本の紹介ー西洋の敗北 ― 2026年02月02日
エマニュエル・トッド/著、大野舞/訳『西洋の敗北 日本と世界に何が起きるのか』文藝春秋(2024/11)
本書は著者が主に2023年7月から9月に書いた内容の日本語訳。
同年6月、ウクライナ軍はロシアに大攻勢を仕掛けた。日本のマスコミ報道では、西側の高性能戦車などにより武装したウクライナ軍の圧勝で終わるとの予想を連日立てていたが、実際は、ウクライナ軍の大攻勢は、ことごとく、失敗した。また、日本のマスコミ報道では、ロシアは一年以内に経済的に破綻するとの予想が語られた。
本書において、著者は、ウクライナ軍大攻勢の失敗と、西側兵器が役に立たないこと、ロシア経済が安泰なことを予言している。日本でテレビに出演していた学者たちの予想が、ことごとく外れていたのに対して、著者の予想は当たっている。
本書では、第1章から第3章で、旧ソ連圏の現状を分析する。それらのまとめとして、以下のように記している。これが、ロシア・ウクライナ戦争を正しく見るために重要な視点だろう。
『旧ソ連圏を振り返ることで、ロシアはその安定性に加えて、ある種の経済ダイナミズムも見出していたことがわかった。ロシアは、出生率が低下している人口動態により、いかなる領土の拡大も望めないことも確認できた。今の世界が直面している混乱の原因がロシアにはないことは明らかである。
国家として崩壊しつつあるウクライナを検討することで、混乱の原因はより明白になった。とはいえ、ウクライナ程度の規模の国が一国で世界中を大混乱に陥らせることもまた不可能だろう。私はバルト三国を含めた東ヨーロッパの旧社会主義諸国についても検討した。そこで明らかになったのは、これらの国は長い歴史を通してロシアではなくむしろ西洋に翻弄されてきたということである。』
第4章~第7章で、西欧・北欧を取り上げる。西欧はドイツ・フランス・イギリスが記述の中心。著者は、この章について、簡単に以下のようにまとめている。
『ヨーロッパの自立という夢の挫折、イギリスの国民国家としての衰弱、スカンジナビアの逸脱』
第8章から第10章はアメリカを取り上げる。ここでは、(宗教的意味を含めた)アメリカの衰退について記述している。本書は、第二次トランプ政権誕生以前に出版されたものなので、昨今のトランプ政権の国際対応の横暴と、西欧の対立について、これほど急激に起こるとは予測していない。著者の予測以上に急激にアメリカが衰退しているのだろう。
第11章では、日韓以外のアジア諸国などが西欧・アメリカに追随しなかった状況を記す。
本書は、著者の国際関係の認識と、執筆当時の近未来の予想であるが、その後の国際情勢は著者の説の正しさを裏付けているように思う。
本の紹介ー植物園へようこそ ― 2026年01月03日
国立科学博物館筑波実験植物園/著『植物園へようこそ』岩波科学ライブラリー (2024/5)
筑波植物園による植物園案内。
植物園には、美しい花を見せるエンタメ的なものと、学術的なものがあるが、筑波植物園は学術的な植物園。本書では、筑波植物園で何をしているのか、概要が明らかにされている。筑波植物園の観覧以外にも、小石川植物園のような学術的植物園を見るうえで、参考になるだろう。
ただし100ページ余りと薄い本なので、詳しい内容は無い。
本-ロシア・ウクライナ戦争と歴史学 ― 2026年01月02日
歴史学研究会/編『ロシア・ウクライナ戦争と歴史学』大月書店 (2024/5)
以下、十名の著者による執筆。
青島陽子、池田よし郎 石野裕子 板橋拓巳 小山哲 佐々木真 篠原琢 中沢達哉 松里公孝 宮崎悠
このうち、佐々木真が序章を執筆し、他の9人がそれぞれ一章執筆している。
