トムラウシ山遭難考(21)-まとめ4 ― 2010年07月29日
2009年7月16日、トムラウシ山で高齢者ツアー登山の大量遭難事故があった。登山客15人、ツアースタッフ3人のパーティーのうち8人が低体温症で凍死した未曽有の大惨事だった。
トムラウシ山遭難事故調査特別委員会よる「トムラウシ山遭難事故調査報告書」が、今年の3月初めに作成・公開されている(http://www.jfmga.com/pdf/tomuraushiyamareport.pdf) 。
報告書では『本遭難事故は、一義的にはリーダーをはじめガイド・スタッフの判断ミスによる「気象遭難」と言えるだろう』としているが、実際には、気象条件だけではなく、着衣の状態や体力・登山技術が密接に関係している。報告書は「強風を最大の要因」としたため、ガイドの責任を強調し、ガイドの対応が考察の中心になっている。実際には、旅行会社・登山客の問題も考慮しなくてはならないが、報告書の考察では、これらは2次的である。
報告書には、旅行会社・登山客の問題が十分に検討されていないという問題はあるが、ガイドの問題は詳しく検討されている。
以下、報告書の記述を中心にガイドの対応と、遭難防止のためのガイド対策を考えてみたい。
1.天候判断
ガイドや添乗員は天候判断をして行動を決定する必要がある。悪天候で危険な場合は小屋やテントにとどまらなくてはならない。また、途中、行動不能な悪天候に見舞われた場合は、ビバークするなり、戻るなどして安全を確保しなくてはならない。
ここまでは、誰も異存はないだろう。しかし、こう言ったらどうだろうか。
『天候が悪いかどうかの基準はないので、結果的に遭難した場合は「ガイドは行動すべきではなかった」とガイドの責任を追及し、行動しなかった場合は「ガイドは行動すべきだった」と後からガイドを批判する。』
天候判断の基準を設けることなく『天候判断して行動を決定する』としたら、事故時の責任転嫁の言い逃れにしかならない。
天候判断は必要なので、行動を中止すべき天候の基準をマニュアル化すべきであり、ツアー登山事故をなくすためには、ツアー登山ガイド行動指針マニュアルを作成・整備しなくてはならない。
報告書では、風速20m/sを低体温症に至った主要因としている。もし、この報告書が正しいならば、安全を考えて、風速15m/s以上の場合、ツアー登山は行動してはならない。すなわち、ツアー登山ガイド行動指針マニュアルには、『風速15m/s以上の強風のときは行動してはならない』と明記する必要がある。
この記述がシニカルであると感じた人も多いでしょう。山で風速15m/s以上は珍しいことではないので、「風速15m/s以上の強風のときは行動してはならない」のならば、実質的にツアー登山禁止に近いことになります。
2.参加者の健康チェック
報告書には『ガイドや添乗員は参加者の体調や体力、精神状態などの詳しいチェックの必要がある』『日々のルーティンとして、参加者のコンディション(経験、体力、疲労度、体調など)をどれだけ把握していたか』と、参加者の健康チェックの必要性が説かれている。
口先の言葉では、この点に異存はないだろう。しかし『健康状態の詳細なチェック』とは具体的に何をするのか、報告書には書かれていない。そもそも、健康状態の詳細なチェックは医師による健康診断以外に不可能であり、医師以外のものが行うことは医師法により禁止されている。このため、参加者の健康チェックと言っても、ガイドにできることは、「具合の悪い人は申し出てください」と寝る前に参加者に言うぐらいのことしかできないと思うがどうだろう。いずれにしても、健康チェックとは具体的に何をすることなのかをマニュアルに記載しなければ、遭難防止の役に立たない。
3.体調不良者対応
報告書には、参加者の健康チェックの必要性が説かれているが、体調不良者が出た時の対応については、書かれていない。チェックしても何もしないならば、チェックの意味はないので、体調不良者対応方法を定めておく必要だある。もちろん、体調不良の内容は千差万別だろうから、現場の臨機応変対応も必要となるが、基本的なところはあらかじめマニュアル化する必要がある。
医師・薬剤師でなければ、医薬品を処方することはできないので、ガイドの対応については、法的側面を含めた検討が必要となる。ガイドの自己研鑚で出来ることではない。
4.低体温症発症時の対応
トムラウシ山遭難事故では北沼分岐で最初に低体温症を発症した時の対応が、被害を拡大した可能性がある。このため、どのような対応をするべきであるのかを明確にする必要がある。
