本の紹介-東電原発事故 10年で明らかになったこと2021年09月18日

 
添田孝史/著『東電原発事故 10年で明らかになったこと』平凡社新書(2021.2)

 フリー科学ジャーナリスト添田孝史による福島原発事故の解説。
 本書を読むと、東電・国が原発安全性が低いことが分かっていながら、危険な状態を放置してきたことが分かる。
 第一章は福島原発事故の経緯。既に、良く知っている人も多い内容だが、今一度、事故の経緯を確認するうえで、読む価値はあると思う。
 第二章が、この本の中心。福島原発事故は、地震による津波で炉心冷却機能を喪失したために起こった。本章によると、もともと、福島第一・第二原発は、予想最大津波に対する余裕度がなかったこと、その後、貞観地震が知られ、これまで予想された津波よりも、到達津波が高いことが分かったにもかかわらず、追加工事をしないで、それを行政当局も追認していたこと、さらに、東海第二原発では、貞観地震の知見により、対策工事をしていたことなど、東電や国の対応のまずさが書かれている。
 第三章は事故の検証と裁判の話。

本の紹介-原発に挑んだ裁判官2021年09月04日


磯村健太郎、山口栄二/著『原発に挑んだ裁判官』朝日文庫 (2019/6)
 
 本書の前半は、原発差し止め判決など、住民勝訴の判決を下した3人の裁判官-樋口英明(大飯原発訴訟一審裁判長)、井戸謙一(志賀原発一審裁判長)、川崎和夫(もんじゅ訴訟高裁裁判長)-がどのような理由で原告勝訴の判断をしたのか、インタビューをもとに、これを示している。
 本書後半の1.2は、国・電力会社勝訴の判断をした裁判官のインタビューをもとに、どのような理由で国・電力会社勝訴の判断をしたのか、福島原発以降どのように思っているのかなどを示している。
 最後の1/4では、行政により沿った判断を下す最高裁の体質について。
 
 私は、学生の時の労働衛生の講義で、「放射能には安全の閾値はないと考えられているので、放射能の安全基準とは我慢基準である」と聞いたことがある。原発も同じで、本来危険があるものなので、原発の安全基準とは我慢基準で、大事故が起これば地域住民がどれだけ死ぬのかは分からないとしても、電力会社の利益のために容認させる範囲が、安全基準のはずだ。そういうことを理解しないで、安全基準とは、絶対安全な基準であるかのような誤解をしている不勉強な裁判官や、出世のために政府を忖度している裁判官が多かったということだろう。

本の紹介-原発はなぜ危険か2021年08月12日

 
田中三彦/著『原発はなぜ危険か』 (1990/1)岩波新書
 
 本書は30年以上前に出版された岩波新書。
 著者は、元・原子力発電所設計関連に携わっていた技術者。福島第一発電所四号機の圧力容器には、安全性に問題があることを自身が設計に携わった経験から述べている。四号機圧力容器を作った時、何らかの理由で基準許容量を超える歪みが生じたため、クリープ変形を利用して、歪みを補正した。著者は、歪み補正の手法をコンピュータ解析により求めた技術者だった。
 クリープ変形を利用して、変形を補正したのだから、普通に考えれば、強度・特に経年劣化に問題があるはずだが、国は問題なしとした。
 
 福島第一発電所四号機は、東北大震災に伴う事故で、水蒸気爆発を起こし廃炉になった。福島原発事故から10年以上経過した今、この原子炉圧力容器が脆弱でもどうでもよいことだ。しかし、同様の事例は、ほかの原発でもあるかもしれない。そもそも、原子炉内の長期間経年劣化など、十分に解明された技術ではないはずだ。それなのに、政府は老朽化原発の運転期間延長を行っている。

本の紹介-私が原発を止めた理由2021年07月29日

 
樋口英明/著『私が原発を止めた理由』旬報社 (2021/3)
 
 2014年、福井地裁は関西電力大飯原発3・4号機の運転差止めを命じる判決を下した。
 本書は、この時の福井地裁判事部統括判事だった、樋口英明によるもので、差し止めを認める判断をした理由が書かれている。要するに、想定地震の規模が現実に発生している地震よりも小さいので、原発は安全ではないということだ。
 『重力加速度(980ガル)よりも大きい地震など起こりえない』かつてはこのように考えられていたため、原発が作られたときの基準地震動は300ガル程度と、重力加速度の1/3だった。その後、耐震基準は引き揚げられたが、大飯原発3・4号機は重力加速度よりも小さい値になっている。
 各地に地震計が置かれて、地震の詳細観測網が発展した。この結果、重力加速度を超える地震動は珍しくなく、2008年の岩手内陸地震では重力加速度の4倍を超える地震動が観測されている。また、2017年の和歌山県北部地震はM5.5と小規模地震で、最大震度も5強だったにも関わらず、重力加速度を超える地震動が観測されている。こうしたことから、著者は大飯原発3・4号機の危険性があるとの理由で、運転を差し止めた。
  
 なお、本判決は高裁で否定され、原発は稼働することになった。国が電力会社の利益を考えて作った基準に合致していれば、大事故が起きても、人が何人死んでも、それは良いことだと考えるか、それとも、安全性は社会通念で判断するのか、その違いだと思う。

本の紹介-東電原発事故 10年で明らかになったこと2021年04月02日

 
添田孝史/著『東電原発事故 10年で明らかになったこと』平凡社新書(2021/2)
 
著者は大阪大学基礎工学研究科修士修了の科学ジャーナリスト。
本書は、福島原発事故10年が過ぎて明らかになった、これまでの東電のずさんな事故対策を明らかにするもの。
 
