ロシア軍攻勢続く ― 2026年04月03日
ロシア軍、攻勢続く ― 2026年02月05日
本の紹介ー西洋の敗北 ― 2026年02月02日
エマニュエル・トッド/著、大野舞/訳『西洋の敗北 日本と世界に何が起きるのか』文藝春秋(2024/11)
本書は著者が主に2023年7月から9月に書いた内容の日本語訳。
同年6月、ウクライナ軍はロシアに大攻勢を仕掛けた。日本のマスコミ報道では、西側の高性能戦車などにより武装したウクライナ軍の圧勝で終わるとの予想を連日立てていたが、実際は、ウクライナ軍の大攻勢は、ことごとく、失敗した。また、日本のマスコミ報道では、ロシアは一年以内に経済的に破綻するとの予想が語られた。
本書において、著者は、ウクライナ軍大攻勢の失敗と、西側兵器が役に立たないこと、ロシア経済が安泰なことを予言している。日本でテレビに出演していた学者たちの予想が、ことごとく外れていたのに対して、著者の予想は当たっている。
本書では、第1章から第3章で、旧ソ連圏の現状を分析する。それらのまとめとして、以下のように記している。これが、ロシア・ウクライナ戦争を正しく見るために重要な視点だろう。
『旧ソ連圏を振り返ることで、ロシアはその安定性に加えて、ある種の経済ダイナミズムも見出していたことがわかった。ロシアは、出生率が低下している人口動態により、いかなる領土の拡大も望めないことも確認できた。今の世界が直面している混乱の原因がロシアにはないことは明らかである。
国家として崩壊しつつあるウクライナを検討することで、混乱の原因はより明白になった。とはいえ、ウクライナ程度の規模の国が一国で世界中を大混乱に陥らせることもまた不可能だろう。私はバルト三国を含めた東ヨーロッパの旧社会主義諸国についても検討した。そこで明らかになったのは、これらの国は長い歴史を通してロシアではなくむしろ西洋に翻弄されてきたということである。』
第4章~第7章で、西欧・北欧を取り上げる。西欧はドイツ・フランス・イギリスが記述の中心。著者は、この章について、簡単に以下のようにまとめている。
『ヨーロッパの自立という夢の挫折、イギリスの国民国家としての衰弱、スカンジナビアの逸脱』
第8章から第10章はアメリカを取り上げる。ここでは、(宗教的意味を含めた)アメリカの衰退について記述している。本書は、第二次トランプ政権誕生以前に出版されたものなので、昨今のトランプ政権の国際対応の横暴と、西欧の対立について、これほど急激に起こるとは予測していない。著者の予測以上に急激にアメリカが衰退しているのだろう。
第11章では、日韓以外のアジア諸国などが西欧・アメリカに追随しなかった状況を記す。
本書は、著者の国際関係の認識と、執筆当時の近未来の予想であるが、その後の国際情勢は著者の説の正しさを裏付けているように思う。
本-ロシア・ウクライナ戦争と歴史学 ― 2026年01月02日
歴史学研究会/編『ロシア・ウクライナ戦争と歴史学』大月書店 (2024/5)
以下、十名の著者による執筆。
青島陽子、池田よし郎 石野裕子 板橋拓巳 小山哲 佐々木真 篠原琢 中沢達哉 松里公孝 宮崎悠
このうち、佐々木真が序章を執筆し、他の9人がそれぞれ一章執筆している。
ロシア・ウクライナに関係する歴史の説明なのだけれど、シンポジウムの論文発表を合わせたような内容で、各章の統一性はなく、各論文とも個別的で詳細なため、関連する歴史に詳しい人以外は、歴史の繋がりを理解することが難しい内容だ。
ディミトロフ解放 ― 2025年12月28日
ディミトロフ解放
ポクロフスク・ディミトロフはドネツク市北西部にある交通の要衝。1年以上前から、ここの攻防が焦点だった。
2025年12月1日のポクロフスクに続き、ゲラシモフ参謀総長は12月27日、燐市ディミトロフの解放をプーチン大統領に報告した。
また、北方6㎞にあるRodynskeも解放されたとの情報がある。
Huliaipole解放
Huliaipoleはザポロージェ州東部の都市。10月ころからこの方面へのロシア軍進軍が盛んだったが、12月27日、ゲラシモフ参謀総長はHuliaipoleの解放をプーチン大統領に報告した。
クピャンスク戦線
2025年11月20日、ロシアはクピャンスクの解放を発表した。