ロシア・ウクライナに関係する歴史の説明なのだけれど、シンポジウムの論文発表を合わせたような内容で、各章の統一性はなく、各論文とも個別的で詳細なため、関連する歴史に詳しい人以外は、歴史の繋がりを理解することが難しい内容だ。
本の紹介ー仏教の思想 5 絶対の真理<天台> ― 2025年12月14日
田村芳朗、梅原猛/著『仏教の思想 5 絶対の真理<天台>』(1996/6)角川ソフィア文庫
本書は1970年ごろ角川書店から単行本として出版された仏教講座の文庫版。
インド仏教4巻、中国仏教4巻、日本仏教4巻の計12巻のうちの第5巻で、中国天台宗の解説。
新しい本ではないが、仏教思想を理解する上で、最適な12冊だと思う。
本書は3部に別れ、第1部は天台教学者・田村芳朗による天台教学の説明で、本の半分程度を占める。天台教学側の世界観を示すことを目的としているのだろうが、天台教学から見た世界観ではなくて、もう少し、普通の立場で俯瞰から天台教学を俯瞰するような書き方をしてくれた方が理解しやすかったように感じた。
第3部は哲学者・梅原猛による法華経を中心とした解説で、中国天台宗にとどまらずインド仏教から最澄の天台宗までを説明していて、一般読者にも輪から安い記述になっている。
第2部は、田村芳朗と梅原猛の対談。天台教学・智顗について、簡潔に理解できる内容になっており、読みやすい。
本ー占領下の日本 カラーフィルム写真集 ― 2025年12月10日
衣川太一/著『占領下の日本 カラーフィルム写真集』草思社 (2025/9)
コダックのカラーリバーサルフィルムで撮った占領下の日本の写真。著者が、買い求めたものを写真集にしている。写っているものには、あまり興味はなかったのだけれど、鮮やかな色が残っているので驚いた。
本の紹介―イスラエルの起源 ロシア・ユダヤ人が作った国 ― 2025年12月09日
鶴見太郎/著『イスラエルの起源 ロシア・ユダヤ人が作った国』 講談社 (2020/11)
著者は東大准教授で、ロシア・ユダヤ史、シオニズム、イスラエル・パレスチナ紛争などが専門。
著者は、最近、中公新書から『ユダヤ人の歴史』、岩波新書から『シオニズム』を上梓している。本書は講談社選書で、新書に比べて学術的な内容のため、読むのが面倒に感じた章もあった。
第一次大戦前、ユダヤ人口が多かったのは、現在のポーランド・ウクライナ・ロシアと、当時のロシア帝国内だった。イスラエルの建国やシオニズムなど、イスラエルの好戦的姿勢には、これら旧ロシア帝国内ユダヤ人ポグロムが関与しているのだろう。この点、ユダヤ人は気の毒ではあるが、自分たちが残虐行為を受けたからといって、無関係なアラブ人に残虐となって良いとの理屈は成り立たない。イスラエルの残虐性の原因がどこにあるのか、本書を読んでも、良く分からなかった。
ところで、旧ロシア帝国内にユダヤ人が多かった原因として、本書では、ドイツからの移住者を理由に挙げている。南ウクライナのユダヤ人は、トルコ系ハザール人起源とする説もあったが、これだとイスラエル建国の根拠がなくなるので、この説はイスラエルが否定している。本書で触れられていないところを見ると、科学的に否定されているのだろうか。
本の紹介-バガヴァッド・ギーター ― 2025年12月07日
佐藤裕之/訳『バガヴァッド・ギーター ヒンドゥー教の聖典』角川 (2022/12)
先日、プーチン大統領がインドを訪問した。この時、モディ首相はプーチンにバガヴァッド・ギーターのロシア語訳本をプレゼントした。バガヴァッド・ギーターはヒンズー教のもっとも有名な聖典。王家の後継者争いに発する戦争の時、王子アルジュナは敵軍に親戚がいたため戦争をためらったが、ビシュヌ神の化身であるクリシュナが躊躇するアルジュナに戦うことを薦めた物語。この中で、クリシュナへの信仰やヒンズー教の道徳を説いている。