報告書には、北沼分岐で一部の者がビバークしたことを「岩がゴロゴロした遮蔽物が何もない場所で、プロのガイドがビバーク・サイトとして選ぶ場所ではない(P30)」と批判しているようだが、他のものがビバークしなかったことは「すでに体力を非常に消耗していた北沼分岐においては、それ以上体力を消耗しないように、直ちにビバークすべきだったことになる(P70)」と批判している。全く矛盾した記述で、これでは類似事態が生じたときに、どうすればよいのか分からない。
低体温症の対応は、教科書的には次のようになっている。
「中程度の低体温症になった場合は、お湯を飲ませるとか着衣を増やすなどして体を温めることが必要だ。低体温症の人を急激に動かすと不整脈が起こって死に至ることがあるので、激しく動かしたり、手足をさすったり、自分で歩かせてはならない。」
北沼分岐で低体温症を発症したものが現れた時、添乗員の処置は、通常言われている低体温症の対処だった。
ところが、これが遭難拡大の原因になっているようなので、低体温症が起こった時の対処は考え直さなくてはならない。報告書には「低体温症の症状の出現、進行度に関しては、教科書を塗り替える必要があると思われた(P61)」とも書かれており、登山医学の重要な検討課題である。
5.ガイド自身の体調管理
報告書では「ガイドは業務に際して、決して参加者より先に消耗してはいけない」としている。一般論ではそういうことになるだろうが、顧客に歩行困難者が出たら、サポートをしなくてはならないので、ガイドは大きく消耗する可能性がある。トムラウシ山遭難ではロックガーデンで体調不良者があらわれ、最初は他の登山客がサポートしていたが、そのままではサポートしていた登山客が消耗してしまうので、その後、ガイド(添乗員)がサポートすることになった。責任感の強いガイドだったのだろう。一般に責任感の強い者は、自分自身を顧みることなく顧客の安全のために必死になってしまう傾向がある。
「ガイドは業務に際して、決して参加者より先に消耗してはいけない」とするならば、どのような場合に顧客のための行動を控えるべきなのか、特に、どのような場合に顧客を見殺しにするのか、マニュアルに明記する必要がある。
6.パーティの形成
報告書に以下の記述がある。
『リーダーはまず、自分の集団としてパーティを形成すべきである。まとまったパーティにできるか、〝にわか寄せ集めパーティ〟のまま進むかは、リーダー次第である。』
にわか寄せ集め爺さんの塊を、たちどころに、自分の集団としてパーティに形成出来る方法があるならば、ぜひとも教えていただきたいものだ。その技術を学校教育で生かすことができれば「荒れる学校」「非行少年」「無気力学生」の問題など、今すぐに完全に解決できる。
いずれにしても、業界で十分検討して、「自分の集団としてパーティを形成」するための方策をマニュアル化すべきである。
7.ガイドのスキルアップ
報告書に以下の記述がある。
『何を措いても、ツアー登山ガイドのスキルアップが喫緊の課題であると、ガイドおよびガイド組織全体で認識し、行動に移してもらいたいものである。』
『ガイド協会はツアー登山旅行会社や旅程管理者を所管する省庁、組織と協力して、そのカテゴリーに属するガイドの職能基準や安全管理基準について明確化し、研修や資格審査などの方法を検討すべきである。』
スキルアップやそのための研修が必要であるという主張は良いとしても、研修のためには研修のテキストが必要であり、そのためにも『ツアー登山ガイド行動指針マニュアル』の作成・整備が必要である。大自然を相手にするのだから、マニュアル通りにはゆかないとの主張もあるだろう。しかし、マニュアルに記載して、一律に守らせることもあり、ガイドの最低限の行動は、マニュアルで担保すべきである。マニュアル通りに行動すれば、最低限度の安全は確保できるようにしなくてはならない。
マニュアルで決められない事態への対処能力を身につけるために、ガイドは実地で経験をつもことが一番良いことであるが、低体温症で遭難した場合など、ほとんどのガイドは一生体験することはないだろう。それどころか、遭難経験を積んだガイドなど、あまり、いないものである。
このような事態に対する能力を養うためには、事例紹介マニュアルを作成する必要がある。
ツアー登山における遭難事故防止のためには、マニュアルの整備が必要であることを強調した。
以上で、『トムラウシ山遭難考のまとめ』を終了する。
トムラウシ山遭難事故調査特別委員会よる「トムラウシ山遭難事故調査報告書」が、今年の3月初めに作成・公開されている(http://www.jfmga.com/pdf/tomuraushiyamareport.pdf) 。
