本の紹介―GHQの検閲・諜報・宣伝工作2013年08月22日

 
GHQの検閲・諜報・宣伝工作 山本武利/著  (2013/7) 岩波現代全書

終戦直後の米軍占領時代、郵便・電話・新聞・雑誌など、幅広い検閲が行われた。検閲の中心は、GHQに雇用された日本人だったが、検閲に携わった日本人は、検閲の実態について、ほとんど黙していることなどもあって、検閲の解明は不十分である。
郵便検閲については、主に、郵便物を元に実態解明した成果が、裏田稔氏により出版されている。

本書は、米国公開公文書など幅広い資料をもとに、検閲・諜報工作の実態を明らかにしている。
検閲に携わった日本人は8000人を超え、その多くが郵便検閲だった。本書第2章が郵便検閲関連で、2.1節で、郵便検閲のフローが示されている。
第3・第4章は、活字メディア及び放送の検閲について。米軍の犯罪行為を国民の目から隠蔽して、親米意識を国民に植え付け、米国の同盟国としていった実態がうかがえる。
第5章は、検閲に対して、日本人がどのようにかかわり、また、どのような態度をとったかの説明。

著者の山本武利氏は、占領下の検閲研究の第一人者であり、本書は山本氏の研究の集大成ともいえるだろう。占領下の検閲を知るためには、欠かせない一冊だ。

本の紹介 - 領土問題から「国境画定問題」へ2013年08月24日


『領土問題から「国境画定問題」へ -紛争解決論の視点から考える尖閣・竹島・北方四島-』 名嘉憲夫/著 (2013/7) 明石選書

 日本が、尖閣・竹島を領土を編入したのは、日清戦争と日露戦争の最中だった。軍事力に勝る帝国が、隠密裏に編入したものだったが、両者は、国境地帯にあって、国境画定交渉がなされていない島だった。
 過去を振り返れば、江戸時代に、鬱陵島が日朝で係争になったときは、平和的交渉によって解決した。明治に、日清で琉球の帰属が係争になったときは、交渉で解決しようとしたが妥結せずに、日清戦争に突入、その結果、台湾と共に日本領であることが確定した。

 日本の領土問題である、北方領土・竹島・尖閣を、日本では、これらを固有の領土であると主張しているが、著者は、過去に平和裏に解決したときのように、国境画定問題として対処すべきと説いている。

