版Ⅴ章が、Ⅵ,Ⅶ,Ⅷ章になり、内容も増えている。ここは、南京掃討作戦による日本軍の残虐行為を資料に基づき説明する部分。
本書は、一般向けに書かれた本で、予備知識なしに、南京大虐殺事件の全貌が理解できる。新版の方が、新たな知見も加わっているので、新版を読んだ方が良いだろう。
当時、南京は中国の首都で、外国人ジャーナリストも多かったので、白昼堂々と行われた日本軍の犯行は、世界に広く知れ渡ることとなり、日本は国際的な非難を浴びた。しかし、日本は国内での報道を禁止したため、多くの日本人には知られることはなく、日本国内では、武勲を喜ぶ民衆であふれた。
南京大虐殺の犠牲者数は、数万から40万と諸説ある。これは、南京の範囲をどこに定めるのか、時期をどのように定めるのか、何を以て虐殺犠牲者とするのか、という問題があるので、研究者によって犠牲者数が違ってくる。現在、南京市の範囲は、南京城内を含む南京特別区域、六合区、浦口区、江寧区、溧水区、高淳区であるが、本書では、南京の範囲を、現在の南京市に加えて、句容市を含めている。これは、当時の南京市の範囲である。南京大虐殺事件の期間として、本書では、1937年8月15日の海軍航空隊の南京爆撃を起点とし、1938年3月28日の中華民国維新政府樹立までとしている。南京大虐殺犠牲者数は、およそ20万人あるいはそれ以上としている。
南京大虐殺事件の犠牲者数に関して、まともな研究者の中で、少ない人数を挙げているのは、秦郁彦/著「南京事件」であるが、これに対して、本書は、日本人研究者の中では多めの犠牲者数になっている。
日本では、ネット右翼など、頭の悪い人たちを中心に、南京大虐殺を否定する人たちがいる。歴史の無知によるデタラメ言説であるが、このような虚偽に対して、本書の帯には、以下の説明があり、読書に便利である。
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南京事件Q&A
・南京事件は東京裁判のでっちあげで、事件当時どこも報道していなかった。
⇒報道されていました。本書153-155、159、197-199頁参照。
・南京入城後ののどかな写真や映像が残されている。
⇒プロパガンダです。検閲もありました。本書81、236頁参照。
・日本軍は規律正しい軍隊だった。
⇒軍紀違反が横行していました。本書68-70、241、242頁参照。
・殺害されたのは便衣兵で問題ない。
⇒捕虜や投降兵を殺害しています。「便衣兵」の認定にも何重もの問題がありました。本書104、152、196-198、256、257頁参照。
・当時、南京には20万人しかいなかった。
⇒20万人は南京城内の安全区の人ロです。被害のあった南京市全体の人ロではありません。本書200、270頁参照。
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本の紹介-南京事件 (岩波新書) の続き ― 2025年09月20日
現在、中国が作成した、日本軍による南京大虐殺事件を扱った映画『南京写真館』が、日本を除く世界各国で上映され、興行的成功を収めている。
日本では、頭の悪いネット右翼が流行っていて、南京大虐殺を否定する人たちがいる。この人たちは、『南京事件は東京裁判のでっちあげで、事件当時どこも報道していなかった』などの、虚偽を信じ込んでいる人もいるようだ。笠原十九司/著『南京事件 新版』 (岩波新書)(2025/7)には、153-155、159、197-199頁で、事件当時広く報道されていた事実を明確にしている。ただし、頭の悪いネット右翼は、岩波新書のようなまともな本を読んで理解することは困難だから、本書は虚偽を信じ込む人に役に立たないかもしれない。
千葉県佐倉市の歴史民俗博物館の展示品に「南京事件を報じる記事 LIFE」があり、誰でも容易に見学できるので、ネット右翼でも、史実を容易に理解できると思うのだが、彼らがどうしてここまで無知なのか理解できない。
日本軍による南京大虐殺を伝える「LIFE 1938/1/10」の表紙
国立歴史民俗博物館の解説
ただし、国立歴史民俗博物館では、日本軍の残虐を示すページではなくて、南京から船で脱出する住民の写真のページを展示している。日本軍の残虐を示すページは、あまりにも生々しすぎるので、展示がはばかられたのだろう。
これが、LIFE誌の日本軍の残虐を示すページ。写真には英語の解説がある。このような内容。
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(左上写真の解説)
南京の民間人が、極度の悲しみに暮れながら、日本軍の爆弾の破片で負傷した瀕死の息子を抱えている。これは12月6日、日本軍の隊列が市の高い古城に迫る直前の出来事だ。門の内側に築かれた土塁に注目してほしい。この写真のような、約15万人の南京市民が、南京に留まった約27人の白人男性によって非公式に組織された「安全地帯」で、包囲の間ずっと身を潜めていた。このうち18人はアメリカ人だった。日本軍は、この安全地帯をある程度尊重した。
