本の紹介―ロヒンギャ問題とは何か2019年12月21日

 
日下部尚徳、石川和雅、他/著『ロヒンギャ問題とは何か 難民になれない難民』明石書店 (2019/9)
 
 ロヒンギャとはミャンマー西部のラカイン州に住み、イスラム教を信仰し、ベンガル語を母語とするベンガル民族の人たち。19世紀の英国占領地時代や第二次大戦後の混乱期などに、バングラディシュのチッタゴンなどから移住してきた。また、1971年のバングラディシュ独立前後に、混乱を避けるためバングラディシュからやってきた人もロヒンギャに含まれる。

 戦後、インド・パキスタンがイギリスから独立した時に、ラカイン州はビルマ(現ミャンマー)に返還された。ミャンマーでは、イギリス占領統治以前に住んでいた人やその子孫をミャンマー人としているため、ロヒンギャにはミャンマー国籍が与えられていない。
 ロヒンギャは人種的にはインド・アーリア人系でベンガル語を母語としているので、バングラディシュの主要民族であるベンガル人と違いはないが、政治的理由で自分たちのことを「ロヒンギャ」と呼んでいる。ミャンマーでは、通常「ベンガリ」と呼ばれる。
 ラカイン州はかつては独立王国だったが18世紀にビルマに統合された。ラカイン州の主要民族は、独立王国の伝統をくむモンゴロイドで仏教徒のラカイン人(アラカン人)で、人種も宗教もミャンマーの主要民族であるビルマ人に近い。
 
 アフガニスタン戦争がおこると、パキスタンが西側支援の中心地となり、イスラム過激派の拠点となった。こうした中、バングラディシュ人やロヒンギャのイスラム過激派にはパキスタンやアフガニスタンなどでテロリストの訓練を受ける者があらわれる。アフガン戦争終結後、このようなイスラム教テロリストの中にはミャンマーでテロ活動を行う者が現れた。彼らは最初のうちはイスラム革命を目指していたが、次第にロヒンギャを取り込むようになっていった。こうして、ミャンマー西部ではテロ活動が盛んになると、ミャンマー軍が出動して鎮圧に乗り出したが、鎮圧の対象はロヒンギャに向けられたので、ロヒンギャは故郷のバングラディシュに難民となって移住した。
 
 ロヒンギャの惨状を見ると、国際社会は何とかしなければと思うのは当然であるが、だからと言って、ミャンマーの責任だけではないだろう。ロヒンギャはバングラディシュと言葉や宗教が同じで、ミャンマー語を母語としているわけではないことや、識字率が低くイスラム過激派に取り込まれやすいことなどを考えると、これら異質な人たちをミャンマーの社会が受け入れる余裕は少ない。人種や宗教や言語が同じバングラディシュが受け入れればよいようにも思うが、最貧国に彼らを受け入れる余裕もないだろう。
 また、ミャンマーがロヒンギャに対して国籍を与えていないことを批判する意見も多い。日本でも、日本で生まれた在日朝鮮人には日本国籍を与えるべきと考える人もいるが、キム将軍様に忠誠を誓う人が日本の高級官僚になるのは、やめてほしい。

 ここ数年、ロヒンギャ問題が新聞紙上に取り上げられることも多く、この問題で、スーチーさんが批判されていることも報道されている。また、難民キャンプを取材して、難民の悲惨な状況を報道する本はあるが、ロヒンギャとはどのような人で、問題の発生原因など、この問題を総合的に解説する本は少なかった。
 
 本書は18人による執筆で、ラカイン州の歴史から、近年のロヒンギャ問題発生原因となったロヒンギャのテロ組織「アラカン・ロヒンギャ救世軍(ARSA)」やテロ攻撃の説明、バングラディシュキャンプでの状況など、ロヒンギャ問題が総合的に記載されている。
 ロヒンギャ問題を考えるとき、現在の難民キャンプの状況だけで、ミャンマー政府を批判する見解が多いが、このような一面的な理解に陥ることなく、冷静に判断できるようになるためには、日本語のロヒンギャ問題の説明として本書が最良だと思う。

 なお、公安調査庁のインターネットページには、ロヒンギャ関連のテロ組織として、「アラカン・ロヒンギャ救世軍(ARSA)」のほか、「ロヒンギャ連帯機構(RSO)」「アラカン・ロヒンギャ・イスラム戦線(ARIF)」の説明がある。


ロヒンギャテロ組織の公安調査庁による説明抜粋

「ロヒンギャ連帯機構(RSO)」(RSO)
 1990年代には,ミャンマー・バングラデシュ国境地域で爆弾テロ,国軍に対する襲撃などを頻発。
 1990年代には,RSO戦闘員約100人がアフガニスタン・ホースト州の軍事キャンプで訓練を受けたとの指摘もある。バングラデシュ国内のイスラム過激組織と共闘していたとされる。
 現在,活動地域はバングラデシュの一部地域に限定され,ミャンマー国内には拠点を有していない。

「アラカン・ロヒンギャ・イスラム戦線(ARIF)」(ARIF)
 1986年,「ロヒンギャ連帯機構」(RSO)設立者の1人であるヌルル・イスラムが,同組織から脱退し,RSOの前身組織「ロヒンギャ愛国戦線」(RPF)残存メンバーらとともに設立

「アラカン・ロヒンギャ救世軍(ARSA)」
 2012年にミャンマー西部・ラカイン州で発生した仏教徒との衝突事件を機に設立された反政府武装組織。
 最高司令官アタ・ウッラー(パキスタン南部・カラチ生まれ,サウジアラビア育ち)とされる。なお,同組織については,サウジアラビア西部・マッカを拠点とするロヒンギャの「委員会」が監督しているとの指摘もある。
 ARSAは否定しているが,同組織は,政府に協力する地元住民や少数派ヒンズー教徒の処刑や虐殺にも関与した疑いが持たれている。

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