本の紹介-ウクライナ「情報」戦争2023年01月15日


佐藤優/著『ウクライナ「情報」戦争 ロシア発のシグナルはなぜ見落とされたか』徳間書店(2022.9)

 著者は元モスクワ大使館職員。現在、ロシア・ウクライナの政治に関する、日本の第一人者。
 本書はウクライナ・ロシア戦争を客観的に記載しており好感が持てる。


 第1章はロシア側の報道。日本では、ウクライナ側の謀略報道を垂れ流しているマスコミが多い中、本書の記述は有益である。著者のコメントも随所にあるが、量が少なく、この問題に詳しくない読者には、ロシア側情報の正否が分からない。もう少し、著者の詳しい解説が欲しいと思った。
 
 第2章は戦争の時系列経緯。本書の出版は2022年9月なので、8月までが記述対象。日本のマスコミ報道の多くは、ウクライナ側の謀略報道の垂れ流しである。戦争の報道は、どちらも、真実と謀略とが混在しているので、基礎知識と情報分析能力がないと、何が真実かわからないものである。この点、本書の記述は、この地域の近現代史・政治の第一人者の記述で、著者が真実と確認した客観的事実を記載しているようで好感が持てる。

 戦争の責任について以下の記述がある。事実をよく知っている著者の客観的記述である。
 今回の事態に至るまでには、ゼレンスキー大統領にも大きな責任がある。
 ウクライナは20年5年の「第2ミンスク合意」で、親ロシア派武装勢力が実効支配する地域に「特別の統治体制」を導入するための憲法改正を約束したが、19年に大統領に就任したゼレンスキー氏はその履行を頑なに拒んだ。
 プーチン氏は「第2ミンスク合意」に基づいて、ゼレンスキー氏が交渉に応じるならば武力行使することなくロシアの目的を達成できると考えていた。「第2ミンスク合意」ではロシア派武装勢力が実効支配しているドネツク州とルハンスク州に「特別の統治体制」を認める憲法改正をウクライナが行うことが約束されており、OSCE(欧州安全保障協力機構)の監視下で公正かつ民主的な選挙が行われることも定められていたからだ。ウクライナ国家の枠内で高度な自治が確保されれば、この自治地域の同意なくしてウクライナがNATOに加盟できなくなる仕組みを作ることは可能とロシアは考えていたのである。
 ロシアによる侵攻以前にも、フランスのマクロン大統領、ドイツのショルツ首相が、ミンスク合意を基礎にロシアとウクライナを仲介しようとした。プーチン氏はミンスク合意による係争解決に同意したが、ゼレンスキー氏は明確な回答をしなかった。ミンスク合意に基づいてウクライナの主権の下で問題を軟着陸させる可能性をなくしたのは、むしろウクライナ政府の方だったのだ。
 ウクライナが「ミンスク合意」を履行する意思を持たないと判断したプーチン氏は、「ルガンスク人民共和国」と「ドネツク人民共和国」の両「人民共和国」に住むロシア人を守るために軍事介入を決断したと言える。(P100~102)
 プーチンはウクライナの右翼勢力やゼレンスキーをナチスと批判した。これに対して、ゼレンスキーは、自分はユダヤ系なのでナチスではないと、全く頓珍漢な反論をしたが、日本のマスコミは、ゼレンスキーの言を無批判に伝えたことがある。映画俳優に過ぎないゼレンスキーがウクライナ近現代史知識のない大バカ者なのは仕方ない事であるが、日本のマスコミ人も、ウクライナ史の基本的知識はもってほしいと感じたことがある。
