アヴデエフカ解放か2024年02月16日

 ドネツクの北西にあるアヴデエフカ(アウディイウカ)はウクライナ・ネオナチの要塞になっていたが、ロシア軍の攻撃により、北部コークス工場を除いて、事実上陥落した可能性がある。残るは、敗残兵の掃討。
 昨年5月にアルテモフクス(バフムト)が陥落して以来、ウクライナ最大の敗北。

本-ブッダという男2024年02月15日

 
清水俊史/著『ブッダという男 初期仏典を読みとく』 筑摩新書 (2023/12)
 
読むことを薦めない
 
 初期仏教の概略を知るために読むのならば、この点に関して、それほどおかしなことが書かれているわけでもないので、読んでも損はないかもしれないが、それならば、他書の方が良い。
 
 少し古い本だと、
 ベック/著、渡辺照宏/訳『仏教』(岩波文庫)
 渡辺照宏『仏教』(岩波新書)
などの名著があり、また、最近の本だと、以下の本など、読みやすいものがたくさんある。
 馬場紀寿『初期仏教』(岩波新書)
 三枝充悳『仏教入門』(岩波新書)
 佐々木閑『仏教の誕生』(河出新書)
 
 さて、本書の場合は、著者がひねくれているのだろうか。本の帯には『誤謬と偏見を排し、その実像に迫る』とあるが、著者の思い込みが強い仏教論になっている。
 本書の前半では、P108の記述によると、『①ブッダは平和主義者であった、②ブッダは業と輪廻の存在を否定した、③ブッダは階級差別を否定し、平等思想を唱えた、④ブッダは女性差別を否定した、という四つのありがちな現代人ブッダ論を再検討し、そのいずれも歴史的文脈から外れることを明らかにしてきた。』とのことだ。
 著者は『ブッダは平和主義者であった』ことを否定している。著者は、平和主義者の定義を、絶対的に殺人者を嫌悪することと捉えているようだ。しかし、現実には、兵士もいるし、殺人の罪を犯した人もいる。殺人罪で服役している人に対して、宗教家が教戒師として、その後の生き方の相談に応じることは珍しくない。ブッダも宗教家なので、殺人についても、その後の心をどうするのかという、現実的指導を行っていたと推測され、著者の考える平和主義者の定義に従った行動をとることはなかっただろう。しかし、それは、ブッダが平和主義者でなかったとの根拠にはならない。他の②~④についても同様で、著者の勝手な定義からそれているので、そのような事実はなかったと強弁しているようで、まともな議論とは思えない。
 
 本書後半は、良く知られた初期仏教の解説なのだが、ここも、おかしなことが書かれている。明治以降になると、日本では、ブッダの教えはどのようなものっだったのか、考古学・文献学的な研究が行われている。このような研究成果に対して、著者は不満のようだ。
 『初期仏典に先入観なく向き合うことは不可能であり、そこからブッダの歴史的文脈を正確に読み出すことはきわめて困難である。(P116)』
 初期仏典になるべく先入観なく向き合い、そこから仏教の歴史的文脈を読みだすことは、私たち現代人にとって重要な研究だ。著者が、初めから放棄したいのならば、好きにすればよいことだが、他人の研究にケチを付けるのは、正しい態度ではない。
 P116に、あきれた記述がある。『仏弟子たちは、ブッダの生涯や事績を先入観なく羅列しようとしたのではなく、ブッダの偉大な先駆性を遺すために篤い信仰心を持ってこれを編纂した。』
 仏教は特許ではないのだから『先駆性』は必要ない。すべての宗教は、大なり小なり、それ以前の宗教や成立した時代・社会を反映しているもので、仏教も例外ではない。後代の弟子たちが残したものは、仏教のその社会における有用性であり、ブッダの教えも、その時代における有用性に価値があったものだ。このため、考古学・文献学的な研究が、ブッダや教団の教えの姿を解明する上で、有用であることは間違いない。

プーチン インタビュー2024年02月13日

タッカー・カールソンのプーチン インタビューが世界中で話題になっている。
公開された動画は英語。日本語字幕を付けている親切な人がいる。
https://twitter.com/tonakai79780674/status/1755821082861605280?s=46&t=bppLDNcdmSlkMH5sJGuzXA
 
青山貞一氏の翻訳は以下に掲載されている。
https://eritokyo.jp/independent/Ukraines-war-situation-aow4561.htm

軽石 細粒2024年02月07日

 
 多肉植物の用土に、軽石をメインに配合している。カインズの軽石小粒を使っていたのだけれど、小さい多肉には粒が大きすぎた。でも、軽石細粒がなかなか見つからなかった。
 セキチュー安中店に、瀬戸ヶ原の軽石砂細粒が売っていた。14リットルで600円程度と安い。
 軽石の大きさは2~4㎜程度。100㏄の重さは50g以下。保水量は50g以上。これだと、多肉植物の用土には、単体でも十分のように感じる。もちろん肥料分はないので、リキダスとマグアンプKを入れればよいだろう。

アヴデエフカ解放間近2024年02月05日

 ドネツクの北西にあるアヴデエフカ(アウディイウカ)はウクライナ・ネオナチの要塞になっていたが、ロシア軍の攻撃により陥落は時間の問題になっている。
 昨年5月にアルテモフクス(バフムト)が陥落して以来、ウクライナの最大の敗北が近い。

本の紹介-なぜ日本は原発を止められないのか?2024年01月18日

 
青木美希/著『なぜ日本は原発を止められないのか?』(文春新書) (2023/11) 
 
