根室旅行2008年10月06日

2泊3日で根室近辺の旅行をしてました。

10月3日:
 中標津空港から、最初に、「上武佐ハリストス正教会」にちょっとだけ立ち寄りました。中を見学したいとも思ったのですが、信者でもないのに、野次馬的見学は感心しないので、庭で一礼しただけで、退散しました。
 それから、標津町の北方領土館へ。客は誰もいなかったのですが、私が行くと、係りの人が電気をつけてくれました。
 次に、別海町の北方領土展望台へ。この建物、1階は道の駅で、2階は北方領土資料展示館、3階は展望室になっています。私が行った時、駐車場に他の車もありましたが、外の自販機を利用しただけのようで、建物の中に客はいませんでした(道の駅の売店を含めて)。
 その後、野付半島の砂嘴へ。国後島が良く見えます。会津藩士の墓か何かを見ました。大きな碑がたっていました。暗くなってから、ホテルへ。

10月4日:
 再び、野付半島の砂嘴へ。ホテルに戻って朝食。
 根室に移動して、ニ・ホ・ロ(北方四島交流センター)へ。立派な建物で、職員や掃除の人が何人もいましたが、客は誰もいませんでした。でも、外の広場は、運動会のテントの設営の人が何人か仕事をしていました。
 次に、花咲の郷土資料館へ。係りの人が一人いました。
 続いて、納沙布岬へ。昼食。
 昼食後、北方館・望郷の家に入ると、1Fに観光客が結構いました。流行っているなーと思ってよく見ると、皆さんトイレを利用しているだけでした。2Fの展示スペースに行くと、誰もいませんでした。でも、しばらく展示を見ていたら、おじさんが一人来ました。私の他にも北方領土関連の展示を見る人がいるー。すごーい。
 納沙布岬には北方領土返還を主張する碑が幾つも建っています。その多くは、右翼団体が立てたもの。建立の日付も神武天皇皇紀で記載されているものがあり、そんなのいつのことか分らないよー、と言いたくなります。それから、納沙布岬には笹川が作った大きな塔が建っていますが、ここには入りませんでした(有料なので)。
 クナシリメナシの戦いで殺害された和人の立派な慰霊碑が納沙布岬に建っています。この碑のレプリカがニ・ホ・ロに展示してありました。ノッカマップに移動して、クナシリメナシの戦いで殺害されたアイヌの慰霊式(ノッカマップ・イチャルパ)の場所を見たかったのですが、分りませんでした。「殺害されたアイヌに記念碑はない。茫々たる岡が粗末な墓標だ。」それから、ノッカマップにはチャシ跡(アイヌの遺跡)があるので、見たかったのだけれど、道が笹に覆われて不明になっていたので、行けませんでした。
 根室市内で高田屋嘉兵衛の銅像を見学した後、市庁舎隣の公園でラックスマン来航記念碑を探しました。わからないー。

10月5日:
 納沙布岬で日の出を見たかったのですが、寝坊。ふたたび、ラックスマン来航記念碑を探しに、公園へ。公園中央の大きなモニュメントがそれでした。説明が小さくて見落としていました。日の出には間に合わないけれど、再び納沙布岬へ。ここにも、チャシ跡があるので、雑草を掻き分けて、標柱が立っているところまで行きました。
 その後、納沙布を後にして、標津町ポー川史跡自然公園へ(有料310円)。カリカリウス遺跡には、アイヌの住居が復元されていました。また、資料室には石器や擦文土器が展示されていました。知識が無いので、縄文土器との違いが分らないのですが。
 その後、再び中標津空港から帰宅。

 北方領土問題関連施設は、結構な金をかけているようだけれど、客がいない。和人の業績・苦労をたたえる碑はあるが、アイヌの歴史は無視ないし軽視されている。
 それから、かつて、反ソ感情を子供達に植え付ける教育が行われていたそうですが、今では、そういうことは少なくなっているようです。根室近辺ではロシアの存在を無視して、経済を成り立たせることが困難になっているのだと思います。

 旅行中に撮った写真など、これから紹介してゆきます。

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