12月11日ごろ、ウクライナ軍は反転攻勢し、クピャンスク全域の支配を取り戻したとゼレンスキーが発表した。さらに、クピャンスク市内をゼレンスキーが訪問したとの動画を公表した。しかし、動画は、はめ込み合成の可能性が高いのもので、動画撮影場所はクピャンスク南西端で、しかも、少し古い時期のものであることが判明した。結局、クピャンスク全域の支配を取り戻したとの発表は、またしても、ゼレンスキーの虚偽であることが明らかとなった。
クピャンスク戦線では、現在も、ウクライナ軍の攻勢が続いているが、中心部は、ロシア軍の支配が継続している模様。ただし、情報が混乱していて、詳細は不明。
このほか、コンスタンチノフカ、シベルスク、オリホフ方面など、クピャンスクを除く各方面で、ロシア軍の攻勢が続いている。
ポクロフスク・ディミトロフはドネツク市北西部にある交通の要衝。1年以上前から、ここの攻防が焦点だった。
2025年12月1日のポクロフスクに続き、ゲラシモフ参謀総長は12月27日、燐市ディミトロフの解放をプーチン大統領に報告した。
また、北方6㎞にあるRodynskeも解放されたとの情報がある。
Huliaipole解放
Huliaipoleはザポロージェ州東部の都市。10月ころからこの方面へのロシア軍進軍が盛んだったが、12月27日、ゲラシモフ参謀総長はHuliaipoleの解放をプーチン大統領に報告した。
クピャンスク戦線
2025年11月20日、ロシアはクピャンスクの解放を発表した。
12月11日ごろ、ウクライナ軍は反転攻勢し、クピャンスク全域の支配を取り戻したとゼレンスキーが発表した。さらに、クピャンスク市内をゼレンスキーが訪問したとの動画を公表した。しかし、動画は、はめ込み合成の可能性が高いのもので、動画撮影場所はクピャンスク南西端で、しかも、少し古い時期のものであることが判明した。結局、クピャンスク全域の支配を取り戻したとの発表は、またしても、ゼレンスキーの虚偽であることが明らかとなった。
クピャンスク戦線では、現在も、ウクライナ軍の攻勢が続いているが、中心部は、ロシア軍の支配が継続している模様。ただし、情報が混乱していて、詳細は不明。
このほか、コンスタンチノフカ、シベルスク、オリホフ方面など、クピャンスクを除く各方面で、ロシア軍の攻勢が続いている。
セヴェレスク(シヴェルシク)解放 ― 2025年12月12日
セヴェレスクの解放がプーチン大統領に報告された。
プーチン大統領は軍の成果を称賛した。
プーチン大統領は軍の成果を称賛した。
シヴェルシク解放 ― 2025年12月11日
タイトルは、急ぎすぎ。実際にはシヴェルシク全域の解放は完了していない。
シヴェルシクはドネツク州北部の市でドネツクの北90㎞に位置する。ここは、ウクライナ軍のドネツク州北部地域最前線の防衛拠点となっていた。シヴェルシクの北には広大なセレブリャンカ森林地帯が広がり、東にはビロホリフカ白亜地帯があるため、これまで、難攻不落を誇っていた。今秋、ロシア軍はシヴェルシクへの攻撃を活発化させ、11月下旬には東部に侵入、ついに、都市全体を解放した。ただし、西部・北部の畑地域はいまだにウクライナ軍が立てこもっているので、市全域の解放には至っていない。ただし、ウクライナ軍の組織的抵抗は終焉し、ウクライナ兵への補給もドローンを中心としたものに限られているので、ウクライナ軍の破滅は時間の問題。
このほか、全線に渡って、ロシア軍による積極的攻撃が続いている。
ポクロフスク(クラスノアルメスク)・ディミトロフ(ミルノグラード):
すでに、ポクロフスク市を解放したロシア軍は東隣のディミトロフ市のウクライナ兵を完全に包囲し、南・東の両方面から圧力を加え、ウクライナ軍は北部に立てこもるのみとなっている。ウクライナ軍の組織的抵抗は終焉し、今月に入って、包囲環を脱出したウクライナ兵は僅かだが、いまだに数百名が包囲されている模様。ただし、ウクライナ国防相シルスキーは、ポクロフスクの一部を奪回したと虚偽報告をしており、また、包囲されているウクライナ兵の投降を禁止している。
注:ポクロフスクはウクライナ名で、クラスノアルメスクはロシア名。ディミトロフはロシア名で、ミルノグラードはウクライナ名。GoogleMapでは、Pokrovskとディミトロフとなっている。
コンスタンチノフカ:
コンスタンチノフカはポクロフスクの北東45㎞の都市。ポクロフスク戦線で包囲が完了するにつれて、コンスタンチノフカでもロシア軍の攻勢が活発化している。南部地域をロシア軍が解放した模様。また、中部の鉄道駅付近は交戦地となっている。
Huliaipole:
Huliaipoleはザポロージェ州東部の市。10月ごろから、Huliaipoleの東側地域でロシア軍の進軍が激しかった。今では、市東部の一部をロシア軍が支配している模様。ただし、ロシア軍はHaichur川を渡ってはいないようで、Huliaipole市解放はまだ先のことだろう。
オレホボ:
ザポロージェ州最大のウクライナ軍拠点。この市にロシア軍の侵攻は今のところないが、東側のMala Tokmachkaの大部分と、南側の
Novodanylivkaの一部はロシア軍が支配しているので、Huliaipoleが解放されると、オレホボへの圧力が高まるだろう。
クピャンスク:
クピャンスクはハリコフ州東部の市。11月20日、ロシア軍はクピャンスクの解放を宣言した。その後、市内の敗残ウクライナ兵や周辺地域の掃討が進んでいるが、緩慢。
変わって、ロシア軍はハリコフ州北部のボルチャンスクを解放した。ボルチャンスクからクピャンスクに至る東側の広大な地域には、ウクライナ軍の抵抗拠点がないので、この地域の解放は容易だ。この地域に、戦略的意義はあまりないと思えるが、停戦交渉の材料を狙っている可能性もある。
ドニエプロペトロフスク州:
ポクロフスコエ方面への進軍が盛ん。
へルソン州方面:
目立った戦闘はない。ドニエプロ川の左岸と右岸で支配地域が分かれている。
シヴェルシクはドネツク州北部の市でドネツクの北90㎞に位置する。ここは、ウクライナ軍のドネツク州北部地域最前線の防衛拠点となっていた。シヴェルシクの北には広大なセレブリャンカ森林地帯が広がり、東にはビロホリフカ白亜地帯があるため、これまで、難攻不落を誇っていた。今秋、ロシア軍はシヴェルシクへの攻撃を活発化させ、11月下旬には東部に侵入、ついに、都市全体を解放した。ただし、西部・北部の畑地域はいまだにウクライナ軍が立てこもっているので、市全域の解放には至っていない。ただし、ウクライナ軍の組織的抵抗は終焉し、ウクライナ兵への補給もドローンを中心としたものに限られているので、ウクライナ軍の破滅は時間の問題。
このほか、全線に渡って、ロシア軍による積極的攻撃が続いている。
ポクロフスク(クラスノアルメスク)・ディミトロフ(ミルノグラード):
すでに、ポクロフスク市を解放したロシア軍は東隣のディミトロフ市のウクライナ兵を完全に包囲し、南・東の両方面から圧力を加え、ウクライナ軍は北部に立てこもるのみとなっている。ウクライナ軍の組織的抵抗は終焉し、今月に入って、包囲環を脱出したウクライナ兵は僅かだが、いまだに数百名が包囲されている模様。ただし、ウクライナ国防相シルスキーは、ポクロフスクの一部を奪回したと虚偽報告をしており、また、包囲されているウクライナ兵の投降を禁止している。
注:ポクロフスクはウクライナ名で、クラスノアルメスクはロシア名。ディミトロフはロシア名で、ミルノグラードはウクライナ名。GoogleMapでは、Pokrovskとディミトロフとなっている。
コンスタンチノフカ:
コンスタンチノフカはポクロフスクの北東45㎞の都市。ポクロフスク戦線で包囲が完了するにつれて、コンスタンチノフカでもロシア軍の攻勢が活発化している。南部地域をロシア軍が解放した模様。また、中部の鉄道駅付近は交戦地となっている。
Huliaipole:
Huliaipoleはザポロージェ州東部の市。10月ごろから、Huliaipoleの東側地域でロシア軍の進軍が激しかった。今では、市東部の一部をロシア軍が支配している模様。ただし、ロシア軍はHaichur川を渡ってはいないようで、Huliaipole市解放はまだ先のことだろう。
オレホボ:
ザポロージェ州最大のウクライナ軍拠点。この市にロシア軍の侵攻は今のところないが、東側のMala Tokmachkaの大部分と、南側の
Novodanylivkaの一部はロシア軍が支配しているので、Huliaipoleが解放されると、オレホボへの圧力が高まるだろう。
クピャンスク:
クピャンスクはハリコフ州東部の市。11月20日、ロシア軍はクピャンスクの解放を宣言した。その後、市内の敗残ウクライナ兵や周辺地域の掃討が進んでいるが、緩慢。
変わって、ロシア軍はハリコフ州北部のボルチャンスクを解放した。ボルチャンスクからクピャンスクに至る東側の広大な地域には、ウクライナ軍の抵抗拠点がないので、この地域の解放は容易だ。この地域に、戦略的意義はあまりないと思えるが、停戦交渉の材料を狙っている可能性もある。
ドニエプロペトロフスク州:
ポクロフスコエ方面への進軍が盛ん。
へルソン州方面:
目立った戦闘はない。ドニエプロ川の左岸と右岸で支配地域が分かれている。
ポクロフスク(クラスノアルメスク)解放 ― 2025年12月09日
ポクロフスクはドネツク市北西部にある交通の要衝。1年以上前から、ここの攻防が焦点だった。
2025年12月1日、ロシア軍はポクロフスク市を完全制圧し戦闘を終結させた。
ポクロフスク市(ロシア名:Krasnoarmiisk)の東隣にRovnoe村を挟んで、ディミトロフ市(ウクライナ名:Myrnohrad)がある。Rovnoe村はすでに解放されているが、ディミトロフ市には、ウクライナ兵がいまだに立てこもっている。その数、数百名とも言われているが、詳細不明。補給はドローン以外は絶たれているので、掃討は時間の問題。立てこもりウクライナ兵は投降すれば命は助かるが、ウクライナ軍は投降を禁止しているので、運よく投降できた者や、逃亡できた者以外は、戦死しかないだろう。
上図左は、11月30日の両軍支配地域。オレンジがロシア軍支配、水色がウクライナ軍支配地域。白は交戦地。
上図右は、12月8日の両軍支配地域。いずれも、Divgenによるもの。
本の紹介―イスラエルの起源 ロシア・ユダヤ人が作った国 ― 2025年12月09日
鶴見太郎/著『イスラエルの起源 ロシア・ユダヤ人が作った国』 講談社 (2020/11)
著者は東大准教授で、ロシア・ユダヤ史、シオニズム、イスラエル・パレスチナ紛争などが専門。
著者は、最近、中公新書から『ユダヤ人の歴史』、岩波新書から『シオニズム』を上梓している。本書は講談社選書で、新書に比べて学術的な内容のため、読むのが面倒に感じた章もあった。
第一次大戦前、ユダヤ人口が多かったのは、現在のポーランド・ウクライナ・ロシアと、当時のロシア帝国内だった。イスラエルの建国やシオニズムなど、イスラエルの好戦的姿勢には、これら旧ロシア帝国内ユダヤ人ポグロムが関与しているのだろう。この点、ユダヤ人は気の毒ではあるが、自分たちが残虐行為を受けたからといって、無関係なアラブ人に残虐となって良いとの理屈は成り立たない。イスラエルの残虐性の原因がどこにあるのか、本書を読んでも、良く分からなかった。
ところで、旧ロシア帝国内にユダヤ人が多かった原因として、本書では、ドイツからの移住者を理由に挙げている。南ウクライナのユダヤ人は、トルコ系ハザール人起源とする説もあったが、これだとイスラエル建国の根拠がなくなるので、この説はイスラエルが否定している。本書で触れられていないところを見ると、科学的に否定されているのだろうか。
ロシア軍、全線で攻勢 ― 2025年12月08日
全線にわたって、ロシア軍の攻勢が続いている。
上の図は、ウクライナ側のDeepStateによる数値を使って作成した、月ごとのロシア軍が解放した面積の増加量。ウクライナ側データを使用しているため、ロシア軍支配面積を過小評価する傾向がある。
2025年9月、10月の解放面積増加量が低下している。この時期はドネツク州ポクロフスク、ハリコフ州クピャンスク、ドネツク州シベルスクなど都市の解放が焦点だった。このため解放面積的には低下しているものの、戦略上の重要性は大きい。
ただし、ウクライナ側のDeepStateによる数値には問題があって、9月、10月が少なすぎる。
上の図は、ロシア側の数値を使って作成したもの。(ロシア側の誰の数値だったか忘れた)。2025年9月、10月の解放面積が異なる。最近はドローン戦なので、接触線の概念が曖昧になり、解放面積が見方によって異なっているため、ウクライナ側の数値は小さくなっている。さらに、ウクライナ側情報は、10月のシベルスク戦線の状況が分からなかったようで、ウクライナ側情報では10月に少なく計上し、その分を11月に振り替えた模様。