 本書には、バンデラ主義の一通りの解説があり、プーチンのナチス批判の意味が分かるだろう。なお、OUNについては、中公新書の「物語ウクライナの歴史」にも、多少の説明がある。
 ウクライナの民族主義者ステパン・バンデラ(1909~59年)に対する評価だ。バンデラは、1928年にUVO(ウクライナ軍事組織)に加わり、翌29年にOUN(ウクライナ民族主義者組織)に入党した。35年にポーランド内相暗殺事件に関与した容疑で逮捕され、死刑判決を受けたが、終身刑に減刑された。39年に第2次世界大戦が勃発し、ポーランド国家が崩壊すると、ナチス・ドイツ軍によって解放されOUNの幹部に戻った。バンデラやOUNの活動家は反ユダヤ主義者でもあった。
 ソ連とロシアでバンデラとその同志はナチス主義者とされている。2014年以降のウクライナ政権はバンデラをウクライナ民族の英雄と位置づけているのだ。
 その具体的な例として、2015年1月1日にキエフで開催された奇妙な行事のことを振り返ってみたい。これは、ステパン・バンデラの生誕106年(1909年1月1日に生まれ)を記念する夜間の「たいまつ行進」だった。バンデラは一時期、ナチス・ドイツと提携し、1941年の独ソ戦の直前にウクライナの独立を図ったことがある。バンデラが指揮する軍団が、ドイツ軍の指揮下に入ってソ連軍と戦い、戦争初期にウクライナを支配下に置いたのだ。バンデラの軍団は、ドイツ軍の下に置かれ、無辜のユダヤ人・ロシア人、スロバキア人、チェコ人を虐殺した。
 ナチスの特徴は、「約束を守るとは約束していない」と言って合意を平気で反故にしてしまうことだ。ウクライナ独立の約束をナチスは守らず、ウクライナ人を「東方の労働者」としてドイツの鉱山や工場で働かせた。ドイツ軍に占領されたリボブ(ウクライナ語ではリヴィウ)でウクライナ独立を勝手に宣言していたバンデラは、ナチスによって逮捕され、強制収容所に送られてしまった。
 戦争末期の44年9月、ドイツによって強制収容所から釈放されたバンデラは、再び反ソ戦争の指揮をとった。戦後は、西ドイツに拠点を置いて反ソ・ウクライナ民族独立運動に従事。59年10月15日、ミュンヘンの自宅周辺でバンデラはKGB(ソ連国家保安委員会・秘密警察)の刺客によって暗殺された。
 そうした経緯から、ソ連時代のウクライナでは、バンデラは「ナチスの協力者」「テロリスト」などと嫌悪されていたのだが、ウクライナで民族主義が台頭すると共に「ソ連からの独立を果たした英雄」と評価は一転した。
 バンデラの出身地であるウクライナ西部のガリツィア地方に基盤を持つ政党「スボボダ(自由)」は、バンデラの思想と運動形態を継承している。バンデラ主義者と呼ばれる人々が主張するウクライナ民族至上主義、反ユダヤ主義は、国際基準でネオナチに分類される。ナチスが頻繁に行った「たいまつ行進」を、このように「スボボダ」をはじめとするバンデラ主義者が行ったのも、自らがネオナチであることを誇示するためだ。(P115~P118)
 本書第三章、第4章は小さな章で、それぞれ、クリミア併合と北方領土問題の説明。

