本の紹介-廃仏毀釈はなぜ起きたのか ― 2026年04月30日
栗林文夫/著『廃仏毀釈はなぜ起きたのか』山川出版社(2026/3)
著者は、鹿児島県の郷土史家。明治初期の廃仏毀釈は、各地方で濃淡があったが、その中で、鹿児島県は最も徹底的に廃仏毀釈が行われた。本書は、鹿児島県の廃仏毀釈を詳述している。一次資料の引用も多いが、本の文章はおおむね読みやすい。
幕末、薩摩藩は赤字財政を立て直すため、天保通宝の贋造に手を染めた。その時の中心人物が、市来四郎で、贋造天保通宝は1億枚にのぼったようだ。現在、天保通宝の中で、薩摩銭は本座銭に次いで安価に入手できる。天保通宝贋造には銅が必要であり、このため市来四郎は寺から梵鐘や仏具を強制徴収したと言われている。本書には琉球通宝の鋳造については書かれているが、膨大な天保薩摩銭の贋造については触れられていない。
本書では、廃仏毀釈の原因について次の1から9を挙げている。
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1 江戸時代には僧侶自身も宗門改の役人の改めを受け、その職能も他藩の僧侶より狭く、社会的地位もさほど高くなかった。
2 民衆のほとんどがかくれ念仏の信徒で、表面だけ各宗旨の檀那寺についていた。
3 寺請制度が薩摩藩にはなく、寺院と民衆との直接的関係が見いだしにくい 。
4 廃寺によって職を失った僧侶に食料を給与し、希望者は兵士・教員・巡査・官公吏に採用するな ど、その生活を保障したから。
5 鋳銭事業を契機とした梵鐘鋳つぶし論が、廃仏毀釈のハードルを低くした。 またこれより先、島津斉彬が梵鐘を集め置いたことは、後人に彼の遺志が廃仏にあったと思わせる効果があった。
6 薩摩藩の地理的位置が九州の最南端にあり、外からの情報が入りにくかった。
7 薩摩藩は当時、幕末の混乱した政局の真っ只中にあり、戊辰戦争を遂行する必要から、多額の金 銭が必要であったという経済的理由(途中省略)。まさに「背に腹は代えられない」ということである。
8 古くからいわれていることであるが、国学が流行するなどして、藩士らのなかに廃仏的世風が一定程度広がっていたこと。
9 市来四郎が談話で強調したのは、「世の形勢」「時勢」という言葉であった。いずれも「世のなかのありさま、世のなりゆき」のような意味で使用されている。もちろん、突然 廃仏的な世の形勢や時勢が生ずるのではなく、そのようになるには右の1から8までのいくつかが前提となってのことだと思われる。しかし、一度、世の形勢や時勢が動き出すとそれを止める ことはなかなか困難になる。
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1~4は廃仏毀釈がスムースに進んだ要因であって、廃仏毀釈の原因ではない。6は何を言っているのか私にはわからない。市来が強力に廃仏毀釈を推し進めたのは、5,7の経済的要因と考えるのが妥当だと思う。
著者は、鹿児島県の郷土史家。明治初期の廃仏毀釈は、各地方で濃淡があったが、その中で、鹿児島県は最も徹底的に廃仏毀釈が行われた。本書は、鹿児島県の廃仏毀釈を詳述している。一次資料の引用も多いが、本の文章はおおむね読みやすい。
幕末、薩摩藩は赤字財政を立て直すため、天保通宝の贋造に手を染めた。その時の中心人物が、市来四郎で、贋造天保通宝は1億枚にのぼったようだ。現在、天保通宝の中で、薩摩銭は本座銭に次いで安価に入手できる。天保通宝贋造には銅が必要であり、このため市来四郎は寺から梵鐘や仏具を強制徴収したと言われている。本書には琉球通宝の鋳造については書かれているが、膨大な天保薩摩銭の贋造については触れられていない。
本書では、廃仏毀釈の原因について次の1から9を挙げている。
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1 江戸時代には僧侶自身も宗門改の役人の改めを受け、その職能も他藩の僧侶より狭く、社会的地位もさほど高くなかった。
