北方領土問題2007年05月10日

 5月8日の記事では、北方領土要求の水津満の証言はデッチアゲの可能性が有ると書きました。
 平成3年にゴルバチョフが来日して、海部総理と会談したとき、総理から、水津満証言を元に、領土要求をしたことを、日本政府は国会の場で明らかにしています。もし、水津満の証言が捏造だったとしたならば、日本外交の国際的信用は失われかねません。和田春樹氏の想像である「単純な誤解」だとしても、日本の北方領土要求は世界の笑いものになります。
参議院 外務委員会 平成03年04月23日

○政府委員(兵藤長雄外務省欧亜局長) その点はまさに海部総理から、日本の主張の一つの重要な根拠として領土不拡大方針というものを、戦後の処理の過程として大西洋憲章から引き起こしまして説明をいたしました。その点は明確に主張をいたし、さらに水津満参謀が水先案内人でおりてきて、得撫島まで来て択捉を見て、ここは日本固有の領土であるから米国の占領地であると言って反対した事実、これはとりもなおさずスターリンの拡張主義というものの具体的な例であるという主張をいたしました。
 それに対して、ゴルバチョフの方はヤルタ協定というものを持ち出しまして、これは戦後のこの協定によって決着済みであるという論理を中心とした反論をいたしました。


衆議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 平成03年04月24日

○兵藤政府委員 六回にわたります大変厳しい交渉の過程におきまして、海部総理大臣より繰り返し北方四島の主権の主張を展開したわけでございますが、その中で、海部総理も何回か北方四島の占拠というものはスターリン時代の拡張主義というもののもとにおいてなされたということで、例えば水津満参謀の有名な証言があるわけでございますが、その証言を紹介される等してソ連の当時の占領の非を鋭くつかれたわけでございます。
 ところで、千島歯舞居住者連盟創設者の高城氏は、8月27日9時ごろ、択捉島西岸沖にソ連軍艦が現われたと証言しています。このとき、高城氏はソ連軍艦に乗り込み、艦長と会談しています。ソ連は留別湾の位置を知らなかったようで、高城氏は位置を教えました。この会談のなかで、米軍の進駐の有無を尋ねられたというようなことはなかったようです。8月26日に大泊を出航したソ連軍艦は、択捉島の詳細を知らなかったけれど、米軍の進駐の有無に関らず、択捉島に上陸占領の意思を有していた事実がうかがえます。

* * * * * *

<< 2007/05 >>
01 02 03 04 05
06 07 08 09 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31

RSS