ユキモチソウ2017年05月04日

    
さいたま市見沼区御蔵の尾島家に咲いていたユキモチソウ。 増えていました。
埼玉県で見ることはすくない。このユキモチソウも、もともとに自生ではないと思います

アマドコロ2017年05月03日

    
さいたま市見沼区御蔵の尾島家に咲いていたアマドコロ。
アマドコロは、山菜として食用にされるので、珍しいものではありません。
「おひたし」「天ぷら」などとして食されます。山菜独特の苦みがあるけれど、フキノトウに比べれば、全然たいしたことない。ウルイに似ているけれど、ウルイよりはす少し苦みがあるかな。

キンラン2017年05月02日

     
さいたま市見沼区御蔵の尾島家に咲いていたキンランを真上から撮ってみました。キンランは以前より増えているようです。

イカリソウ2017年05月01日

   
さいたま市見沼区御蔵の尾島家にはイカリソウが咲いています。こちらは特に減っていない。

クマガイソウ2017年04月30日

   
さいたま市見沼区御蔵の尾島家にはクマガイソウが咲いています。ちょうど見頃です。以前よりも、だいぶ減ってしまったようです。

ホームページ資料追加2017年04月28日

『北方領土問題関連資料」のページに2つの資料を追加しました
http://www.ne.jp/asahi/cccp/camera/HoppouRyoudo/HoppouShiryou/HoppouShiryou.htm
     
・国後地方ウプラウレニヤ法令
http://www.ne.jp/asahi/cccp/camera/HoppouRyoudo/HoppouShiryou/19460012Upuraureniya.htm
   
・北海道附属島嶼復帰懇請根室国民大会の決議
http://www.ne.jp/asahi/cccp/camera/HoppouRyoudo/HoppouShiryou/19470810Ketsugi.htm
 この資料は、北海道附属島嶼復帰懇請委員会 [編] 『四島を返せ : 択捉・国後・色丹・歯舞群島返還運動史』のなかに、当時の資料の写真が掲載されています。それを見ると、「千島列島の一部を成す択捉島、国後島」となっているので、国後島・択捉島は千島列島に含まれるとの認識がわかります。ところが、浦野起央/編著『資料体系アジア・アフリカ国際関係政治社会史 第2巻 [第5分冊 h] 』では、「千島列島の一部を成す」の文が欠落しています。
 浦野の本では、この決議文の出典がなんであるかがわからないので、信頼性の検証ができない。

本―北方部隊の朝鮮人兵士2017年04月26日

      
 北原道子/著『北方部隊の朝鮮人兵士 日本陸軍に動員された植民地の若者たち』 現代企画室 (2014/3)
   
 樺太・千島など北方に動員された朝鮮人兵士の状況を明らかにしている。本書では、最初の章で朝鮮人が日本軍兵士となったいきさつ(布告など)を示し、以下の章で、樺太・千島等の朝鮮人兵士の日本軍での状況を明らかにしている。また、本書後半では、北方部隊の日本軍兵士となった朝鮮人の回想。
   
 このような研究はあまり見たことがないので、未解明分野の研究として重要なのはわかるのだけれど、正直言ってあまり興味が持てなかった。一般民衆レベルでは、朝鮮人は植民地人として差別を受けたが、軍隊にあっては階級によって同じ仕事をするので、それより仕事ができるかどうかが重要になり、出身がどこかで差別を受けることは多くはない。朝鮮人だからと言って、差別を受けたことが全くないとは言わないが、一般民衆レベルよりも差別はずっと少なかったようだ。でも、そうすると「普通ですね」「特に違いはないですね」で終わってしまい、素人的には面白味に欠ける。
   
 ただし、これだけの研究をして出版したことには敬意を表したい。

本ー沖縄決戦 高級参謀の手記2017年04月25日

    
八原博通/著『沖縄決戦 高級参謀の手記』中央公論新社 (2015/5)
  
 1972年に出版された本の文庫版復刻。
  
 司令部付将校からみた沖縄戦の記録。こういう本は、自分に都合よく、事実の一部しか書かれず、また、誇張もなされるので、読むときには注意が必要だ。しかし、数少ない司令部の生き残りのの記録なので、沖縄戦を知るうえで重要な文献であることに違いはない。
  
 首里城地下壕に陣取った司令部高級将校は、10数名の芸者など30名ほどの慰安婦を抱えていた。このことは本書ではP201に触れられている。

本の紹介―戦跡が語る悲惨2017年04月23日

  
真鍋禎男/著『戦跡が語る悲惨』沖縄文化社 (2016/4)
     
 本書の内容は沖縄戦の歴史。
 沖縄戦の歴史をかなり詳しく記し、随所に関連する戦跡の写真を掲げ、わかりやすい内容になっている。沖縄戦を詳しく知ろうとする人には、好適な参考書といえるだろう。参考文献も豊富。
  
 沖縄戦の記述には、反戦の立場と、英霊賛美の立場があるが、本書は反戦の立場で一貫している。このため、戦没者を英霊として顕彰したい人や、沖縄戦の犠牲者を戦意高揚に利用したい人には、言葉遣いが気に入らないと思う。
  
 沖縄最南端の喜屋武岬に建てられた平和之塔には、「米軍に対して最後の迎撃を続けしも善戦空しく」「戦闘に協力散華せる住民」と書かれている。実際にこの地に日本軍が追い詰められたときは、すでに敗戦必死の状態で善戦もしていなければ、住民も逃げ惑うだけだったので、碑文は事実ではない。平和之塔を見学した時、戦争賛美のあまりに事実を捻じ曲げる態度に嫌気がさした。本書においても、「観光名所に便乗して戦争賛美を煽る」と平和之塔の記述に対して厳しい評価をしている。
  
 南北の塔に関連して、「住民殺傷の壕追い出し」の項に以下の記述がある。これは、南北の塔の下にあるガマのことだろう。
 真栄平ではいきなり軍刀で母親を斬首のうえ、幼い子供4人を刺殺した。壕に手榴弾を投げ込まれ、その壕に駆けつけようとする父親を切り殺された家族もいる。(P146)
  
 本書の最終章では、平和祈念公園に建てられている各県の塔を取り上げている。ほとんどすべての塔の文言は、沖縄住民の死亡について触れられておらず、将兵の戦死を英霊顕彰としている。本書では、この点について批判的であるが、故人の葬儀の弔辞は、たとえ悪人であっても、なるべく良いことを言うものなので、戦死した将兵を顕彰する記述になるのはある程度仕方ないだろう。
 同じ並びに立つ、空挺隊の碑文や、波の上神社の日本青年会議所の碑文は、英霊顕彰にとどまらず、若い人に対して戦争を鼓舞しているようで、感じが悪い。しかし、本書ではこれらの碑には触れられていない。

本の紹介―南北の塔2017年04月22日

    
橋本進/著、穂積肇/絵『南北の塔 アイヌ兵士と沖縄戦の物語』草土文化 (1981/8)
   
 本書は、『母と子でみる沖縄戦とアイヌ兵士(1994/4)草の根出版会』 と、ほとんど同じ本。ただし、『南北の塔』の方が絵がカラーで大きいので見ていて楽しい。
   
 2つの本には、南北の塔建立のいきさつについて、若干の記述に違いがある。また、このほかにも、沖縄各地に立つ碑の意味に対する考察にも若干の違いがあるようだ。『南北の塔』の記述の不十分な点を
『母と子でみる沖縄戦とアイヌ兵士』で改定されているようだ。

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