2 民衆のほとんどがかくれ念仏の信徒で、表面だけ各宗旨の檀那寺についていた。
3 寺請制度が薩摩藩にはなく、寺院と民衆との直接的関係が見いだしにくい 。
4 廃寺によって職を失った僧侶に食料を給与し、希望者は兵士・教員・巡査・官公吏に採用するな ど、その生活を保障したから。
5 鋳銭事業を契機とした梵鐘鋳つぶし論が、廃仏毀釈のハードルを低くした。 またこれより先、島津斉彬が梵鐘を集め置いたことは、後人に彼の遺志が廃仏にあったと思わせる効果があった。
6 薩摩藩の地理的位置が九州の最南端にあり、外からの情報が入りにくかった。
7 薩摩藩は当時、幕末の混乱した政局の真っ只中にあり、戊辰戦争を遂行する必要から、多額の金 銭が必要であったという経済的理由(途中省略)。まさに「背に腹は代えられない」ということである。
8 古くからいわれていることであるが、国学が流行するなどして、藩士らのなかに廃仏的世風が一定程度広がっていたこと。
9 市来四郎が談話で強調したのは、「世の形勢」「時勢」という言葉であった。いずれも「世のなかのありさま、世のなりゆき」のような意味で使用されている。もちろん、突然 廃仏的な世の形勢や時勢が生ずるのではなく、そのようになるには右の1から8までのいくつかが前提となってのことだと思われる。しかし、一度、世の形勢や時勢が動き出すとそれを止める ことはなかなか困難になる。
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1~4は廃仏毀釈がスムースに進んだ要因であって、廃仏毀釈の原因ではない。6は何を言っているのか私にはわからない。市来が強力に廃仏毀釈を推し進めたのは、5,7の経済的要因と考えるのが妥当だと思う。
国立歴史民俗博物館 ― 2026年04月26日
本の紹介ー死なないと帰れない島 ― 2026年03月01日
酒井聡平/著『死なないと帰れない島』講談社(2025/7)
大戦間の一時期、日本はコカを栽培していた。
コカ栽培は、台湾や沖縄でも行われていたが、最大の生産地・集積地は硫黄島だった。
本書の中で、数ページにわたって、硫黄島コカ栽培について記されている。本書では、住民は医薬品の原料と思っていたと書かれているが、間抜けな住民はそのような言説を信じたかもしれないが、麻薬のコカインの原料であることを知っていたものもいただろう。本書では、栽培されたコカはコカインとなって、ナチスドイツに密輸されたと書かれているが、インドへ密輸されたとの話も聞いたことがある。麻薬の密輸先など、カネになれば、どこにでもするものだから、ナチスドイツに限ったことではないだろう。
本の紹介ー西洋の敗北 ― 2026年02月02日
エマニュエル・トッド/著、大野舞/訳『西洋の敗北 日本と世界に何が起きるのか』文藝春秋(2024/11)
本書は著者が主に2023年7月から9月に書いた内容の日本語訳。
同年6月、ウクライナ軍はロシアに大攻勢を仕掛けた。日本のマスコミ報道では、西側の高性能戦車などにより武装したウクライナ軍の圧勝で終わるとの予想を連日立てていたが、実際は、ウクライナ軍の大攻勢は、ことごとく、失敗した。また、日本のマスコミ報道では、ロシアは一年以内に経済的に破綻するとの予想が語られた。
本書において、著者は、ウクライナ軍大攻勢の失敗と、西側兵器が役に立たないこと、ロシア経済が安泰なことを予言している。日本でテレビに出演していた学者たちの予想が、ことごとく外れていたのに対して、著者の予想は当たっている。
本書では、第1章から第3章で、旧ソ連圏の現状を分析する。それらのまとめとして、以下のように記している。これが、ロシア・ウクライナ戦争を正しく見るために重要な視点だろう。
『旧ソ連圏を振り返ることで、ロシアはその安定性に加えて、ある種の経済ダイナミズムも見出していたことがわかった。ロシアは、出生率が低下している人口動態により、いかなる領土の拡大も望めないことも確認できた。今の世界が直面している混乱の原因がロシアにはないことは明らかである。