 日本の原発に対して警鐘を鳴らす本で、原発政策に対する、一般向けの啓蒙書。本の内容は、反原発の立場で、普通に書かれた本で、特に問題となるような記述はないように感じる。
 
 著者は朝日新聞社の社員。記者時代に、福島原発の手抜き除染に関する記事など、原発に否定的な論調の記事を書いたため、記事を書くことができない広報部員に左遷されたとの情報がある。 
 本書のあとがきが面白い。著者は、出版に際して新聞社に出版申請をしたところ、新聞社は出版を認めないとの処分を下した。さらに、新聞社は「本社の報道・取材領域にかかわる取材・執筆・出版」に関する社外活動に対して「編集部の確認(監修)」が必要との命令を下した。これでは、上層部の意向に反する情報を社会に提供することが不可能になり、記者としては自殺行為だ。
 このような経緯があって、著者は、社名を出さずに、個人として行った私的利益を目的としない行為として、新聞社と無関係に本書を出版した。
  
 朝日新聞社は政府の意向を忖度して、政権に都合の良い報道をする、御用新聞になり下がったのだろうか。私は、近年の朝日新聞の記事はひどすぎると感じていたが、本書のあとがきを読むと、朝日新聞に、日ごろ感じていたことが正しかったと得心した。

本の紹介-アフガニスタンの素顔 「文明の十字路」の肖像2024年01月11日

 
青木健太/著『アフガニスタンの素顔 「文明の十字路」の肖像』光文社 (2023/7)
 
 2021年8月、アフガニスタンに軍事介入していた米軍が撤退すると、アフガニスタンンの親米政権は、一日で崩壊し、反米のタリバンが政権を奪取した。
 本書は、この時以降のタリバン政権下のアフガニスタンの情勢についての記載がメイン。このほか、王政崩壊後のアフガニスタン現代史にも触れられている。

東京国立博物館2024年01月03日

  
 東京国立博物館は、1月2日から開館しています。
 正月の企画として、本館前で、太い腿むき出し女の和太鼓演奏があった。外国人観光客も多い中、日本の正月文化を見せようとの配慮かもしれないが、女が太い腿を、むき出しにするのは、日本の伝統ではない。

謹賀新年2024年01月01日

  
あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願い申し上げます。

本-ネット右翼になった父2023年12月28日

  
鈴木大介/著『ネット右翼になった父』講談社現代新書 (2023/1)
 
久しぶりにつまらない本を読んだ。
 タイトルからして、高齢者がネット右翼になってゆく原因を探るものかと思ったら、違った。本書は、ネット右翼になった父親の死後、父親の過去を知ることにより、父親が右翼でも、保守でもなかったとの結論に至る話。
 「ネット右翼」と言われている人には、ネット上で右翼思想を語る人から、単なるヘイトスピーチまで、さまざまなタイプがある。著者の父親は、高邁な右翼思想の持ち主ではなかったことが分かったので、ネット右翼ではなかったと結論付けている。しかし、下劣なヘイトスピーチに至った理由を解明しようとしていない。要するに、著者は、ネット右翼の定義を適当にごまかすことにより、自分の父親はその定義に当てはまらないのでネット右翼ではない、だから正しかったと、主張したいようだ。しかし、事実として、ヘイトスピーチだったのだから、著者の父親が、最低最悪で下劣なヘイトスピーチ型ネット右翼ではなかったのかとの疑問は払拭されていない。
 
 ところで、本当に著者はジャーナリストかと疑問に思う記述がある。
 著者の父親は朝鮮人蔑視を口にしていたそうだ。その原因として、大阪での保険の仕事で、部落解放同盟関係の朝鮮人との軋轢があって、それが原因で朝鮮人ヘイトを言っていたと考えている。もしそうだとしたら、彼の父親は、本当の大バカ者でしょう。部落解放同盟は日本人部落民の組織であって、関係者に朝鮮人がいたとしても、部落幹部の意向で行動している可能性が高いので、軋轢の本質は日本人部落民のはずだ。そんなことがわからないほどの、無知だったのか。それから、仕事をする中で、朝鮮人と軋轢があったとしても、朝鮮人と軋轢が無かったことも、日本人と軋轢があったことも、いろいろな経験があるだろう。それにもかかわらず、日本人ヘイトではなく、朝鮮人ヘイトになるところに、ネット右翼の特徴があるはずだ。本書では、このような見地からの考察がなく、冷静なジャーナリストの記述とは思えない。
 
 心の底に劣等感を抱えた人の中には、ネット右翼になる人や、おかしな新興宗教・セミナーに、はまる人がいる。ネット右翼・新興宗教・セミナーは冷静に見たら、実にケッタイナ思想であって、とても信じるに足るものではない。しかし、劣等感を抱えた人がこのような思想に触れ、それを受け入れると、自分だけが素晴らしいことを知っているとの自己陶酔にひたり、かつて自分を追い抜いた多くの人に対して知的優位に立ったように感じる。こうして、ネット右翼になる人もいる。
 著者の父親が、どのような理由で、ヘイトスピーチ型ネット右翼になったのかわからないが、本書によると、高校時代は、進学校にもかかわらず勉強に取り組むことはせず、就職後も、出世コースを外れた人のようだ。このため、自分の人生に何らかの劣等感があって、ネット右翼のデタラメ主張を真に受けて、自分だけが素晴らしいことを知っているとの自己陶酔にひたっていた人である可能性は否定できないように感じた。

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