本の紹介―新宗教の本 霊能の秘儀と巨大教団の系譜2019年02月01日

ムック『新宗教の本 霊能の秘儀と巨大教団の系譜』 学研プラス (2008/12)

 最初に、宗教学者・島田裕巳による新宗教の概説の後に、いくつかの新宗教の教祖・教義・実践などについて解説している。本書のタイトルに「霊能の秘儀」とあり、実際に真如苑の接心などにも触れられているが、数ページとごくわずか。霊能の秘儀以外の修業にも触れられているが、こちらもページ数は少ない。真如苑の接心のカラー写真がある。このような写真はあまりないので貴重だ。 
 新宗教は真光系や霊友会系など分裂を繰り返すものも多い。これらに対する詳細な系統図が載っており便利だ。

安価な双眼鏡2019年02月03日

  
SVBONY SV-21 双眼鏡 ¥4250 を購入しました。ニコンの双眼鏡ならば10倍近くするだろう。
SVBONYの双眼鏡は周辺部の像は乱れているけれど、かなり広範囲にわたってシャープに見えます。値段のわりにはすぐれた双眼鏡。
   
カタログスペック
•倍率:10x
•対物レンズの直径:42mm
•フォーカスシステム:中心
•アイカップ:ツイストアップ
•プリズムタイプ:BK-7
•レンズコーティング:多層膜コーディング
•明るさ:17.6
•アイレリーフ:0.54in / 13.6mm
•射出憧径 :4.2mm
•明るさ:17.6
•視野:5.8
•1000m先の視界:101m/1000 M
•三脚取り付けホルダーは装置できます
•防水:いいえ
•防霧:いいえ
•最短焦点距離:13.12ft / 4m
  
アイレリーフがあと2㎜長ければよかったのだけど。この長さだと、私の場合は眼鏡使用のとき、微妙にけられます。

熱川バナナワニ園2019年02月04日

 先週の日曜日、伊豆熱川のバナナワニ園に行きました。

 ソテツ温室はジャングル状態。これでは枯死もでるだろう。狭いスペースで、多種生育しているのだから仕方なのかもしれないけれど、それにしても込みすぎ。
    
ソテツは人気ないから、狭くても仕方ないのかな。
人気者は、レッサーパンダ。
    
ワニも変わらぬ人気かな。 
   
 本園のCycas_micholitziiは葉が出ていた。このソテツ、小葉が2分裂する珍しいタイプです。
    
まだ、一月だったのに、桜が咲いていました。

建国記念日の由来・・・数学ができないくせに知ったかぶりする人2019年02月05日

 建国記念日が2月11日と定められているのは、戦前はこの日が「紀元節」だったためです。2月11日が紀元節と定められたのは、数学ができないくせに知ったかぶりをしたおバカさんの浅慮が原因でしょう。
    
 日本書紀に「辛酉年春正月庚辰朔 天皇即帝位於橿原宮」とあるので、神話では、神武天皇の即位は「辛酉の年の正月」「庚辰の日」「朔日(新月)」になる。日本書紀で、神武天皇の即位を「辛酉年」としているのは、中国で辛酉年に革命がおこるとの説があったためであり、史実と考えるには無理がある。

 年には干支が付けられていて、2019年は「己亥」に該当し、60年で元に戻る。紀元前660年は2041年と同じ「辛酉」になる。
 日にも同じく干支が付けられていて、これも60日で元に戻る。2019年2月12日は「庚辰」に当たるが、これよりも978120日前も同じく「庚辰」である。2019年2月12日の978120日前は、ユリウス暦で紀元前660年2月18日、グレゴリオ暦で紀元前660年2月11日になる。
 2019年2月5日は新月で、グレゴリオ暦で紀元前660年2月11日からは978113日後に相当する。新月から次の新月までの周期は29.53059日なので、紀元前660年2月11日も新月で、この間、新月を33122回繰り返したことがわかる。    
 このため、明治6年、グレゴリオ暦の紀元前660年2月11日が神武天皇が即位した日であるとして、この日を紀元節と定めた。
 