 

北方領土問題  やさしい北方領土問題の話   竹島(独島)問題    尖閣(釣魚)問題

本の紹介-北方領土のなにが問題?2022年10月17日

 
黒岩幸子/著『北方領土のなにが問題?』清水書院 (2022/8)
 
 100ページ余りの薄い本。文章は平易で、文字の行間も大きいため、楽に読める。
 幕末期の日ロ交渉から最近の返還交渉まで、歴史を追って、北方領土問題を記す。日本に都合の良い主張をする本ではなくて、冷静に事実を記載している点で好感が持てる。薄い本なので、詳しい内容はないが、領土問題を理解するための参考書としては好適だろう。
 この地域の歴史は、幕末の日ロ交渉から始まったわけではなく、もっとずっと以前から人々が暮らしていた。そういう視点で北方領土問題を理解したい人は、本書だけでは不足で、この場合は、以下の本が参考になる。
 黒岩幸子/著『千島はだれのものか』東洋書店 (2013/12)

 本書は7つの章に分かれ、各章の末尾にはレッスンとして課題が出されている。終りの方の章で以下の課題がある。著者は北方四島交流に長い間携わってきたので、日本の主張だけを声高に叫べば解決するという問題ではないことを十分に承知しているのだろう。

以下の2つの問題を、皆さんも考えてください。
(a)北方領土に現在住んでいるロシア人島民になったつもりで,領土問題を考えてみましょう。日本の領土要求をどのように受け止めますか。自分や家族の生活に関してどんな心配が生まれるでしょうか。
(b)北方領土問題の解決案をつくってみましょう。まず北海道根室管内の市民,次に南クリルのロシア人島民が集まっていると想定して,その解決案を説明してみましょう。

本の紹介-尖閣諸島の石油資源と日中関係2022年08月15日

  
亀田晃尚/著『尖閣諸島の石油資源と日中関係』三和書籍 (2021/7)
 
 本書は、主に、東シナ海の海底油田・ガス田開発にまつわる、関係各国の対立と協力に関する研究書。このため、参考文献の紹介も多い。一般読者を対象とした啓蒙書ではない。
 第一章は戦後、石油が資源として重要になったということで、特に興味ある記述はなかった。
 第二章はECAFE等による東シナ海石油埋蔵量の推定調査の話。1960年代の終わりごろに、東シナ海、尖閣周辺海域に膨大な石油埋蔵があるとの推定がなされた。
 第三章は中国、台湾の石油の関心。この中で、中国が尖閣を主張するようになったのは、埋蔵石油が原因であるとしている。確かに、それがなかったわけではないだろうが、中国が尖閣領有を主張してきたのは、沖縄返還のときであって、ECAFEにより東シナ海の石油埋蔵が推定されたときとはずれている。もっとも、石油埋蔵の推定は、ある時に急に言われるようになったのではないので、沖縄返還のころに、石油の埋蔵を主張したものもある。この時代、中国には海底油田開発の能力はなかったようだ。
 第四章は1970年代、日本の海洋油田探査。1967年の衆議院商工委員会で、政府は大陸棚のボーリングは水深20から30メートルのところで行い、150メートルの水深のところでは調査能力がないと解答した。
 第五章は日中ではなくて日韓の海底油田探査協力。当時、日本は日韓中間線をEEZの境界と主張していた。しかし、日韓協力では日本が主張する中間線の日本側で、日韓合同調査が行われた。
 第六章は「70年代の日中共同開発への指向」。あまり興味のある内容ではなかった。
 第七章は尖閣問題。海洋油田の話というわけではない。尖閣問題に関しては、多数の著書でいろいろな説が唱えられるが、本書は、主に日本政府の説に沿っている。
 第八章は「最近の海洋をめぐる日中関係」
 本書を読んでいてわからなかったのだが、東シナ海には、結局、どれほどの石油埋蔵があるのか、商業レベルに乗るのか。1970年以前は、地層の形から膨大な石油埋蔵の可能性が指摘された。その後、日本の国会では、大した量がないことが報告されるなど、日本の石油開発熱は冷えていった。中国は東シナ海でガス田掘削をするなど、多少は開発しているが、商用レベルに乗るほどの成果は出ていないようだ。もし、石油埋蔵が大したことないのならば、尖閣問題と石油問題をリンクさせる理由は、もはや、ないはずだ。

日本が国際法を無視して一方的に設定したEEZ2022年08月07日

 中国が台湾周辺海域で行った軍事演習で、日本のEEZ(排他的経済水域)内に弾道ミサイルが落下したと日本政府は抗議している。これに対して、中国外務省は「日中両国は関連の海域で境界をまだ確定しておらず、日本のEEZという言い分は存在しない」と説明した。
 さらに、これに対して、松野官房長官は「国連海洋法条約の関連規約に基づき、領海基線から200カイリまでのEEZの権限を有している。向かい合う国とEEZの権限が重複する水域では中間線を基に境界を画定するとされている」と説明した。(産経新聞2022/8/5)
 
