本の紹介-アフガニスタン2021年12月19日

 
渡辺光一/著『アフガニスタン 戦乱の現代史』(2003/3)岩波新書
 
 2021年8月、アフガニスタンを軍事制圧していたアメリカ軍が撤退開始すると、米軍により擁立されていたアフガニスタン大統領アシュラフ・ガニ―は国外脱出し、米軍撤退完了と同時に、政権は崩壊した。この結果、タリバンの支配が復活した。
 
 本書は、アフガニスタン近現代政治史の一般向け説明書。米国軍事支配のときに出版された本なので、その後のタリバンの拡大・タリバン政権の復活については書かれていない。アフガニスタンの歴史を少しだけ聞きかじったNPOの関係者の執筆かと思ったら、本書の著者はNHKの記者だそうだ。記者が書く内容が、こんな程度のものなのか。ちょっと残念な気がする。
 
 本書は、第一章でアフガニスタンの自然を説明したあと、二章以下でアフガニスタンの政治史を各時代ごとに説明する。
 
 第二章はアフガニスタン国家の成立から王政時代。こういう政治権力がありました、というそれだけの記述。この時代のアフガニスタンは近代化が大きく遅れ、住民が貧困にあえぐ実態があった。本書には、民衆の視点がないので、次の時代や現在を考えるためのアフガニスタン近代史に対する知識が得られない。この時代のアフガニスタンの状況については、以下の本が参考になる。
 大野盛雄/著『アフガニスタンの農村から』(1971/9)岩波新書
 
 本書第三章は1973年に王政が廃止されてから、1989年のソ連撤退まで。
 ナジブラ政権はソ連撤退後も3年間続いたのだから、政権で分けるならば、1992年の退陣まで、あるいは1996年にタリバンが政権をとるまでを第三章にするのが妥当のように思うのだが。
 王政を廃止して共和制を打ち立てたのは、主にソ連で学んだ将校たちだった。アフガニスタンを近代化する必要性から、王政打倒は歴史の必然だったようにも思える。しかし、政権内部の対立から、この政権は安定しなかった。しかも、ソ連寄りであることを嫌ったアメリカはCIAを使って、イスラムゲリラを育成し、テロ行為などの凶悪犯罪を推し進め、アフガニスタンの不安定化を図った。1980年にカルマル政権の要請によりソ連軍が進攻し、アメリカCIAやパキスタン軍事政権の支援を受けたイスラムゲリラと戦闘になった。1989年、戦争終結の見込みがない中、ゴルバチョフはソ連軍をアフガニスタンから撤退した。
 本書では、この時期のアフガニスタンをソ連の侵略とそれに対抗するアフガン戦士と説明しているようだ。実際には、王政は制度疲労を起こしており、資本主義化を進めるか社会主義化を進めるかの選択だった。当時のアフガニスタンはソ連を後ろ盾に社会主義化を進めたが、これに対して、アメリカCIAやパキスタン軍事政権が不安定化を図ったものだった。本書にはそういう視点が欠落しているため、ソ連軍撤退後もナジブラ政権が3年にわたって政権を取り続けた理由が理解できない。
 
 本書第四章はソ連軍撤退からタリバン政権誕生を経て米軍が直接軍事介入するまでの期間。
 ソ連軍はブレジネフ政権の時、カルマル政権の要請でアフガニスタンに進行した。カルマルが肝臓病で死亡するとナジブラ政権に代わった。ソ連がゴルバチョフ政権になると、ソ連国内の経済悪化のためアフガニスタンからソ連軍を撤退させた。しかし、アフガニスタンでは、その後もナジブラ政権が継続した。しかし、ソ連が崩壊し援助がなくなるとナジブラ政権は崩壊し、イスラムゲリラの連合政権が誕生する。しかし、内戦が激化し、連合政権は崩壊し、タリバンが政権を握った。
 タリバンを含めイスラムゲリラはアメリカCIAとパキスタン軍事政権が、アフガニスタン不安定化のために作ったテロ集団であるため、イスラムゲリラの連合政権が機能することはなかった。
 本書は『アメリカ万歳・ソ連憎し』の立場で書かれているため、ソ連軍撤退後もナジブラ政権が続いた事実を説明できていない。また、タリバンが政権をとった理由も説明できていない。事実は単純なことで、アフガニスタンの社会主義化やナジブラ政権は、アフガニスタン国民の中で一定の支持を得ていたからに他ならない。また、タリバンが政権をとったのは、タリバンが国民の一定の支持を得ていたからに他ならない。では、なぜ、タリバンが住民の一定の支持を得ていたのか。「アメリカ万歳」の視点からは全くわからない。
 
 本書第五章は、アメリカ軍の直接介入とタリバン政権の崩壊。
 2001年9月11日、ビンラディンによる同時多発テロが起こると、アメリカは軍隊を派遣してアフガニスタンを攻撃しタリバン政権を崩壊させた。
 本書は、2003年の出版なので、アメリカ軍支配の初期状況が記載されている。
 本書の最後の方に以下の記述がある。
 
 『アフガン和平の到来は、確かにカブール市内の随所で、今までにない光景を生み出していた。何よりも私の眼に強く焼き付いた印象は、人々が今度こそ本当の平和が訪れそうだ、という期待感を持ち、厳しい生活条件にもかかわらず、明日への希望を持ち始めたことである。(P219)』
 
 その後のアフガニスタン情勢を見るならば、著者の見方が間違っているかわかるだろう。アメリカは軍事介入して、タリバンの活動地点を空爆し、住民もろとも殺害した。その結果、アフガニスタン住民はアメリカ軍を嫌悪し、タリバン復活の温床を作った。2021年にアメリカ軍が撤退すると、アメリカ軍の作った政権は1日にして崩壊した。ソ連撤退後もナジブラ政権が3年続いたのに比べ、あまりにもあっけない崩壊だった。ソ連軍の介入は、アフガニスタンの近代化のために社会主義を導入することだった。この介入には賛否両論があるだろうが、住民の一定の支持を得ていたことは確かだ。住民の支持が政権の延命につながった。それに対して、アメリカの軍事介入は、当初は社会主義化を阻止するために、アフガニスタンを不安定化することで、その後は、アメリカの軍産複合体が利益を上げるために、アフガニスタンを無差別攻撃することになった。こんなアメリカの政策がアフガニスタン住民の支持を得るはずもなく、アメリカ軍撤退後の政権崩壊は必定だった。
 
 本書は『アメリカ万歳・ソ連憎し』で書かれている。著者の立場はともかくとして、自己の主張を正当化するために、史実に目をつぶったり、史実を曲解しては、過去の歴史から未来を正しく予想することはできない。本書は、歴史ので誤った理解からは、正しい未来の予測は不可能であることを示す、典型的な内容に感じる。
 ただし、アフガニスタンの政権が時代とともにどのように変遷したのかを年表形式で理解するためには、役に立つ本です。

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