 なお、辛酉年で立春ごろの庚辰日が新月の日は、西暦121年2月4日、西暦421年1月20日、1501年2月28日、2581年2月5日がある。ただし、西暦421年1月20日が厳密に新月かどうかはちょっと微妙。
 また、辛酉年でなくても良いとすると、20世紀以降で立春のころの新月が庚辰日になるのは、1904/2/16、2023/1/22、2028/2/25などがある。
  
 このように、計算の遊びとして、神話における神武天皇即位の日付を紀元前660年2月11日と特定することは可能だ。こういう遊びが好きな人には興味が持てるかもしれないが、真実の解明にはならない。歴史学の常識では、大和朝廷成立は3~4世紀ごろなので、神武天皇の即位が紀元前660年2月11日とすることは、史実を無視したデタラメと言うほかない。
 
 歴史の記述に限らず、物理の計測でも、一定の誤差が入るのは当然のことだ。条件に多少の誤差があっても、結論に大きな違いがないときは問題ないが、条件の誤差が結果に拡大されるような手法をとってはならない。
 日本書紀では「辛酉の年の正月」「庚辰の日」「朔日(新月)」とあるが、「庚辰の日」が1日前の「己卯の日」だとしたら、神武天皇の即位日は紀元前330年1月28日になる。このように、日本書紀の記述から即位日を推定する方法は、一日の違いが330年の違いになり、誤差が大きく拡大する手法であることがわかる。
  
 では、誤差が拡大しない手法と、誤差が拡大する手法にはどのような違いがあるのだろうか。一例として、以下の問題を考えてみよう。
  
問1 次の連立方程式を解け
  
(1) 23x-45y=0
   x-2y=1
  
(2)  23x-47y=0
   x-2y=1
  
問2 次の連立方程式を解け(解が整数でないときは四捨五入して小数点以下2桁まで求めること)
  
(1) 23x-45y=0
   2x-y=1
  
(2) 23x-47y=0
   2x-y=1
  
問3 問2の(1)(2)の解の大きさはあまり違いがないのに、問1の(1)(2)の解が大きく異なる理由を示せ。
  
  
解答:
問1(1) x=-45,y=-23
問1(2) x=47,y=23
問2(1) x=0.67,y=0.34
問2(2) x=0.66,y=0.32
問3の解答例
 問1(1)の2つの一次式をグラフに書くと、平行に近い直線になる。平行に近い2つの直線は、傾きが少し違うと、交点の位置は大きく異なる。このため、問1では(1)(2)の解が大きく異なった。
 これに対して、問2の(1)(2)の2つの一次式をグラフに書くと、平行からは遠い。このため、傾きが多少異なっても、交点の位置の違いは少ない。このため、問2では(1)(2)の解はあまり異ならない。
  
  
 数学が苦手な生徒諸君は、試験前に公式を覚えて、公式に数値をぶち込んで解答を出すことが数学のすべてだろう。日本書紀の記述から神武天皇即位が紀元前660年2月11日とした計算も、誤差が拡大するかどうかの考慮無しに、単に暦と月の周期を当てはめたに過ぎない。数学ができないくせに知ったかぶりをする者が陥りやすい落とし穴だ。
   
   
 今日、2月5日は旧正月。

興味が持てない本―北方領土秘録2019年02月06日

   
数多久遠/著『北方領土秘録 外交という名の戦場』 祥伝社 (2018/12)
   
 全く興味がわかなかったが、本のタイトルを書き留めておく。
 単なるフィクション。ただし、事実を織り込んでいるので、北方領土問題や、ロシアについて詳しくない人だと、本当のような気がするかも知れない。

本の紹介ーアイヌ伝承と砦2019年02月09日


宇田川洋/著『アイヌ伝承と砦』 (北の教養選書〈3〉) 北海道出版企画センター (1981/8)