第1章は福島原発事故のあらまし。すでに、良く知られていることなので、読み飛ばしても良いだろう。
第2章が本書の中心で、ページ数も多い。事故前に、津波の可能性が指摘され、女川原発や、東海第2原発なででは、それなりの津波対策をしていたにもかかわらず、東電だけが津波対策を故意に怠っていた事実を明らかにしている。
第3章は原発事故裁判の話。政府・東電が事故に真摯に向き合うことなく、言い逃れに終始している実態が示される。
第4章はまとめや今後の話などであり、ページ数は少ない。
 
本書を読むと、如何に東電の対応が悪かったか、さらに事故後も対応が悪いのかが、良く分かるだろう。福島原発事故は予期しえない自然災害などではなく、東電の故意犯に近いように感じる。

本の紹介-原子力の精神史 <核>と日本の現在地2021年03月15日

 
山本昭宏/著『原子力の精神史 <核>と日本の現在地』集英社新書 (2021/2)
 
 日本は唯一の被爆国として、核兵器に反対する意見が多いことになっている。同時に、アメリカの核の傘にあって、核兵器のおかげで平和が保たれているとの見解もある。さらに、福島以前は原子力発電を推し進めてきた経緯がある。
 本書は、このような国民意識がどのようなものであり、どのように変遷してきたのかを解明するもの。報道のほかに文学を利用している。政府見解を追ったものではない。特に目新しいことは少ないかもしれないが、日本人の核エネルギーに対する意識が分かる。
 
 以下の話は知らなかったので、ちょっと興味が持てた。(P111)
 
(理化学研究所のトップだった)物理学者の仁科芳雄は、一九四八年に次のように述べている。
 寧ろ科学の画期的進歩により、更に威力の大きい原子爆弾またはこれに匹敵する武器をつくり、若し戦争が起つた場合には、廣島、長崎とは桁違いの大きな被害を生ずるということを世界に周知させるのである。・・・若し現在よりも比較にならぬ強力な原子爆弾ができたことを世界の民衆が熟知し、且つその威力を示す実験を見たならば、戦争廃棄の声は一斉に昂まるであろう。(『読売新聞』一九四八年八月一日)

本の紹介ー「満洲」に渡った朝鮮人たち2019年09月04日

 
李光平・他/著『「満洲」に渡った朝鮮人たち』世織書房 (2019/6)
 
 戦前、中国東北部に渡った朝鮮人は多かった。このような朝鮮人がいかに苦労したのかを写真と文章で示した本。
 しかし、中国東北部に渡った朝鮮人には、日本軍の中国侵略の尻馬に乗って、中国人収奪の片棒を担いだものも多く、また、アヘン密売人の多くは朝鮮人だったことも知られているが、本書には、このような話はない。朝鮮人のなかには、日本の官憲になって、朝鮮人弾圧の先鋒を担ったものもあるが、そのような人への恨み言は書かれている。
 要するに、本書は朝鮮人の苦労話を写真で紹介するもの。
  
 中国に渡った朝鮮人の中には、戦争の末期に、日本軍に配属され、終戦後の9月15日までソ連と戦ったものもいたそうだ。日本では、終戦の日を8月15日としているが、日本軍は9月になっても戦闘を辞めなかったことが分かる。
 
 『一九二五年生まれの閔洪基は、同村の成学淵と李龍俊とともに、一九四五年八月初めに日本軍兵士となってハイラルまで行ってそこで別れた。五一五部隊に配属された閔は、満洲里の向かい側の中ソ国境線で九月一五日までソ連軍に抵抗した。大敗した日本軍は四方八方に散らばった。閔は、牡丹江で入隊した朝鮮人張潤植と一緒に逃げたが、非常に幸運なことに、中国人の助けで脚の怪我を治療して、家まで帰って来た。(P87)』

中央構造線 伊方原発稼働2018年10月27日

   
日本最大の断層「中央構造線」は、九州から四国・紀伊半島・諏訪湖を通って関東から鹿島灘に達する。
伊方原発は中央構造線と至近の距離であり、万一この断層が動いたら甚大な被害がおこる。もっとも、中央構造線は古い断層なので、今すぐ動くことはないだろう。
2018年10月27日、広島高裁の判決を受けて、伊方原発三号機が再稼働した。すぐ動く断層ではないにしても、こんな大断層近くに原発を作ることないのに。
   
写真は、群馬県下仁田町「川井の断層」。ここが中央構造線です。

福島第一原発事故2018年05月20日

先日、福島第一原発事故関連の地域を旅行したのでホームページにアップしました。
http://nippon.nation.jp/GENPATSU/FUKUSHIMAB/index.htm
  
国道144号の浪江インターから西も通行できるようになっています。浪江町津島から飯館村へ抜ける国道399号は通行止め中です。
  
麓山から事故原発を見ると、三号機の上にかまぼこ型の構造物が作られていました。燃料棒の搬出作業が始まるのだろう。壊れた燃料棒は、早くどこか安全な所へ持って行ってほしいものです。
  
これまで周辺の農地には、除染で出たビニール袋が一面に広がっていました。中間貯蔵施設ができたため、これらのビニール袋はだいぶ撤去されて、跡地は太陽電池パネルになっています。双葉、大熊、浪江の3町を全部太陽電池パネルにすれば、福島第一原発と同規模な発電施設になるのではないか。
人が住めなくなって7年たったゴーストタウンを見ていると、もはや人が住むことはやめてたのではないかと、そんな妄想が起こってきました。


伊方原発・運転差止2017年12月13日

 
 2017年12月13日、広島高裁は伊方原発3号機、運転差し止めの仮処分を決定した。現在は定期点検で停止中だが、新たな裁判がない限り再稼働できない。
 写真は、伊方原発。写真中央奥の円筒形が1号機で、手前のドームが2号機、右側でちょっと見えているのが3号機。違っているかもしれない。

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