 文献の引用箇所の情報が詳しく、領土問題を研究する上で、便利な本。
 「固有の領土か」「国境画定か」との問題に関連して、興味が持てた記述を紹介する。
 「当時の国際法によれば」という言葉を連発する人々の言う「国際法」とは、実際には19世紀の"文明国とされたヨーロッパの国の間でのルール"であり、"半文明国"や"野蛮国"とされた多くのアジアやアフリカ、オセアニアの国々には適用されないものであった。それは、ドイツのビスマルクが明治の遣欧使節に言ったとされる「ヨーロッパの国々は、自分たちに都合のいいときには国際法を持ち出し、そうでないときは武力を用いる」ことを正当化するようなものであった。  17世紀の幕府と朝鮮国は、欝陵島と松島の問題に関して、19世紀の西欧国家よりもずっと誠実で外交の基本を抑えた対応をしているといえる。
 以上をまとめると次のように言えるのではないだろうか。近世初頭の17世紀における日本の「領域」は、本州、四国、九州、北海道の一部で構成され、蝦夷や琉球は、朝鮮とともに「異国」であった。しかしながら、この日本型華夷秩序も中華型華夷秩序と同じで、支配者同士の身分的な臣従関係が基本であり、そうした臣従関係の及ぶ範囲が国同士の境界も作った。実際に物理的な周辺地のどこまでが「国境」かについては曖昧な面もあった。"地球上のすべての地表と河川・海域を国境線で区切る"という考えは、近代に出てきた発想である。
 蝦夷と琉球は、経済的にも文化的にも次第に「日本国」との関係を強めていき、その性格も幕末につれて変化していくのであるが、それでも近世初期に成立した幕府-松前藩-蝦夷地、幕府-薩摩-琉球という封建的な法的関係の基本的枠組みは維持されていた。この状態が、明治維新まで続いたのである。(P73)
 国際法学者の松井芳郎は、現在の尖閣問題の淵源を19世紀におけるヨーロッパ的国際秩序と異質の国際秩序である東アジア中華帝国秩序の齟齬に求める。松井によれば、中華帝国が支配する地域は、ヨーロッパ的国際秩序の意味における「領域」ではなく、「版図」であったという。「領域」は明確な境界"国境を持ち、その内側で政府による実効支配が行なわれるが、「版図」は皇帝の統治の恩恵に浴する者や集団が住む空間であり、明確な境界を持たない。日本政府が先占によって尖閣諸島を領有したと主張するとき、それはヨーロッパ的国際秩序の「領域」観を前提にして、そこがどの国の実効支配も及ばない「無主地」であったとの理解に立っている。一方、中国政府は、当時尖閣諸島はすでに中国領だったのであるから先占を言う必要もないと主張する。その根拠として、近世を通じて中国から琉球王国に派遣された冊封使節が尖閣諸島を航路標識としたこと、明の時代に倭冠に対して設けられた沿岸防衛区域に尖閣諸島が含まれていたこと、中国漁民が荒天時に避難場所として利用したことなどを挙げる。このような事実は、ヨーロッパ的国際秩序における実効支配には当たらないが、華夷秩序において尖閣諸島が中国の「版図」であったという理解を正当化することはできる。尖閣紛争は、こういった意味で「国際秩序観」の衝突でもあるという。(P94)
  注)参考文献:松井芳郎「国際法から世界を見る」(東信堂 2001) pp15,16
 古代の律令国家の成立時と同じように、もし1868年を近代日本国家の成立時と考えるならば、この時点での日本国の国境が近代日本の"元々の国境"ということになる。"元々の国境"があれば、その内側が"元々の領土"であろう。もし「近代日本国家の固有の領土」という言葉を使いたいのであれば、1868年時点での領土がそうであるということになろう。(P104)
 芹田(芹田健太郎)は、国際法上「先占」が有効になるのは、国家が領有の意思を持って実効的支配をする場合であるとする。芹田によると、領有意思は、当該地域を国家の版図に編入する旨の宣言、立法または行政上の措置、他国への通告によって示される。通告はなされていなくとも、それ以外の手段で領有意思が表明されておれば十分であるとする。ところが、芹田は、「尖閣諸島の領域編入は、日本のその他の島嶼の領域編入の際に用いられた「通告」とか、「告示」とかの形式……がとられておらず、また標杭が建てられた事実も確認されていないので、不正規なものである」とする批判には反対する。相手国との関係で、「編入手続き」がどれだけ"適切か"、少なくとも紛争を引き起こさない程度に適切であったかの議論をしているはずが、芹田はそれには答えないで、いきなり占拠後の「実効支配」の論理を持ち出す。そして「尖閣諸島に対する日本の実効支配は明らかであるが、そのほとんどは日本が台湾の割譲を受けた後の台湾統治時代のものである」と指摘する。そのように述べたすぐ後で「そのため、中国からの抗議はないものの、無主地先占をした島嶼に対する支配なのか、割譲された地域に含まれる島嶼に対する支配なのか、必ずしも分明にすることができないかもしれない」と述べている。こうした議論には首を傾げざるをえない。(P182)

本 中国が耳をふさぐ尖閣諸島の不都合な真実2013年08月25日


中国が耳をふさぐ尖閣諸島の不都合な真実 石垣市長が綴る日本外交の在るべき姿
中山義隆/著 ワニブックス (2012/12/21)

 本のタイトルは「中国が耳をふさぐ尖閣諸島の不都合な真実」となっているので、中国に不都合な真実が書かれているのかと思ったら、そうではなくて、これまで、日本政府が主張していることの焼き直しが多く、特に新味のある研究成果があるわけではない。

 嘘をついて、市民を扇動するだけの本のようにも見える。P72に以下の記述がある。
 中国や台湾の主張に対しては、「尖閣諸島は日本の領土であると『日清講和条約』でも『サンフランシスコ講和条約』でも明確に記されている」という反論だけで十分に論破が可能でしょう。
 著者は「明確に記されている」と書いているが、日清講和条約・サンフランシスコ講和条約のどこにも「尖閣諸島は日本の領土である」とは記されていない。
 ただし、サンフランシスコ講和条約では、尖閣には触れられていないので、尖閣は日本に残される領土であるとの解釈する人もいる。著者は、このような解釈を聞いて、「明確に記されている」と誤解したのかもしれない。もし、そうだとすると、条約原文を読む能力がなかったのだろうか。
 著者の経歴を見ると、近畿大学経営学科卒であり、ここの駿台予備校偏差値は47程度なので、勉強は出来なかったのだろう。石垣市は、もう少し、能力のある人に頼んで、尖閣問題を研究したほうが良い。

