ホームページ追記2018年12月21日

『北方領土問題-やさしい北方領土のはなし』のページに
『歯舞・色丹 2島の海洋面積は、全体の40%』を追加しました。
また、  
『どうして、北方領土問題が起こったの?』の中で、ダレスの恫喝は産経新聞のスクープで報道されたことを書きました。

http://www.ne.jp/asahi/cccp/camera/HoppouRyoudo/Yasashii.htm

ホームページ追記2018年12月15日

『日露・日ソ関係 ゆかりの地』のなかの
『樺太 国境標石』のページに、戦前絵葉書の画像をいくつか追加しました。

http://nippon.nation.jp/Naiyou/index.html
http://nippon.nation.jp/Naiyou/KarafutoKokkyou/index.htm

ホームページ追記2018年11月30日


日露・日ソ関係 北辺探検 ゆかりの人 のページに

堀利煕の墓

を追加しました。堀は幕末に樺太探検した旗本で、榎本武揚や島義勇はこのとき随員として探検に加わっていました。

堀利煕の墓は文京区小石川の「こんにゃく閻魔」にあります。写真は閻魔さま。

沖縄に集中している米軍基地2018年08月11日

   
辺野古米軍基地新設に反対する沖縄県民の象徴であった翁長知事が急逝されました。謹んでお悔やみ申し上げます。
   
現在、在日米軍基地は、沖縄に集中しているが、かつてはそうではなかった。進駐軍が日本を占領すると、主に旧日本軍基地を米軍基地として使用したため、本土に米軍基地の多くが置かれた。朝鮮戦争に伴って、米軍基地の拡大が必要となると、新たな基地用地の提供が求められるなど、米軍基地の拡大が図られたが、各地で強い反対にあった。長野県軽井沢町から群馬県松井田町にかけて浅間妙義演習地が計画されたときは、住民らの抵抗で基地化をまぬがれた。
群馬県安中市松井田町西野牧字恩賀には「妙義米軍基地反対闘争勝利記念碑」が建てられている。(写真)
   
「浅間妙義演習地」反対運動と撤退関連の新聞記事をいくつか掲載しました。
http://nippon.nation.jp/Senkaku/Camp/MyougiTousou.htm
   
本土の米軍基地は撤退していったが、代わって、沖縄に米軍基地が集中するようになった。本土の平安が沖縄の犠牲の上に成り立っているようで、嫌な感じがします。
   
残念ながら、沖縄県の辺野古基地反対闘争は勝利しないように思う。「沖縄には基地が多すぎるのだから新たに基地を増やすべきではない」との主張はもっともだけど、それなら「辺野古に作る代わりに、米軍基地を少し削減すればいいではないか」との主張も正当になるだろう。辺野古基地のみに反対などという中途半端なものではなくて、「沖縄からすべての米軍基地を追い出す」このような闘争をしないと、米軍基地の大幅削減は難しいだろう。「沖縄すべての米軍基地前ゲートで一斉座り込み」などは、できないのかな。

領土問題の参考書2018年05月17日

北方領土問題の参考書・竹島問題の参考書・尖閣問題の参考書
を以下に記載しています。

http://nippon.nation.jp/HoppouBook/index.shtml
http://nippon.nation.jp/Takeshima/Takeshimabook/index.htm
http://nippon.nation.jp/Senkaku/book/indexbook.htm

北方領土問題が350冊以上、竹島問題が80冊程度、尖閣問題が100冊以上とかなりの冊数になっています。自分で読んで、それなりに参考になったものを記載したのだけど、多すぎですね。もう少し、わかりやすくしたいのだけど、良い方法が思いつかない。

ホームページ追記2018年05月16日

一週間ほど前、「竹島問題参考書」「尖閣問題参考書」のページを3年ぶりに追記しました。

竹島問題参考書のページを3年ぶりに追記しました。
http://nippon.nation.jp/Takeshima/Takeshimabook/index.htm
  
尖閣問題参考書のページを3年ぶりに追記しました。
http://nippon.nation.jp/Senkaku/book/indexbook.htm

今回は、尖閣問題のページに、さらに琉球史の参考書を若干追記しました。
  

また、北方領土問題参考書のページを3年ぶりに追記しました。
http://nippon.nation.jp/HoppouBook/index.shtml

ホームページ追記2018年05月06日

竹島問題参考書のページを3年ぶりに追記しました。
http://nippon.nation.jp/Takeshima/Takeshimabook/index.htm
  
尖閣問題参考書のページを3年ぶりに追記しました。
http://nippon.nation.jp/Senkaku/book/indexbook.htm
  
尖閣問題の理解には琉球の歴史を理解することが欠かせないのですが、このための参考書は今後追記します。
  
北方領土問題参考書は今後追記します。

内閣官房 領土・主権展示館2018年04月01日

先日、内閣官房の領土・主権展示館を見学したので、入口の写真を掲載しました。
http://nippon.nation.jp/ETC/Tenjikan/RyoudoShuken/RyoudoShuken.html
この展示館は平日の日中のみの開館で、展示内容も大したものがありません。この展示館を見るよりも、インターネットで調べたほうが有益な情報が得られると思います。
外務省発行のパンフレット「われらの北方領土」が置いてあるのかと思っていったのですが、ありませんでした。

ホームページ更新2018年01月23日

 
尖閣問題のページに「冊封と閩人三十六姓」を作りました。
http://nippon.nation.jp/Senkaku/Rekishi/Binjin/index.html
 
 琉球は明・清を宗主国とする藩属国だったこと、および、中国・琉球間の航海は明の福建から渡琉した人たちによって担われてきたことを書きました。
 
 中世、琉球は中国のみならず、シャム・マレイ等とも活発な交易をしていて、そのための船は明からもらったもので、船舶の修理も明に依存しており、航海技術も福建出身者によって行われていました。今後、このことをもう少し書き足します。

 琉球は明・清の藩属国だったため、観念的には、琉球は中国の領土でした。大陸と琉球の中間にある尖閣諸島は中国の内部にあるので、中国の領土でした。日本が声高に「尖閣は日本固有の領土」などと言っても、とても受け入れられない主張です。
 
尖閣の領土問題は以下をご覧ください。
http://nippon.nation.jp/Senkaku/index.html
 
北方領土問題は以下をご覧ください。
http://www.ne.jp/asahi/cccp/camera/HoppouRyoudo/index.htm
http://www.ne.jp/asahi/cccp/camera/HoppouRyoudo/Yasashii.htm
 
竹島の領土問題は以下をご覧ください。
http://nippon.nation.jp/Takeshima/index.html

ホームページ更新2018年01月08日

 明治二年(一八六九)、明治政府が三六町の一里に統一される以前には、さまざまな「里」が使われていました。陸と海、平坦な道と山地、地域による違い、時代による違いなど様々な要因がありました。竹島問題を論じる場合は、隠岐地方での一里の長さがどれだけであったのかを知ることは有用なことです。
 そこで、以下のページに、隠州視聴合記(1667年)における里程の記述を見ることにより、一里≒2㎞であることと、長久保赤水『新刻日本輿地路程全図』(1791)では、隠岐と美保関の距離から、一里≒1.8㎞であることを記載しました。

http://nippon.nation.jp/Takeshima/Ullundo/40Ri.htm


竹島(独島)問題はこちら。
http://nippon.nation.jp/Takeshima/index.html

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