(左下写真の解説)
南京市内で日本軍は、兵士と民間人を50人ずつ縛り上げ、処刑した。上の遺体は、死後しばらく経っている。手前の男たちの頭上に電柱と電線が横たわっているのが見える。背景の日本兵は、荷馬車を使って主に食料を求めて商店を組織的に略奪している。南京での組織的な略奪は、日本軍兵站部が威信よりも食料を必要としていたことを示している。
(右下写真の解説)
反日主義者の中国人の首は、12月14日、南京陥落直前、南京郊外の有刺鉄線のバリケードに挟まれていた。12月12日に日本で陥落が祝われた南京では、13日、14日、15日と征服者たちの砲火が浴びせられ続けたが、この首は凍えるような寒さの中、状態を保っていた。16日、上海の日本軍報道官は「南京が完全に静かだとは言えない。おそらくあと2、3日かかるだろう」と認めた。
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小石川植物園 ― 2025年09月21日
本の紹介-南京事件 (岩波新書) の続き ― 2025年09月24日
ロシア軍攻勢 (ウクライナ応援団の嘘) ― 2025年09月26日
ウクライナ-ロシア戦争では、全線に渡ってロシア軍の攻勢が続いている。ドネツク州では、北部のリマン・シべリスク方面やコンスタンチノフカ攻防戦が活発で、8月中頃まで活発だったポクロフスクは小康状態。
8月中旬以降、ポクロフスクはロシア軍の包囲状態にある。すなわち、ポクロフスクに向かう主要道路はすべてロシア軍の制圧下にあるか、射撃統制下にある。ただし、道路によっては、闇に乗じて車両通行も可能と思われ、さらに、主要道以外の道路や畑などは、徒歩で容易に移動可能だ。このため、ポクロフスク守備ウクライナ軍が、今すぐに飢餓状態に陥っているということはないが、いずれにしても、補給や兵員交代が十分可能の状況にはなく、苦戦を強いられていることは間違いない。
また、ポクロフスク市南部に布陣するロシア軍は、時々、市街地に攻撃を仕掛けているが、全市を制圧する状況にはない。
8月中旬、ポクロフスク市北側に、ロシア軍が15㎞程、突出して占領地を拡大した。これに対して、ウクライナ軍は精鋭部隊を急遽派遣し、数キロ押し戻した。
この時、ウクライナ応援団の情報では、ウクライナ軍がロシア軍を分断し、包囲しているとの情報があった。資金が不足しているので、寄付金を求める、怪しい投稿も多数見受けられた。今は、寄付を求めるための情報は減っているが、1か月たっても、ロシア軍を包囲しているとの情報が継続している。
下の図は、9月中頃のウクライナ側戦況報告で、NewVoiceUkraineによるもの。
下の図は、同じ中頃のロシア側戦況報告で、Divgenによるもの。
①②の文字は、説明のため、私が加えたもの。
両方の地図の大きな違いは、ウクライナ側の物は①の部分がウクライナ支配地となっており、北側のロシア軍が包囲されている。ロシア側の物では、ロシア軍は包囲されていない。①の部分は東側が幅400mたらずで、実際は畑と荒れ地。西側はもう少し広いが、ここは川や河川敷。こんな場所を1か月もそのまま支配していることなどありえなことだ。それに、ウクライナ応援団はロシア軍が北部で包囲されているというけれど、わずか400m幅の畑など、走れば1分か2分なので、包囲されたとしても、闇に乗じて走って脱出することなど容易だ。
ロシア応援団の地図では、この部分はロシア軍支配地域になっている。南北がロシア軍支配地域なので、特に塗り分けず、同じロシア支配色に塗ったのだろう。
いずれにしても、①の部分は、畑・荒地・河川敷なので、どちらかの軍が絶対的に支配しているということはなく、両軍兵士共に、敵に見つからないように移動は可能な地域と思われる。ただし、ロシア兵にとっては、400mと容易に移動可能なのに対し、ウクライナ兵にとっては5000m程度である。
⓶の場所も、ウクライナ側、ロシア側地図で違いがある。ロシア側地図では、T0515自動車道の一部をロシア軍が支配していることになり、ウクライナの自動車での物資輸送はむずかしい。ウクライナ側の地図では、この道路はウクライナ軍支配になり、自動車での物資輸送が可能と推測できる。もっとも、ロシア軍の射撃統制下におかれているので、状況はそれほど違いはない。
このように、ロシア側、ウクライナ側で戦況地図は異なる。ロシア側地図でロシア軍支配地域とは、ざっくりロシア軍が支配しているという意味であって、ウクライナ軍一人も侵入を許さないという意味ではないようだ。このように考えると、ロシア側地図は正当であると言える。これに対して、ウクライナ側戦況地図は、かなり眉唾入りと思ってよいだろう。何とかしてウクライナ有利の状況を装って、寄付金を取る意図があるのかもしれない。