 領土問題は外交問題なので、本来は国家の問題であるが、学者が歴史研究や政策提言することもある。本書は、このような立場ではなくて、地元の市長による記述。市長には外交権限はないので、領土問題は無関係のようにも思えるが、実際には、そうではなくて、領土問題によって、地元に国の金を取ってくることが可能になるので、地方や個人の私利私欲のために、領土問題は有効に活用できるものである。このような観点から見ると、地元にとって、尖閣問題は、国民に中国脅威を訴えることなのだろう。本書には、このような視点を感じる。しかし、地元民でない者にとって、地元利益の視点は重要ではないので、本書には、魅力を感じられない。

 著者は、饒舌な政治家なのだろうか。文章は、分かりやすい。特に、尖閣や歴史知識が乏しい人に、訴える効果が大きいように感じる。尖閣問題に対しては、日本政府のパンフレットやホームページが無料で入手できるが、これらのものは、理解が難しい人もいるだろう。このような人でも、本書ならば、それなりに理解可能かもしれないので、低俗漫画しか読んだことがない人が、それを超える知識を得ようとしたときに、本書を読むことは、一定の価値があると思う。

本の紹介 - アイヌの沈黙交易2013年08月28日

 
『アイヌの沈黙交易  奇習をめぐる北東アジアと日本』瀬川拓郎/著 新典社 (2013/5)(新典社新書61)

 同じ著者の『コロポックルとはだれか 中世の千島列島とアイヌ伝説』の関連図書。
 千島アイヌと、北海道アイヌとの間に行われていた交易は『沈黙交易』だった。本書では、沈黙交易がどのようなものだったか、なぜ、このような交易形態になったのか、その背後にある、穢れ祓いの説明がなされている。

 千島はロシア領になったり、日本領になったりと、そこに住むアイヌを無視する形で領有関係が変化した。そうしたなかで、千島アイヌは滅んでしまった。千島アイヌに思いを馳せると、北方領土の領有権争いが、「さもしいこと」に感じる。

本の紹介 - 日本の国土と国境2013年08月30日

 
日本の国土と国境 吹浦忠正/監 (2013/7) 出窓社

 日本の国境を形成している離島の説明。このような島々は、領土問題となっている、北方領土・竹島・尖閣以外にも、利尻・佐渡・奄美大島・沖縄本島・小笠原など、たくさんあるので、それぞれの島の説明は少ない。なお、伊豆七島の説明はない。

 国境の島々の説明のほかに、国境とはどういうものであるかの説明と、日本の国土が現在のようになった歴史の説明がある。

 日本の国境と国土について、概略を書いた本なので、詳しい内容はないが、小学生の夏休みの自由研究には使えるかもしれない。

本の紹介―「対米従属」という宿痾2013年08月31日


「対米従属」という宿痾  鳩山由紀夫、孫崎享、植草一秀/著  (2013/6) 飛鳥新社

 人気の高い本なので、今更、私が紹介するまでもないと思うけれど、自分へのメモ書きの意味も含めて書いておきます。

 安倍政権に警鐘を鳴らす3氏の対談。内容は、鳩山政権・対米姿勢・領土問題・アベノミクスなどについて。

 鳩山政権は普天間基地移設で迷走した揚句に崩壊した。この件について、鳩山氏自身、政権運営が未熟だったと語っているが、このような評価で果たして良いのだろうか。未熟は間違いないのだが、未熟でなければ、普天間の県外移設は可能だったのか、そういうことへの言及がないので、失敗に対する無責任な反省会のような感じがする。
 対米姿勢・領土問題・アベノミクスについては、評論としては、同意できる。しかし、対談のためか、あまり目新しい内容があるわけではない。

 戦後、日本の領土をどうするのかは、カイロ宣言・ポツダム宣言・降伏文書・サンフランシスコ条約が関係している。孫崎氏の以下の見解は、重要な指摘であり、日本の領土問題を考える上で、無視することは出来ない。ポツダム宣言第8条の「and」の解釈が関係する。
 日本の領土問題については、一番初めのところに、日本の敗戦を決めたポツダム宣言の受諾という事実があります。日本が受け入れたこのポツダム宣言では、日本の領土は三つの軸によって定義されています。一つは、日本の領土は北海道、本州、四国、九州の四島であること。二つ目は、その他の島々については、連合国が決定したものが、日本の領土であるということ。三つ目が、これが尖閣諸島の領有権に関係してくるのですが、新たに決める日本の領土についてはカイロ宣言を遵守するというものです。(P117)

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