本書は、バガヴァッド・ギーターの日本語訳。最近の出版だけあって、文章は読みやすい。
二冊の本 ― 2025年11月15日
内田樹/著『沈む祖国を救うには』マガジンハウス (2025/3)

各項目4ページ程度のエッセー集。現代日本の世相批判。各項目には同感なのだけれど、各項目のページ数が少ないので、詳しい内容がない。
加藤陽子/著『この国のかたちを見つめ直す』毎日新聞出版 (2025/1)

著者は、近代日本史学者。本書は、毎日新聞に連載されたエッセーが元になっているようで、各項目、数ページの内容。近代日本史学者として、現代日本の色々な問題を論じている。
各項目、数ページと少ないので、深い内容は無いが、現代日本社会の問題を考えるうえで、ヒントになるように思う。著者も、それを期待して、書いているのだろうか。
本ー玉木、立花、斎藤、石丸の正体 SNS政治家を撃つ ― 2025年11月15日
佐高信/著『玉木、立花、斎藤、石丸の正体 SNS政治家を撃つ』旬報社 (2025/5)
各項目3ページ程度のエッセー集。タイトルは「玉木、立花、斎藤、石丸」となっているが、この四人以外のたくさんの穂とを取り上げて、多くの場合は批判的な評論を下している。ただし、人物の評価よりも、世相批判の面が強いように感じた。各人に対するページ数が少ないので、深い内容は無い。
本の紹介―ウクライナ戦争後の世界秩序 ― 2025年10月27日
下斗米信夫/著『ウクライナ戦争後の世界秩序』(2025/6)集英社
ソ連・ロシア地域の政治史が専門の下斗米伸夫・法政大学名誉教授による、ウクライナ戦争の解説書。
タイトルは「ウクライナ戦争後」となっているが、本の2/3はウクライナ戦争やロシア・ウクライナ史の解説に充てられている。
テレビ番組で、ロシアウクライナ戦争を解説している専門家の多くは、ロシア・ウクライナ史やロシア・ウクライナ政治に対する知識が乏しいと感じられる人が多く、単なるウクライナ応援プロパガンダになっている場合が多い。こうした中、本書は、ロシア政治史が専門の学者の著書のため、ウクライナ戦争に対して、客観的事実の記述が多く、この戦争を正しく理解する上で有益だ。
ウクライナ戦争の開始を、2022年のロシアの侵攻とする見解と、2014年のマイダンクーデターとする見解がある。前者は、歴史を近視眼的に見る立場で、ウクライナ応援団に多い。後者は、ロシア関連地域の歴史研究者などに多いが、親ロ派、親ウ派どちらとも限らない。本書の著者は後者の立場のようだ。また、マイダンクーデターに対して、米国(USAID,CIA)の関与がどれだけあったのか諸説あるが、著者は米国とウクライナ親NOTO派勢力によって起こされたとしており、親ロ派の主張に近い。ただし、2022年のロシアによる進攻を批判しており、この点では親ロ派とは言えない。
本書のタイトルは「ウクライナ戦争後の世界秩序」となっている。本書の後半1/3はウクライナ戦争が東西冷戦とは異なる事を説明した後、今後の展望として、グローバルサウスあるいはBRICSの経済発展を指摘し、西側世界の相対的弱体化を指摘している。
著者の見解でいただけない点がある。2022年のロシア進攻に際して「プーチンは3日で狩猟できると考えていた」と書いている。著者は読心術でプーチンの心を読んだとでもいうのだろうか。全くばかげた記述だ。プーチンは、人なのだから、ウクライナ進攻に際して、3日で終わる可能性も、もっとかかる可能性も、いろいろな可能性を考えたに違いない。当たり前ではないか。そして、それぞれ起こった事態に対して、適切な対応をとった。