北海道には各地にチャシと言われるアイヌの砦(あるいは城跡)が点在している。
本書は、200近いチャシにまつわる伝承をまとめたもの。出典が記載されているので、今後の研究の参考になるだろう。でも、私には、あまり興味が持てなかった。

2005/12、北海道出版企画センターから増補改訂版『アイヌ伝承と砦 〔北方新書7〕』が出版された。

本の紹介ー神社本庁とは何か2019年02月11日


小川寛大/著『神社本庁とは何か 「安倍政権の黒幕」と呼ばれて』ケイアンドケイプレス (2018/12)

 安倍政権に大きな影響を持っている「日本会議」の主要構成メンバーの一つが「神社本庁」である。神社本庁とは、全国の神社を束ねる包括宗教法人であるため、政治への影響力も大きい気がする。また、安倍政権の極端な戦前回帰傾向は神社本庁の戦前回帰傾向とも一致している。
 本書では、神社本庁の実態を説明し、国政への影響力が大きいとは言えないことを解明している。
 日本人の多くが初詣などで神社にお参りするので、そのような意味では神道の信者であると言えるが、だからと言って、多くの国民が、神社の号令一下、安倍政権の支持者になるということもない。そういった観点から考えれば、本書の指摘はもっともである。しかし、多くの日本人は政治に無関心で、知識も乏しく、学習意欲もないのだから、そういった日本人に付け込む可能性があるので、神社本庁の戦前回帰意欲には警戒が必要だろう。

 ところで、神社本庁の戦前回帰の目的はなにか。本書P141,142に興味深い記述がある。要するに、神社本庁幹部の私利私欲が目的なのだろう。
 現在の神社界は、多くの貧乏神社の上に一部の金持ち神社が君臨する、超格差社会である。そして実はこういう利権じみた部分については、神社本庁は日ごろの「戦前志向」をまるで放棄しているのだ。どういうことかと言うと、大日本帝国は神社の宮司の世襲を禁止していたのだが、戦後は再び社家(宮司を世襲で継承してきた家柄)が復帰して、また神社を一族で運営しているというケースが多い。それどころか、もともと社家ではなかった人が、第二次世界大戦の敗戦時にたまたま宮司をしていた神社を自分の息子に継承させ、社家化した例もある(「新社家」と呼ぶ)。神社本庁が本当に戦前の状況を一つの理想としているのであれば、現代においても宮司の世襲は禁止してしかるべきだ。しかしそのような機運は現状ほとんど見られず、「金持ち神社の社家に生まれた子供はずっと金持ち、貧乏神社の社家に生まれた予供はずっと貧乏」という神社界の格差構造がほぼ固定化されてしまっている。
 そして厳しく直言すれば、こうした神道の歴史の中から都合のいい「いいとこ取り」をしているような状況が、いまの神社界に「闇」をもたらしている側面があるとも感じられるのだ。戦前にはなかった巨大.富裕神社を世襲化させる基盤を確保した上で、戦前にそうしたごく一部の神社のみに存在した国家権力との関係や特権を「取り戻そう」としている。そういう外部からの人材が入り込めない閉じた特権階級サークルの中では、当然のように近親憎悪的な醜い派閥争いが発生することになる。それがいま、神社本庁およびその周辺で起こっている各種の人事紛争や不正疑惑なのではないのか。意識的にせよ無意識的にせよ、神社本庁が「戦前回帰」で目指す地点がこういうところにあるのだとしたら、それは神々に対しても氏子・崇敬者たちに対しても、あまりに申し訳ない姿だと言わざるをえない。(P141,P142)

本の紹介-歴史修正主義とサブカルチャー2019年02月18日

   
倉橋耕平/著『歴史修正主義とサブカルチャー』 青弓社 (2018/27)
  
 本書は歴史修正主義が社会に蔓延している原因を情報社会学の立場から解明している。歴史修正主義の内容や、主張が非科学的であることに対しては、本書の主テーマではない。本書は一般に対する啓蒙書ではなくて学術書。このため、著述内容も厳密で参考文献も豊富。記述内容が高度であるため、漫画しか読んだことがないようなネット右翼の人たちには理解困難だろう。
 