 日本と中国のどちらの説明が正しいのか。国連海洋法条約を見れば明らかだ。
――――――――――――――――――――――――
海洋法に関する国際連合条約
第五十七条 排他的経済水域の幅
 排他的経済水域は、領海の幅を測定するための基線から二百海里を超えて拡張してはならない。
第七十四条1
 向かい合っているか又は隣接している海岸を有する国の間における排他的経済水域の境界画定は、衡平な解決を達成するために、国際司法裁判所規程第三十八条に規定する国際法に基づいて合意により行う。
――――――――――――――――――――――――
 日本は「領海基線から200カイリまでのEEZの権限を有して」と言っているが、実際は「二百海里を超えて拡張してはならない」のだから、200海里を超えて権利を有していないのであって、200海里まで権利を有しているわけではない。日本は、「EEZの権限が重複する水域では中間線を基に境界を画定するとされている」と主張したが、国際法の説明としては、完全な虚偽で、海洋法条約では「国際法に基づいて合意により行う」と定められている。
 日本の説明は、国際法の説明としては、ほぼ完全に嘘で、中国の説明は国連海洋法条約に従った正しい説明であることが明白だ。
 
 中国の軍事演習のため、漁民が出漁できないなど、日本としては迷惑をこうむっている。だからと言って、日本政府が、嘘をついて、日本国民をだますことが正当化されることにはならない。普通に、説明すればよいのに。

本の紹介-帝国の島2022年06月26日


松島泰勝/著『帝国の島-琉球・尖閣に対する植民地主義と闘う』明石書店 (2020/8)
  
 著者は竜谷大学経済学部教授で、琉球独立論者。
 日本政府は、現在、尖閣諸島は日本固有の領土と主張している。本書はこれに対して異議を唱える。尖閣問題に対する、日本政府の主張への反論という観点から本書を読むと、歴史的経緯など良くまとまって書かれている。しかし、本の書き方が良くないのか、日本政府の論拠とそれへの反論が、どれがどれなのか、わかりにくい。
 本書は、尖閣問題以外に、琉球併呑の不当性、戦時中の日本軍人による住民弾圧、人類学者による琉球墳墓からの遺骨泥棒、琉球独立問題なども話題とされている。章ごとに分かれているのだけれど、各々の問題に、尖閣問題が複雑に絡んでいる記述となっており読みにくい。問題が絡んでいるのは事実としても、もう少し整理をした記述にしてほしかった。

 参考のために、目次を記す。
目次
はじめに
Ⅰ 日本政府はどのように琉球、尖閣諸島を奪ったのか
 1 植民地主義を正当化する「無主地先占」論
 2 尖閣日本領有論者に対する批判
 3 「無主地先占」論と民族自決権との対立
 4 琉球、尖閣諸島は「日本固有の領土」ではない
 5 歴史認識問題としての尖閣問題
Ⅱ 日本帝国のなかの尖閣諸島
 1 日本による尖閣諸島領有過程の問題点
 2 他の島撰はどのように領有化されたのか
 3 山県有朋の「琉球戦略」と尖閣諸島
Ⅲ 尖閣諸島における経済的植民地主義
 1 古賀辰四郎による植民的経営としての尖閣開発
 2 寄留商人による琉球の経済的搾取
 3 油田発見後の日・中・台による「資源争奪」
 4 「県益論」と「国益論」との「対立」
 5 琉球における資源ナショナリズムの萌芽と挫折
 6 稲嶺一郎と尖閣諸島
 7 なぜ今でも尖閣油田開発ができないのか
Ⅳ サンフランシスコ平和条約体制下の琉球と尖閣諸島
 1 サンフランシスコ平和条約体制下における琉球の主権問題
 2 アジアの独立闘争に参加した琉球人
 3 戦後東アジアにおける琉球独立運動
 4 李承晩による琉球独立運動支援
 5 日本の戦後期尖閣領有論の根拠
 6 なぜ中国、台湾は尖閣領有を主張しているのかーその歴史的、国際法的な根拠
Ⅴ 日本の軍国主義化の拠点としての尖閣諸島と琉球
 1 地政学上の拠点としての尖閣諸島
 2 尖閣諸島で軍隊は住民を守らなかった
 3 八重山諸島の教科書選定と「島懊防衛」との関係-教育による軍官民共生共死体制へ
 4 教科書問題、自衛隊基地建設、尖閣諸島のトライアングル
 5 沖縄戦に関する教科書検定問題と日本の軍国主義化
 6 琉球列島での自衛隊基地建設と尖閣問題との関係
Ⅵ 琉球人遺骨問題と尖閣諸島問題との共通性
 1 学知の植民地主義とは何か
 2 琉球における学知の植民地主義
 3 皇民化教育という植民地主義政策
 4 天皇制国家による琉球併呑140年i琉球から天皇制を批判する
 5 琉球人差別を止めない日本人類学会との闘い
 6 京大総長による「琉球人差別発言事件」の背景
 7 どのように琉球人遺骨を墓に戻すのか
Ⅶ 琉球独立と尖閣諸島問題
 1 琉球人と尖閣諸島問題との関係
 2 琉球の脱植民地化に向けた思想的闘い
 3 尖閣帰属論から琉球独立論へ
 4 尖閣諸島は琉球のものなのか
 5 「日本復帰体制」から「琉球独立体制」へ
 6 どのように民族自決権に基づいて独立するのか
注 索引 あとがき

