本の紹介 放射能拡散予測システムSPEEDI なぜ活かされなかったか2013年04月02日



 佐藤康雄/著 『放射能拡散予測システムSPEEDI なぜ活かされなかったか』東洋書店 (2013/03)
 
 福島原発事故のとき、放射能拡散予測システムSPEEDIの計算結果は公表されなかったため、住民の避難誘導などに活用されることは無かった。本書は、SPEEDIの計算結果を直接活用すべきとの立場で、活用されなかったことを批判し、活用されなかった原因を解明している。
 SPEEDIとは、気象データと放射性物質放出データをもとに、大規模移流拡散方程式を解いて、放射性物質の分布を計算するシステム。現在の計算技術ならば、気象データと、放出データが正確ならば、実用的な精度で、計算できるだろう。しかし、実際には、放出データが分からなかったので、SPEEDIの計算結果の精度には、一定の限界があった。もちろん、そのような前提を理解した上で、住民が、安全のための行動をとることはできたので、住民が数値解析や放射能の影響について十分に詳しいならば、公表することは有益だったかもしれない。しかし、現実には、そのようなことに詳しい人は少ないので、計算結果の公表はメリットよりもデメリットの方が大きかったのではないだろうか。本書では、その点について触れられていない。

 文部科学省はSPEEDIの結果をもとに、汚染の範囲を予測していたようで、汚染の状況を測定して、17日夜以降、順次、インターネットで汚染の測定結果を公開している。実際の測定結果が得られているならば、計算による推定結果を公表する必要ない。
 17日には、実測結果がインターネットで公開され、18日には、枝野長官により「ただちに健康被害は無い」と説明され、屋内退避が勧告された。本書では、この事実に触れていない。「ただちに健康被害は無い」「屋内退避」が政府見解ならば、SPEEDIの結果が公表されていたとしても、同じ結論だったはずで、公表しても実態は同じだったのではないか。
 
 今回、原発事故での避難誘導が誤りだというならば、少なくとも17日以降は、実測データに基づいた避難誘導の適否を検討すべきであって、正確な実測値が公表された以降に、SPEEDIによる不確かな推定値が公表されなかったことは、全く、問題にならない。本書の著者は、文部科学省の実測データを当時見ていたのだろうか、疑問である。

 原発事故当時、私は、Blogに以下のようなことを書いていた。
http://cccpcamera.asablo.jp/blog/2011/03/18/5748247
http://cccpcamera.asablo.jp/blog/2011/03/18/5748478
http://cccpcamera.asablo.jp/blog/2011/03/19/5749284
http://cccpcamera.asablo.jp/blog/2011/03/21/5752730

 著者は、SPEEDIや数値解析に対して、誤解しているのではないかと思う。数値解析は、あくまでも、物理モデルに基づいた推定であって、物理現象を正確に反映したものではない。研究者の中には、SPEEDIとは異なったモデルで計算している人も多いので、一般には、それらの結果を総合的に判断することが、正確な判断を下すうえで重要であるにもかかわらず、著者はSPEEDIが特に優れたものであるかのような錯覚を持っているのではないだろうか。SPEEDIは所詮、推定モデルの一つにすぎないのだ。

注)私は、SPEEDIの開発に関与していませんので、SPEEDIの詳細は知りません。数値解析が専門なので、数値解析の一般論として、記載しました。

* * * * * *

<< 2013/04 >>
01 02 03 04 05 06
07 08 09 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30

RSS