 1970年代ごろから、南京大虐殺は無かったとする主張があった。「南京大虐殺は無かった」「被害者は少ない」との主張をする人は、神主・漫画家・作家・右翼機関紙編集者などが多く、「南京大虐殺はあった」とする人は、歴史学者(大学教授)・大手新聞の記者などが多いことが不思議だった。学者で「南京大虐殺は無かった」に近い主張をしている亜細亜大学の東中野氏の研究は、東京地裁判決で「とうてい学術研究に値しない」と厳しい批判を受けていた。
  
 歴史修正主義について、本書では次の指摘をしている。「学問のフィールドでは教官も評価も得ていない」「学術出版も距離を置いている」「歴史修正主義と親和性が高いのは、ビジネス系の自己啓発書・保守論壇誌・週刊誌・漫画などの商業出版とインターネット」であり(P13)、また、歴史修正主義の論客たちは「論じる対象に対する学問的裏付けに精通していない」「専門的な取材を独自に継続している専門家ではない」(P58)。
 
 本書の指摘で、なるほどと思ったのは、第2章の「歴史をディベートする」である。歴史修正主義者たちは、まともな歴史学研究成果とインチキな思い込みを同じ俎上に置くことによって、自分たちのでたらめ主張が歴史学の研究成果と同等なものであるかのように装う。この手段として、ディベートを使っている。
 本来、歴史学は科学なのだから、ディベートになじまないのは当然のことなのに、歴史修正主義では、知的活動などは眼中になく、ただ、相手を言いくるめることにのみ注力される。
  
 本書を読むと、歴史修正主義者たちの低レベルな歴史ねつ造活動が、日本社会に受け入れられた理由の一端がわかる。

天皇は謝罪せよ2019年02月19日

 
 韓国議会議長が天皇の謝罪を求めている問題が話題となっている。
 
 これに関して、日本では、日韓請求権協定で解決済みとの、頓珍漢な見解がある。日韓請求権協定は法的問題に対する条約なので、道義的問題は含まれていない。謝罪とは道義的な問題だ。
 
 シベリア抑留では日本軍兵士は苦難を被ったが、日ソ共同宣言により両国の請求権は消滅した。ロシアのエリツイン大統領はシベリア抑留をロシア国家元首として正式に謝罪したことがある。請求権は消滅していたが、道義的な問題として謝罪したものだった。謝罪をしたのは、大統領の高い道徳性によるものである。
 ドイツのフォン・ヴァイツゼッカ―大統領は政治的実権を持たない大統領だったが、彼の高い精神性を発揮した演説「荒れ野の40年」は、ドイツの過去の歴史への反省と謝罪だった。
 
 結局、過去への謝罪をするか否かは、国家元首の道徳性の問題だ。日本の天皇に、高い道徳性を求めるのは酷な話なのかな。

本の紹介―大乗仏教2019年02月20日

佐々木閑/著 『大乗仏教 ブッダの教えはどこへ向かうのか』 NHK出版 (2019/1)

 京都大学工学部出身の仏教学者による大乗仏教の解説書。青年と講師の対談の形で記述されている。
 大乗仏教は釈迦の教えとはかなり異なっていることや、大乗仏教の中にはいろいろな宗派があり、教えも大きく異なっている理由が理解できる。本書は、一般の読者を対象としたもので、文章も平易で、仏教や宗教の特別な知識なく容易に読み進めることができる。

 本書第1章では、釈迦の仏教がどのような理由で大乗仏教へ変質したのかを説明する。そのあと、第2章以下、般若経・法華経・浄土教・華厳教・密教と大乗仏教の主要な宗派についてその起こりや宗旨を簡単に説明する。最後に、大乗涅槃経の教えがヒンズー教に近いことを説明し、インドで仏教がほぼ消滅した理由を説明している。

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