国家として崩壊しつつあるウクライナを検討することで、混乱の原因はより明白になった。とはいえ、ウクライナ程度の規模の国が一国で世界中を大混乱に陥らせることもまた不可能だろう。私はバルト三国を含めた東ヨーロッパの旧社会主義諸国についても検討した。そこで明らかになったのは、これらの国は長い歴史を通してロシアではなくむしろ西洋に翻弄されてきたということである。』
第4章~第7章で、西欧・北欧を取り上げる。西欧はドイツ・フランス・イギリスが記述の中心。著者は、この章について、簡単に以下のようにまとめている。
『ヨーロッパの自立という夢の挫折、イギリスの国民国家としての衰弱、スカンジナビアの逸脱』
第8章から第10章はアメリカを取り上げる。ここでは、(宗教的意味を含めた)アメリカの衰退について記述している。本書は、第二次トランプ政権誕生以前に出版されたものなので、昨今のトランプ政権の国際対応の横暴と、西欧の対立について、これほど急激に起こるとは予測していない。著者の予測以上に急激にアメリカが衰退しているのだろう。
第11章では、日韓以外のアジア諸国などが西欧・アメリカに追随しなかった状況を記す。
本書は、著者の国際関係の認識と、執筆当時の近未来の予想であるが、その後の国際情勢は著者の説の正しさを裏付けているように思う。
本の紹介-シオニズム ― 2025年12月23日
鶴見太郎/著『シオニズム─イスラエルと現代世界』岩波新書 (2025/11)
著者は東大准教授で、ロシア・ユダヤ史、シオニズム、イスラエル・パレスチナ紛争などが専門の歴史学者。本書の他にも、ユダヤの歴史を扱った新書には、以下の本があり、こちらの方がより多く読まれているようだ。
ユダヤ人の歴史(2025/1)中公新書
本書は、シオニズムの解説であるが、ロシア帝国のユダヤ人近代史やポグロムの歴史から解き明かし、現代のシオニズムについて説明している。記述の内容や歴史の流れの解説など、基礎知識がない者にとっても、わかりやすい。
第二次大戦期のユダヤ人虐殺ではナチスドイツの犯行とされているが、本書では、別の始点に注目している。P106に以下の記述がある。
「ホロコーストの主戦場が東欧で合った事実は今一度正確に認識されなければならない。…ドイツ単独で多数のユダヤ人を連行することは不可能だった。…現地民主導でホロコーストというよりポグロムが繰り返された例も、今日では多く紹介されている。」
なお、現在、ウクライナ政権が称賛しているバンデラ・ステツコ主義者は、ウクライナでホロコーストに直接協力した人たちだった。
本の紹介―イスラエルの起源 ロシア・ユダヤ人が作った国 ― 2025年12月09日
鶴見太郎/著『イスラエルの起源 ロシア・ユダヤ人が作った国』 講談社 (2020/11)
著者は東大准教授で、ロシア・ユダヤ史、シオニズム、イスラエル・パレスチナ紛争などが専門。
著者は、最近、中公新書から『ユダヤ人の歴史』、岩波新書から『シオニズム』を上梓している。本書は講談社選書で、新書に比べて学術的な内容のため、読むのが面倒に感じた章もあった。
第一次大戦前、ユダヤ人口が多かったのは、現在のポーランド・ウクライナ・ロシアと、当時のロシア帝国内だった。イスラエルの建国やシオニズムなど、イスラエルの好戦的姿勢には、これら旧ロシア帝国内ユダヤ人ポグロムが関与しているのだろう。この点、ユダヤ人は気の毒ではあるが、自分たちが残虐行為を受けたからといって、無関係なアラブ人に残虐となって良いとの理屈は成り立たない。イスラエルの残虐性の原因がどこにあるのか、本書を読んでも、良く分からなかった。
ところで、旧ロシア帝国内にユダヤ人が多かった原因として、本書では、ドイツからの移住者を理由に挙げている。南ウクライナのユダヤ人は、トルコ系ハザール人起源とする説もあったが、これだとイスラエル建国の根拠がなくなるので、この説はイスラエルが否定している。本書で触れられていないところを見ると、科学的に否定されているのだろうか。
東京国立博物館 ― 2025年11月16日
