本の紹介-関東大震災「虐殺否定」の真相2021年11月23日

 
渡辺延志/著『関東大震災「虐殺否定」の真相 ハーバード大学教授の論拠を検証する』(2021.8)ちくま新書
 
 著者は、元・朝日新聞記者。
 本書は、ハーバード大学三菱日本法学教授マーク・ラムザイヤーが執筆した論文を、日本人元新聞記者が査読し、問題点を指摘したもの。論文は各方面から批判を浴び、大幅削減となった。マーク・ラムザイヤー論文には、関東大震災のときに朝鮮人暴徒の凶悪犯罪が現に起こったため、混乱の中、日本人自警団が組織されたとしているそうだ。この論点は、日本近代史を少しでも学んだことのある者にとって、奇異に感じる。普通の歴史書では、朝鮮人の凶悪犯罪はなかったにもかかわらず、デマにおびえた日本人自警団が、朝鮮人・中国人や一部の日本人を殺戮したものと説明されることが多い。本書の著者も、そこに疑問を持ったのだろう。ラムザイヤーの根拠を詳細に検討し、彼の論拠を否定している。ラムザイヤーの論拠の多くは、当時の新聞報道に依拠しているが、混乱時に書かれた記事のに根拠のない風説が多かったことはいまでは常識だ。
 要するに、ラムザイヤーの論は、すでに歴史学の中で否定されている新聞報道を、あたかも史実であったかのように取り上げたものであり、このような態度はネット右翼のウィキペディアの編集と何ら変わらない。真面目に議論するのもばかばかしい限りであるが、本書の中で著者は、このような風説が起こった原因を考察し、新聞各社による検証がなされていない事実を指摘しており、この点では大いに有用だ。
 
 ところで、マーク・ラムザイヤーはハーバード大学三菱日本法学教授(P14)だそうだ。三菱とはどういう意味か不明だが、三菱の名の付く企業は、三菱UFJ銀行、三菱電機、三菱地所、三菱ケミカル、三菱商事、三菱重工、それから三菱鉛筆など多彩であるが、なかでも三菱重工は戦前の韓国徴用工問題の当事者になっている企業である。財閥関連企業がネット右翼レベルの論文を書かせて、歴史を捏造しているのだとしたら、恐ろしいことだ。
 
 本書のP87~P107に「碓氷峠の爆弾テロ計画」の考察がある。「信越線松井田駅で碓氷峠上から列車爆破を狙った朝鮮人が警察に逮捕され、計画を自白した」とラムザイヤーが新聞記事をもとに書いているとの内容で、本書で、この事実がなかったことと、このようなデマが新聞に書かれた経緯を考察している。私は、スイッチバックの松井田駅から徒歩3分ぐらいのところで生まれ育ったので、この部分に関心をもった。少年のころからこの事件を聞いたことがないので、おそらくデマだと思うが、碓氷郡史などに何か書かれていないか、機会があったら松井田図書館で調べてみたいと思う。
 著者の考察には、小さいところだが同意しかねる点がある。
 ・「沿線きっての難所である碓氷峠はトンネルが連続し、蒸気機関車が吐き出す煙のために運転手が窒息する危険さえあったと伝わる。P105」
 碓氷線は1912年に完全電化されていて、横川駅で蒸気機関車を切り離し、アプト式電気機関車を連結していたので、関東大震災のときには、蒸気機関車の煙は碓氷峠とは関係なかったはずだ。
 ・「ニュースの発端となった松井田駅はその峠の入り口ともいうべきスイッチバックに設けられた規模の大きな駅であった。おそらくは避難民でごったがえしていたのだろう。その中を自警団が朝鮮人を探して動き回っていた。そして何らかの騒ぎがあった。」
 賛同しかねる点がある。峠の入り口にあたる大きな駅は横川駅であって、松井田ではない。横川には、蒸気機関車の回転台など操車設備が整っていたが、松井田駅はスイッチバック式の大きくない駅だった。横川まで来た汽車は、アプト式電気機関車に取り換えるため、必ず横川駅で停車する。そういう関係で、横川駅で運行打ち切りも多い。だから、もし駅に乗客がごった返していたとしたら、松井田ではなくて、横川だろう。ところで、当時、警察署は、松井田駅から徒歩7分ぐらいのところにあったので、松井田駅周辺でもめごとがあり、それを近くの警察官が抑えた、程度のことではないだろうかと推察する。

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