日本の麻薬密売と済南事件2018年08月06日

 中国に進出した日本人が中国人強盗団の犠牲になった事件として、1937年7月29日の通州事件は、日本の傀儡政権の保安隊員が起こしたものであったにもかかわらず、日本政府は日本人の敵愾心をあおるのに利用した。最近は、実情も背景も知らずに、当時の日本政府の宣伝のままに主張するネット右翼らが散見される。
 通州事件と同様に、日本人が中国人の強盗殺人の犠牲となった事件に済南事件がある。「済南事件」とは、山川出版の高校教科書・詳説日本史など多くの日本史書では第2次山東出兵で起こった日本軍と中国国民党軍との衝突のことを言う。しかし、それに先立って、中国人土賊が日本人に強盗殺人を図った事件のことをいう場合もある。後者は日本史にとってさして重要ではないが、一部のネット右翼らは、中国人に対する敵愾心をあおるために利用できると考えているようだ。この「済南事件」の犠牲者も通州事件同様に阿片・麻薬の密売人だった。通州事件の犠牲者は日本政府の麻薬密売政策に従った面があるが、済南事件の犠牲者は、日本政府の引き上げ勧告を無視して、現場にとどまり麻薬密売で金もうけを図ろうとしていた人たちだった。  
 倉橋正直の著書には、この点にも触れられている。
  
倉橋正直/著『日本の阿片戦略』2005.11 共栄書房 P140-141
  
「十数年前には北清方面に於て、有名な日本人モヒ密売店乱入事件を起し、又、満州及び天津、済南等は巨額の毒物を輸入してゐる事実、昨年の済南事件に於て虐殺せられたる者は殆どがモヒ丸密造者であった。
又、山西省石家荘事件、保定府密売日本人銃殺事件、一昨冬、大連に於ける液体モヒ事件、或は熱河、ハルビン、大連等のモヒ製造工場事件、某製薬会社の山東省阿片専売事件等は委く国際的に知られて居る顕著なる事実である。其他、薬業者のみにても、数知れぬ密輸事件を惹起して常に暗い影を投げてゐる」(菊地酉治「支那阿片問題の一考察」、『支那』、二〇巻一二号、1929年12月、61頁)
  
ここで、菊地酉治は、およそ一〇件にのぼる事件の、ほとんどその名前をあげているだけであって、残念ながら、これらの事件の詳しい内容にまで立ち入って紹介してはいない。本当は、こういった事件の一つひとつを丁寧に調べてゆかねばならない。そうすることによって、この問題に関する、当時の日本側の対応ぶりが鮮やかに浮かびあがってくるのではあるまいか。私自身の今後の課題としたい。
なお、菊地酉治のあげている事件の中で興味があるのは、済南事件(一九二八年)に関する一節である。軍人として、たまたま、同事件に際会した佐々木到一も、次のように同趣旨のことを述べているからである。すなわち、
  
「それを聞かずして居残った邦人に対して残虐の手を加え、その老壮男女十六人が惨死体となってあらわれたのである。(中略)わが軍の激昂はその極に達した。これでは、もはや、容赦はならないのである。もっとも、右の遭難者は、わが方から言えば引揚げの勧告を無視して現場に止まったものであって、その多くが、モヒ、ヘロインの密売者であり、惨殺は土民の手で行われたものと思われる節が多かったのである。」(佐々木到一『ある軍人の自伝』、1963年、普通社、181頁)
  
 二つの史料は、済南事件で「虐殺せられたる者は殆どモヒ丸密造者」であったことを一致して指摘している。おそらく、当時においては、このことは、世間にかなり広く知られていたのではなかろうか。

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