本の紹介-ALPS水・海洋排水の12のウソ2023年12月21日

 
烏賀陽弘道/著『ALPS水・海洋排水の12のウソ』三和書籍 (2023/11)
 
 福島第一原発事故による放射能汚染水は、ALPSで処理した後、敷地内タンクに貯蔵されていたが、2023年以降、付近の海に排出されている。ALPSの処理能力では放射能汚染水のトリチウム(三重水素)を除去できない。他の核種は除去できるものの、完全ということはない。しかし、日本政府は排出する放射能汚染水処理水を法規制の範囲内に薄めることにより、安全であると説明している。安全性の根拠に、IAEAのお墨付きが使われることもある。法律に適合しているとか、国際機関の了解があるなどは、権威主義的根拠ではあるが、科学的根拠ではないにもかかわらず、科学的見地から安全性に疑問を呈する見解に対しては、政府・マスコミ揚げて、非科学的であると罵倒することになっている。
 本書は、事実と科学的根拠に基づいて、日本政府・東電による放射能汚染水処理水排出の安全性の説明に異議を唱えるもの。放射線科学や原子炉工学に関する大学学部程度の知識があるならば、本書の指摘は当然のことと理解できるものだ。本書の記述は文章が平易であるため、基礎知識がなくても、多くの人は容易に理解できるだろう。
 各章のタイトルは以下の通り。

1 国内問題だった放射性物質汚染を国際問題に拡大した
2 「海洋排水しか処理方法はない」
3 「タンクの置き場はもうない」
4 「ALPS水排水は被災地の復興に必要だ」
5 「ALPS水の海洋排水は廃炉を進めるために必要だ」
6 「ALPS水を海洋排水すればタンクはなくなる」
7 「風評被害をなくすことが必要だ」
8 「ALPS水に放射性物質はトリチウムしか残っていない」
9 「福島第一のような原発からの海洋排水は世界中でやっている」
10 「日本政府の基準を満たしているから安全だ」
11 「希釈して排水するから安全だ」
12 「環境への影響は長期的に見ても無視できる」
 

 放射線の人体への影響は「確定的影響」と「確率的影響」がある。前者は閾値があるので、法規制の範囲内に薄めれば安全と言える。この場合、考慮すべき物理量はBq/Lである。しかし、「確率的影響」には閾値がないと考えられており、また、放射性ヨウ素などは生物濃縮があるため、長期間に蓄積された量が重要となり、この影響を考慮すべき物理量はBq/Lではなく、むしろmolだ。放射能汚染水処理水の大量排出では、残留放射性物質濃度を見ただけでは、危険性の理解にはならない。
 本書、第8章「ALPS水に放射性物質はトリチウムしか残っていない」では、トリチウム以外の放射性核種の問題を取り上げる。これこそ、濃度ではなく総量を問題にすべき話であるが、本書の記述では、この点は明確ではない。また、原発事故ではヨウ素129,ヨウ素131が最大の問題になる。現在、海洋排出で一番問題とすべきはヨウ素129だろう。本書では、ウランやプルトニウムなど重い核種が検出限界以下でも、非存在でないことを問題としているが、それほど重要な問題なのか、疑問に感じた。
 
 ところで、放射性物質の安全基準と言うと、知識のない人は「安全な基準」と誤解するだろう。
 放射能の影響には、やけどなどの確定的影響と、ガンなどの確率的影響がある。確定的影響には、これより少なければ安全と考えられる閾値があるが、確率的影響には閾値はないと考えられている。このため、確率的影響が完全に安全な基準はゼロ以外にはありえない。しかし、これでは、原子力産業が成り立たず、電力会社の利益が出ないので、経済合理性の範囲で定められたものが、、安全基準である。平たく言えば、多少、他人が死んでも、国が栄えて、電力会社が儲かれる方が良いと思える基準が、安全基準ということだ。より分かりやすく言うと、安全な基準ではなくて、我慢基準であると、大学の一般教養の労働衛生の講義で、習ったことがある。
 東電の小早川社長とは入学年次は違うが、同じ大学なので、小早川社長も必修科目だった労働衛生の単位は取ったことだろう。放射能の安全基準の本質についての基礎知識があった上で、海洋放出を決断したのだろうか。学生のとき、勉学をサボっていたため、知識がないから、安易に海洋放出を決断したのだろうか。

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