本の紹介-先送りのない日本へ2013年04月05日



新藤義孝/著 『先送りのない日本へ 私が領土・主権問題に取り組む理由』 (2012/11/30) ワニブックス

 自民党衆議院議員(現、総務大臣)新藤義孝氏の執筆。日本の領土問題、新藤代議士が領土問題にどのように取り組んでいるのか、なぜ取り組んでいるのか、そう言ったことが書かれている。竹島問題、尖閣問題が多く、両者に比べると、北方領土問題は、若干少ない。政治家の本なので、多分に宣伝的な面があり、我田引水的な解釈があることは、仕方ないだろう。その点は、差し引いて読まなくてはならない。
 とは言っても、ちょっと我田引水が多すぎではないだろうか。竹島や北方領土に大統領が上陸したのは、民主党政権時代だったが、それ以前に、軍備増強を続けていたのは、自民党政権時代だった。特に、北方領土では、小泉政権誕生によって、日ロ関係が希薄になった時に、ロシアは大規模開発に着手し、ロシア閣僚の北方領土入りは、この時代に相次いでいた。かつての、自民党政権時代の、北方領土・竹島問題対応を反省をしないならば、自民党に政権が戻った今、再び、同じことを繰り返されると言っても過言ではないだろう。自民党時代、60年間にわたって、北方領土・竹島は、実効支配を続けられていた事実を直視しなくては、今後の領土問題対応を見誤ることになるだろう。

 日本の領土問題を全く知らない人が、日本政府の主張を、ざっくり知ろうとするためには、本書の解説でも足りるかもしれないが、正確な知識を得ようとしている人には、正確さを欠く説明だ。

具体例として、竹島問題・尖閣問題でそれぞれ一件づつ記載する。
 日本は戦争に負け、アメリカを中心とした連合国軍に占領されました。その時、マッカーサーが暫定的に治めた行政区域を設定していて、そこにはジャパンとサウスコーリアを支配したとあります。その中でなぜか竹島はサウスコーリア部分に入っています。しかし、連合軍総司令部覚書によって、「この区域は連合国側の行政的便宜のための設定であり、領土問題とは何ら関係なく領土問題は『サンフランシスコ平和条約』で決める」ということが明記されています。
・・・ そして、「サンフランシスコ平和条約」を結ぶ時に日本の領土を確定することになりました。(P47)
新藤氏は、連合軍総司令部覚書を読んでいるのだろうか。新藤氏の記述を読むと、サンフランシスコ条約で、領土問題は解決しているように感じるだろう。しかし、実際には、連合軍総司令部覚書(SCAPIN677)には、次のように書かれており、「領土問題とは何ら関係なく」とも、サンフランシスコ条約などとも、書かれていない。

「この指令のいずれの条項も、ポツダム宣言第8条によって委託された諸小島の最終的決定に関する連合国の政策の徴候と解釈してはならない。」

 このように、連合軍総司令部覚書には、日本の領土をいつ、どのように決定するか書かれていない。サンフランシスコ条約では、台湾や樺太・千島などを日本が放棄することや、朝鮮の独立を認めることなどが定められているが、日本の領域を厳密に定めているわけでもない。実際、尖閣列島問題で、米国は支配権を日本に返還したのであって、領有権についてはノーコメントとの態度である。新藤氏の本の記述のように、サンフランシスコ条約で決めているのならば、米国は尖閣を日本の領土としなくてはならないだろう。領土の問題は、本来、紛争当事国間で決めるものであるので、サンフランシスコ条約に加入していない、中国・台湾・韓国・ロシアとの間の領土問題が、サンフランシスコ条約で決まっていると考えるのは無理がある。

尖閣問題の記述も、ちょっといただけない。
 (中国は)「尖閣諸島は戦争で日本に無理やり奪われてしまったものだ」と言い出すわけですが、本当にそうだとしたら、どうして米国による占領中や『サンフランシスコ平和条約』締結時に異議を唱えなかったのか?
 答えは簡単です。その段階では自分たちの領土だと考えていなかったからです。(P88)
 サンフランシスコ条約会議に、中華人民共和国・中華民国ともに、招かれていない。特に、中華人民共和国は、この時期、国際社会での発言力が乏しかったことは、中学生程度の歴史の理解でも、十分に、知られているはずのことなのだが。新藤氏は、史実とはおかまえなしに、短絡的に「自分たちの領土だと考えていなかったから」と判断してしまったのだろうか。
 ところで、新藤氏の考えるように、サンフランシスコ条約当時、中国が、尖閣を自分の領土と考えていなかったとしたら、中国には、領有主張の権利は無いのだろうか。同じことは、日本の北方領土問題にも当てはまる。サンフランシスコ条約締結国会で、日本政府は、放棄した千島に国後・択捉が含まれると、明確に答弁しているので、日本の領土と考えていなかったことは確かだ。しかし、現在、日本はロシアに対して領有主張をしているが、これは、不当なことと、新藤氏が考えているようには見受けられない。自分の利益だけに都合の良いダブルスタンダードは、政治屋さん得意の手法なので、特に驚くことではないが。


興味が持てる記述もある。
 実は1979年(昭和54年)、大平(正芳)内閣の時に、沖縄開発庁が「尖閣諸島調査」という調査を実施しています。何と仮設のヘリポートを作って、31名の調査団が11日間島に滞在して、今私が提案したような調査を、すでに一度やってきている。しかし、それ以降「尖閣諸島の問題はとりあえず棚上げにする」という政治合意のもと、尖閣諸島には誰も上陸さ せず、近づくことも制限するような状態が続いてきたのです。
 ただ、「尖閣諸島のことは棚上げしておこう」という政治合意を中国から実質的に破棄してきた以上、私たちが尖閣諸島を無人島のままにしておく必要はなくなりました。(P106)
 尖閣棚上げ論に対して、日本には「日中の合意」とする説と、「中国が一方的に言ったこと」とする説がある。外務省は、後者の、中国が一方的に言ったと、説明をしているが、新藤氏の本では、日中間の合意であったとしている。新藤氏の認識は正しい。新藤氏の考えに、外務省を従わせるだけの政治力を発揮してほしい。それが、こじれてしまった、日中関係を改善する手段ではないだろうか。
 新藤氏は「政治合意を中国から実質的に破棄」としているが、いったいどのような事実を言っているのだろう。中国政府は尖閣を支配していないので、棚上げ合意を破棄したくても、現実問題として、破棄できないのではないだろうか。軍事侵攻でもするならば別だが。もし、新藤氏の言うように、元々棚上げ合意があったのだとしたら、合意時点の状況に戻せばよいだけのことであり、簡単なことだ。日本は、国有化を止め、議員の上陸を謝罪すればよい。中国人も上陸しているが、こちらは、すでに、日本政府が処分しているので、解決済みだ。

 P33には、鬱陵島・竹島の周辺地図が記載されている。この地図では、竹島と鬱陵島の距離が84kmと書かれている。外務省のホームページには92kmと書かれている。新藤氏の本の記述は、正確な韓国側の知見を使っているのだろう。デタラメな外務省のホームページの地図は、新藤氏の本を見習って、正しく改定すべきだ。

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