ロシア軍、攻勢続く ― 2025年10月09日
全線にわたって、ロシア軍の攻勢が続いている。
8月中旬、ウクライナ応援団は、ポクロフスク(Pokrovsk)北側で、ロシア軍が包囲されたとの情報を盛んに流していた。1か月もすると、これが嘘であることが明白となった。
https://cccpcamera.asablo.jp/blog/2025/09/26/9805589
ポクロフスク北側で何が起こっていたのか、徐々に明らかとなっている。なお、ここは、ドブロピリア市の東側にあたるので、Dobropillia directionとも呼ばれる。
上の図は8月11日ごろの両軍支配地の様子。水色がウクライナ軍支配地で、オレンジがロシア軍支配地。白は、両軍の接触線。地図はロシア側の情報源DIVDENによるもの。
上の図は、翌日8月12日の両軍支配地。わずか1日足らずで、ロシア軍は大きく占領地を獲得した。ありえないほどのスピード進軍であるが、8/11の図でウクライナ軍支配地域となっていた場所には、ウクライナ軍はほとんどおらず、ロシア軍は、多くは、無人の荒れ地や畑を進軍した、ことが真相のようだ。途中に小集落がいくつかあるが、住民はロシア軍と戦うようなことはなく、場合によってはロシア軍を歓迎したようだ。上の図ではロシア軍が舗装道路T0514に到達したことになっている。斥候が到達した可能性は高いが、ロシア軍が足場を築いたか疑わしい。
ところで、ロシア軍がT0514の一部を支配したとすると、ドブロプリアからクラマトルスクに至る最短道路が使えなくなり、1時間で行くところが1時間半程度かかることになる。ウクライナ軍にとって、うれしくはないが、それほど重要というわけでもないだろう。
上の図は、8月18日の両軍支配地。ロシア軍に領土を占領されると、ウクライナ軍は急遽アゾフ大隊を中心とした部隊を結成し、反撃に出た。Zolotyi Kolodyazからは押し戻したが、Kucheriv Yarはロシア軍に支配されたままなので、舗装道路T0514はロシア軍の攻撃にさらされる。このため、ウクライナ軍からすれば、Kucheriv Yarを奪回したいところだろうが、それはできていない。
上の図は、9月15日の両軍支配地。これまでと大きな違いはない。
上の図は、10月1日の両軍支配地。大きな変更はないが、北部突出部の付け根部分の一部が、ロシア軍支配地から交戦地に変わった。この場所は、荒地や畑なので、ロシア軍が手薄なところにウクライナ軍が時々進軍しているもの。ただし、一時、Nove Shakhoveをウクライナ軍が掌握したことがあったとの情報もある。
ポクロフスク市南部・西部のロシア軍支配地が拡大した。
上の図は、10月7日の両軍支配地。Zolotyi Kolodyaz南端にロシア軍支配地域が広がった。この進軍が、ロシアにとって、どれだけ意味のあることか分からない。ポクロフスク市西部のロシア軍支配地が拡大した。こちらは重要。