本の紹介ー平和を創る道の探求2022年06月14日

 
孫崎享/著『平和を創る道の探求』かもがわ出版 (2022/6)
 
 著者は元外交官。本書では、国際問題を外交により解決することを主張している。
 本書の中心は、ロシア・ウクライナ戦争であるが、中台問題や、北朝鮮問題、尖閣問題にも触れられている。
 現在、ロシア・ウクライナ戦争に関して、日本のマスコミは、ゼレンスキーを褒めたたえ、ウクライナ側の一方的発表を報道している。こうした中、本書はプーチン演説等により、ロシアの意図を分析したうえで、外交的解決を提案する。著者が考える外交による解決策は「NATOの東方拡大をウクライナに行わない」「ウクライナ東部地域に自治権を与える」の二点である。
 ロシア・ウクライナ戦争を事実に基づいて冷静に判断しようとする人には、大いに参考になる本と言える。

本-江戸幕府の北方防衛2022年06月03日

 
中村恵子/著『江戸幕府の北方防衛』ハート出版 (2022/2) 

 読むことをすすめない。
 
 幕末期、日本周辺に外国船が来航するようになる。蝦夷地周辺にも、ロシア船が頻繁に来航している。この時期、幕府は蝦夷地を直轄領とし、諸藩に命じて警護を厳重にした。このことは、中学校歴史教科書にも、一般に記載されていることであり、知っている人も多いだろう。
 
 本書のメインテーマは、幕末期の蝦夷地防衛。幕末期の蝦夷地防衛の史実を説明したものとして読めば、普通の内容。ただし、すでによく知られ、他書にも記載されていることなので、特に、本書を読むメリットは感じられない。
 
 本書には著者の思い入れなのか、不思議な記述が多い。中でも、不思議な記述は、数か所、江戸時代の北方防衛を知る人がほとんどいないと書かれていることだ。例えば、P208には以下の記述がある。

「この著書で…今では、ほとんど知る人がいない江戸時代の北方防衛の事実を、くっきりと浮かび上がらせようとしてきた。」
 江戸幕府が北方防衛をしたことは、中学歴史教科書にも記載されていることなので、そのような事実を知っている人は多いだろう。もちろん、何藩がどこを担当したとか、個人個人の苦労話の詳細物語など、詳しいことを知る人は少ないだろうが。
 著者の経歴を見ると、チャンネル桜のキャスターをしていたとのことだ。チャンネル桜とは、右翼系の番組制作会社なので、チャンネル桜の視聴者は、著しく頭が悪く、まともに中学校もいけなかったために、落ちこぼれて、社会の落後者になってしまった、ネット右翼なのかもしれない。
 
 現在、日本史の常識として、江戸時代の蝦夷地は「アイヌ文化」であるとされている。本書執筆の目的の一つに、これを否定することがあげられている。第五章第一節は「江戸時代の蝦夷地をアイヌ文化とするのはおかしい」の表題で、各地の展示館では、江戸時代の蝦夷地をアイヌ文化となっていることを批判している。
 どうしてこのような牽強付会解釈をするのか、理解できない。蝦夷地に松前藩などの権力が及んでいたこと、また、幕末には各藩士が警備兵として送られていたことは事実だ。しかし、警備兵は単身赴任して、駐屯していたにすぎず、家族は国元に残していたのであって、蝦夷地を生活拠点としていたわけではない。蝦夷地の生活者はアイヌであって、和人とは異なる文化・言語の担い手だった。また、渡島半島南部の狭い範囲である松前地はアイヌの地ではなかったが、それ以外の北海道の大部分はアイヌの居住地だった。このような蝦夷地の実態を理解するならば、当時の蝦夷地がアイヌ文化であったことは容易に理解できると思うのだが、著者は実態を考えて判断することができない人なのだろうか。
  
