終戦の日は何月何日でしょう ― 2006年07月30日
8月15日は終戦記念の日になっていますが、どうもこの日を戦争終結の日とするのには抵抗があります。(だいたい終戦になった日が8月15日であることに異存はありません。)
当時、終戦はどのように説明されていたのだろうかと思い、当時の新聞記事を調べてみました。(旧字を新字にしています。○は文字がつぶれて読めなかったところ。)
昭和二十年八月十七日、朝日新聞の記事
講和までに三段階 戦闘状態未だ脱却せず
大詔渙発せられてこゝに四箇年を○した戦争は終了したが、現在日本の直面してゐる状態は、未だ戦闘行為を完全に脱却した事態ではないことを注意しなくてはならない。即ち現在の自体はいはば相互に攻撃をかけると云ふ積極的な戦闘行為が休止されてゐる状態なのであり、国際慣習からいつてこの状態から完全に平和な状態に到達する為には更に三つの段階を経なければならない。
即ち、第一の段階において帝国は陸、海、空、総ての軍隊に対して何月何日何時を以て一切の戦闘行為を停止すべきことを命令しこれを大陸戦線、南方戦線、太平洋戦線のすべての前線に完全に徹底せしめなくてはならない。これで次で四国側に於て戦闘を一切停止するのである。
第二の段階はこの一切の戦闘停止状態において四国側は停戦協定に調印すべき我が軍事代表を指定の箇所に到着するやう要求し来るのであり、これに対し我方よりはおそらく陸海軍代表が派遣せされ、米英支ソ四国代表との間に停戦協定の正式調印を行ふのである。既に米国においてはマツクアーサーを米国側代表に任命したとも伝へられてをりその他の三国も速急に代表が任命されることにならう。かくて一切の戦闘行為の中止が法的根拠を持つてくるのである。
第三の段階としては休戦条約の締結である。この条約は停戦協定と平行して準備せられるがその締結は更に若干の日時を要するものとみられ、この条約はポツダム宣言の条項を履行すべき具体的な事項が取り決められるのである。
例えば軍艦とか武器の引渡し、軍需工場の処理、保障占領、賠償等の問題が夫々具体的に決定せられるのである。休戦条約の成立により戦争の自体は完全に脱却するのであり、この休戦条約の事態は相当長期間継続するものとみられるのであつて、例えばイタリアの如きは昭和十八年秋以来引続き休戦条約の状態におかれてゐるのである。そして、この間にあつて帝国の主権はなお完全に恢復せず陛下の大権行使も制限せられてゐるのである。
帝国が独立国家として完全なる主権を恢復するのは保障占領の軍隊が悉く撤退して講和条約が締結された後のことである。その時はじめて帝国は戦前の国際的地位に立ち直り交戦国との大公使も交換しうるのであつて、この日に到達するまでに我々は如何に○苦に満ちた道を歩まねばならぬかを全国民は覚悟しなくてはならない。
当時、終戦はどのように説明されていたのだろうかと思い、当時の新聞記事を調べてみました。(旧字を新字にしています。○は文字がつぶれて読めなかったところ。)
昭和二十年八月十七日、朝日新聞の記事
講和までに三段階 戦闘状態未だ脱却せず
大詔渙発せられてこゝに四箇年を○した戦争は終了したが、現在日本の直面してゐる状態は、未だ戦闘行為を完全に脱却した事態ではないことを注意しなくてはならない。即ち現在の自体はいはば相互に攻撃をかけると云ふ積極的な戦闘行為が休止されてゐる状態なのであり、国際慣習からいつてこの状態から完全に平和な状態に到達する為には更に三つの段階を経なければならない。
即ち、第一の段階において帝国は陸、海、空、総ての軍隊に対して何月何日何時を以て一切の戦闘行為を停止すべきことを命令しこれを大陸戦線、南方戦線、太平洋戦線のすべての前線に完全に徹底せしめなくてはならない。これで次で四国側に於て戦闘を一切停止するのである。
第二の段階はこの一切の戦闘停止状態において四国側は停戦協定に調印すべき我が軍事代表を指定の箇所に到着するやう要求し来るのであり、これに対し我方よりはおそらく陸海軍代表が派遣せされ、米英支ソ四国代表との間に停戦協定の正式調印を行ふのである。既に米国においてはマツクアーサーを米国側代表に任命したとも伝へられてをりその他の三国も速急に代表が任命されることにならう。かくて一切の戦闘行為の中止が法的根拠を持つてくるのである。
第三の段階としては休戦条約の締結である。この条約は停戦協定と平行して準備せられるがその締結は更に若干の日時を要するものとみられ、この条約はポツダム宣言の条項を履行すべき具体的な事項が取り決められるのである。
例えば軍艦とか武器の引渡し、軍需工場の処理、保障占領、賠償等の問題が夫々具体的に決定せられるのである。休戦条約の成立により戦争の自体は完全に脱却するのであり、この休戦条約の事態は相当長期間継続するものとみられるのであつて、例えばイタリアの如きは昭和十八年秋以来引続き休戦条約の状態におかれてゐるのである。そして、この間にあつて帝国の主権はなお完全に恢復せず陛下の大権行使も制限せられてゐるのである。
帝国が独立国家として完全なる主権を恢復するのは保障占領の軍隊が悉く撤退して講和条約が締結された後のことである。その時はじめて帝国は戦前の国際的地位に立ち直り交戦国との大公使も交換しうるのであつて、この日に到達するまでに我々は如何に○苦に満ちた道を歩まねばならぬかを全国民は覚悟しなくてはならない。