本の紹介―新・古代史 ― 2025年10月15日
NHKスペシャル取材班/著『新・古代史: グローバルヒストリーで迫る邪馬台国、ヤマト王権』(NHK出版新書 735)(2025/1)
最新の日本古代史知識の現状が新書にまとめられている。
弥生時代後期の卑弥呼から古墳時代初期の雄略天皇までの日本史。卑弥呼の時代は魏志倭人伝に記述があるが、いまだに邪馬台国がどこにあったのか、あるいは、卑弥呼は日本書紀の記述と関係があるのか、わかっていない。また、4世紀の日本については中国の文献にもなくて、詳しいことはわかっていない。
本書は、このような日本史の現状を説明するもの。日本が、中国・朝鮮と交流を持っており、日本史は、東アジアの国際情勢と関係があるので、当時の中国・朝鮮の状況に関する記述もある。
本の紹介-南京事件 (岩波新書) の続き ― 2025年09月24日
本の紹介-南京事件 (岩波新書) の続き ― 2025年09月20日
現在、中国が作成した、日本軍による南京大虐殺事件を扱った映画『南京写真館』が、日本を除く世界各国で上映され、興行的成功を収めている。
日本では、頭の悪いネット右翼が流行っていて、南京大虐殺を否定する人たちがいる。この人たちは、『南京事件は東京裁判のでっちあげで、事件当時どこも報道していなかった』などの、虚偽を信じ込んでいる人もいるようだ。笠原十九司/著『南京事件 新版』 (岩波新書)(2025/7)には、153-155、159、197-199頁で、事件当時広く報道されていた事実を明確にしている。ただし、頭の悪いネット右翼は、岩波新書のようなまともな本を読んで理解することは困難だから、本書は虚偽を信じ込む人に役に立たないかもしれない。
千葉県佐倉市の歴史民俗博物館の展示品に「南京事件を報じる記事 LIFE」があり、誰でも容易に見学できるので、ネット右翼でも、史実を容易に理解できると思うのだが、彼らがどうしてここまで無知なのか理解できない。
日本軍による南京大虐殺を伝える「LIFE 1938/1/10」の表紙
国立歴史民俗博物館の解説
ただし、国立歴史民俗博物館では、日本軍の残虐を示すページではなくて、南京から船で脱出する住民の写真のページを展示している。日本軍の残虐を示すページは、あまりにも生々しすぎるので、展示がはばかられたのだろう。
これが、LIFE誌の日本軍の残虐を示すページ。写真には英語の解説がある。このような内容。
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(左上写真の解説)
南京の民間人が、極度の悲しみに暮れながら、日本軍の爆弾の破片で負傷した瀕死の息子を抱えている。これは12月6日、日本軍の隊列が市の高い古城に迫る直前の出来事だ。門の内側に築かれた土塁に注目してほしい。この写真のような、約15万人の南京市民が、南京に留まった約27人の白人男性によって非公式に組織された「安全地帯」で、包囲の間ずっと身を潜めていた。このうち18人はアメリカ人だった。日本軍は、この安全地帯をある程度尊重した。
(左下写真の解説)
南京市内で日本軍は、兵士と民間人を50人ずつ縛り上げ、処刑した。上の遺体は、死後しばらく経っている。手前の男たちの頭上に電柱と電線が横たわっているのが見える。背景の日本兵は、荷馬車を使って主に食料を求めて商店を組織的に略奪している。南京での組織的な略奪は、日本軍兵站部が威信よりも食料を必要としていたことを示している。
(右下写真の解説)
反日主義者の中国人の首は、12月14日、南京陥落直前、南京郊外の有刺鉄線のバリケードに挟まれていた。12月12日に日本で陥落が祝われた南京では、13日、14日、15日と征服者たちの砲火が浴びせられ続けたが、この首は凍えるような寒さの中、状態を保っていた。16日、上海の日本軍報道官は「南京が完全に静かだとは言えない。おそらくあと2、3日かかるだろう」と認めた。
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