 著者が本書を執筆した目的の一つに、「日本はアイヌを弾圧などしていない」と主張したいように見受けられる。これも不思議な主張だ。豊臣秀吉の蠣崎氏あて朱印状や、徳川家康の黒印状で、アイヌに対する非道を禁じる命令があることを以て、著者は以下の主張をしている。 
 戦後の歴史学者が、階級史観、自虐史観で、「和人がアイヌを虐げた」という前提のもとに論を展開している文章に出合うが、日本の統治者2人には決して、差別、虐殺、民族浄化等の考えはなかったのである。(P65) 
 朱印状・黒印状から、秀吉や家康にアイヌ弾圧の意図がなかったことは明らかだが、そんなことを持ち出すまでもなく、秀吉や家康が直接アイヌ弾圧をしなかったことなど、誰でも知っていることだろう。アイヌの弾圧は、松前藩や、松前藩にやとわれた場所支配人によって実施されており、秀吉や家康は関係なかった。江戸時代の日本は幕藩政治だったので、住民支配は藩が実施しており、直接幕府が手を出していたわけではないことなど、小学校の社会で習ったことだろうに。
 日本人の中に、アイヌ弾圧に反対した人がいたことを実証しても、「日本はアイヌを弾圧などしていない」との主張の根拠にならないことは明らかだ。なお、幕吏の松田伝十郎は宗谷アイヌの救済に尽力したし、民間人の松浦武四郎は、日本人に虐げられていた、アイヌの現状を告発しているので、アイヌのために働いた日本人がいたことは事実だ。
 
 著者が本書を執筆した目的の一つに、「江戸時代の北海道・樺太・千島は日本の領土だった」と主張したいように見受けられる。P67で、社会科教科書に江戸時代の蝦夷地が日本領になっていないものがあることを批判している。
 1644(正保元)年の時点で松前藩が統治している自国領は、蝦夷地、樺太、千島列島であり、これらの地域が日本国のものであることを示している。つまり、小学校の社会科教科書にある江戸時代の日本地図を「江戸時代の蝦夷地は日本かどうか判らないので白にする」という内容を文部省検定で通した者は、この事実を知らない無知な者ということになる。また、それに対して意見をいえない歴史学者、文部大臣、総理大臣も、自国の領土保全意識に欠け、国民のために仕事をしていないということになるだろう。(P67) 
 現代は国際法によって、原則として領土の範囲が定まっているが、中世においては領土の定義はあいまいだった。このため、蝦夷地が日本の領土であったか、そうではないのかという問題は、実態に即して総合的に判断する必要がある。このため、研究者によって、判断が分かれるところである。しかるに、著しく頭が悪いネット右翼は、総合的に物事を判断する能力が欠如しているため、自分に都合の良い、一つのことを見つけると、自説を声高に主張する。
 著者が主張するように、正保御国絵図は、蝦夷地・樺太・千島が日本領であることを示す一つではあるが、領有を総合的に判断できないようでは、知恵がなさすぎだ。

 それから、細かいことだけれど、ちょっと気になる記述があった。
 世界最古の土器は、青森県大平山元1遣跡の1万6500年前の縄文土器である。(P47)
 世界の古い土器の正確な年代は確定しているとはいいがたいので、日本の土器が本当に世界最古かどうかは不確定なことだ。このため、例えば育鵬社の中学歴史教科書でも「世界最古の土器の一つ」と記載されている。他の教科書、歴史書もほぼ同等な記述となっている。
 著者が「世界最古の土器」と原稿に書いたとしても、校正の段階で「世界最古の土器の一つ」と訂正すればよかったのにと感じる。出版社が弱小のため人材不足で、そこまで手が回らないのだろう。

北方領土交渉2022年03月22日

  
 ロシア外務省は、北方領土問題を含む日本との平和条約締結交渉を中断すると発表した。また、北方領土ビザなし交流の停止を表明した。
 これに対して、岸田総理が「極めて不当、抗議する」と非難したそうだ。
 
 岸田総理の言っていることわからないのですが、こんな状況でも、ロシアと交渉をしたかったのかな。だったら、さっさとモスクワやキエフに飛んで、停戦交渉を自分の責任ですれば良い。平和条約交渉をする気がないのなら、中断したって関係ないではないか。ロシアの発言とは無関係に、現実問題として、中断しているのだから。それから、このような状況下に、ロシアと交渉してビザなし交流をしたかったのか。どのみち、やる気ないくせに、格好だけ抗議して。
 韓国のように、日ロ間で短期旅行に対してビザ免除協定を結べば、ビザなし交流など簡単にできることです。
 
北方領土の解説は以下をクリック
http://www.ne.jp/asahi/cccp/camera/HoppouRyoudo/index.htm
 
やさしい北方領土の話は以下をクリック
http://www.ne.jp/asahi/cccp/camera/HoppouRyoudo/Yasashii.htm

センカクツツジ 尖閣躑躅2022年03月17日

 
東京大学小石川植物園では、センカクツツジが咲いています。というより、ほとんど終わっていた。
この植物園の入り口は東側のみだけれど、西側には出口がある。でも、今は西側から出られないそうです。
 
センカクツツジは魚釣島に自生する固有亜種。でも、栽培している人が多いので、一鉢1000円~2000円程度で売られており、珍しいものではない。。魚釣島は指定暴力団住吉会傘下の右翼団体がヤギを放置し、それが自然繁殖し、自然を荒らしているので、すでに絶滅した恐れがあります。
  
――――――――――――――――――――
 
尖閣の固有植物のページはこちら
http://nippon.nation.jp/Senkaku/Plant/index.htm
 
「尖閣にソテツはない」はこちら
http://nippon.nation.jp/Senkaku/ETC/Sotetsu.htm
  
「尖閣諸島問題」のページはこちら
http://nippon.nation.jp/Senkaku/index.htm
  
「やさしい北方領土のはなし」のページはこちら
http://www.ne.jp/asahi/cccp/camera/HoppouRyoudo/Yasashii.htm

本の紹介-ブロートン北太平洋航海記2022年03月02日

 
ウィリアム・ブロートン/著、吉田俊則/訳『ブロートン北太平洋航海記』東洋書店新社 (2021/9)
 
 幕末に、日本近海を航海調査測量したブロートンの航海記。
 ブロートン一行は、1795年3月、イギリスを出港した後、喜望峰を回ってオセアニアを経由して、翌年ハワイに至る。その後、北アメリカ西海岸に至り、再びハワイを経由して、1796年9月に岩手県沖、さらに北上し虻田沖にて松前藩士で虻田場所地行主の酒井栄と会談するも意志疎通ができなかった。その後、絵鞆から、北海道東方沖を通って、歯舞諸島、千島沖を通って、中千島のブロートン島に至る。島名はこの時にちなんでつけられたもの。その後は、太平洋を南下し、琉球、台湾などを測量し、マカオに到着した。
 翌年、1797年は、台湾・宮古に至るもそこで難破し、再びマカオに戻り、その後はスクーナ船で、澎湖・台湾・尖閣・慶良間・沖縄を通り、日本の太平洋岸を北上し、再び絵鞆に至り、今度は、北海道西岸を通って、タタール海峡に入り、海峡最狭部入口に到達する。しかし、水深が浅く、塩分濃度も低く、海流も少なく、遠くに陸地も見えることから、サハリンと大陸との間は、船舶通行不能と判断し、9月16日に引き返した。その後は、大陸沿岸から朝鮮半島沿岸を通って、吐噶喇列島・尖閣諸島を経由して、マカオに帰還した。
 航海の途中、薪水や食料の補給で上陸し、地元民との交流があるが、結構煙たがられていることや、そもそも言葉が通じないこともあって、人的交流には苦慮している。それから、経度の測定のためには、正確な時間が必要となるが、時計の時間補正に苦労している記述が随所にみられる。

* * * * * *

<< 2023/01
01 02 03 04 05 06 07
08 09 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

RSS