報告書では『本遭難事故は、一義的にはリーダーをはじめガイド・スタッフの判断ミスによる「気象遭難」と言えるだろう』としているが、実際には、気象条件だけではなく、着衣の状態や体力・登山技術が密接に関係している。報告書は「強風を最大の要因」としたため、ガイドの責任を強調し、ガイドの対応が考察の中心になっている。実際には、旅行会社・登山客の問題も考慮しなくてはならないが、報告書の考察では、これらは2次的である。
報告書には、旅行会社・登山客の問題が十分に検討されていないという問題はあるが、ガイドの問題は詳しく検討されている。
以下、報告書の記述を中心にガイドの対応と、遭難防止のためのガイド対策を考えてみたい。
1.天候判断
ガイドや添乗員は天候判断をして行動を決定する必要がある。悪天候で危険な場合は小屋やテントにとどまらなくてはならない。また、途中、行動不能な悪天候に見舞われた場合は、ビバークするなり、戻るなどして安全を確保しなくてはならない。
ここまでは、誰も異存はないだろう。しかし、こう言ったらどうだろうか。
『天候が悪いかどうかの基準はないので、結果的に遭難した場合は「ガイドは行動すべきではなかった」とガイドの責任を追及し、行動しなかった場合は「ガイドは行動すべきだった」と後からガイドを批判する。』
天候判断の基準を設けることなく『天候判断して行動を決定する』としたら、事故時の責任転嫁の言い逃れにしかならない。
天候判断は必要なので、行動を中止すべき天候の基準をマニュアル化すべきであり、ツアー登山事故をなくすためには、ツアー登山ガイド行動指針マニュアルを作成・整備しなくてはならない。
報告書では、風速20m/sを低体温症に至った主要因としている。もし、この報告書が正しいならば、安全を考えて、風速15m/s以上の場合、ツアー登山は行動してはならない。すなわち、ツアー登山ガイド行動指針マニュアルには、『風速15m/s以上の強風のときは行動してはならない』と明記する必要がある。
この記述がシニカルであると感じた人も多いでしょう。山で風速15m/s以上は珍しいことではないので、「風速15m/s以上の強風のときは行動してはならない」のならば、実質的にツアー登山禁止に近いことになります。
2.参加者の健康チェック
報告書には『ガイドや添乗員は参加者の体調や体力、精神状態などの詳しいチェックの必要がある』『日々のルーティンとして、参加者のコンディション(経験、体力、疲労度、体調など)をどれだけ把握していたか』と、参加者の健康チェックの必要性が説かれている。
口先の言葉では、この点に異存はないだろう。しかし『健康状態の詳細なチェック』とは具体的に何をするのか、報告書には書かれていない。そもそも、健康状態の詳細なチェックは医師による健康診断以外に不可能であり、医師以外のものが行うことは医師法により禁止されている。このため、参加者の健康チェックと言っても、ガイドにできることは、「具合の悪い人は申し出てください」と寝る前に参加者に言うぐらいのことしかできないと思うがどうだろう。いずれにしても、健康チェックとは具体的に何をすることなのかをマニュアルに記載しなければ、遭難防止の役に立たない。
3.体調不良者対応
報告書には、参加者の健康チェックの必要性が説かれているが、体調不良者が出た時の対応については、書かれていない。チェックしても何もしないならば、チェックの意味はないので、体調不良者対応方法を定めておく必要だある。もちろん、体調不良の内容は千差万別だろうから、現場の臨機応変対応も必要となるが、基本的なところはあらかじめマニュアル化する必要がある。
医師・薬剤師でなければ、医薬品を処方することはできないので、ガイドの対応については、法的側面を含めた検討が必要となる。ガイドの自己研鑚で出来ることではない。
4.低体温症発症時の対応
トムラウシ山遭難事故では北沼分岐で最初に低体温症を発症した時の対応が、被害を拡大した可能性がある。このため、どのような対応をするべきであるのかを明確にする必要がある。
報告書には、北沼分岐で一部の者がビバークしたことを「岩がゴロゴロした遮蔽物が何もない場所で、プロのガイドがビバーク・サイトとして選ぶ場所ではない(P30)」と批判しているようだが、他のものがビバークしなかったことは「すでに体力を非常に消耗していた北沼分岐においては、それ以上体力を消耗しないように、直ちにビバークすべきだったことになる(P70)」と批判している。全く矛盾した記述で、これでは類似事態が生じたときに、どうすればよいのか分からない。
低体温症の対応は、教科書的には次のようになっている。
「中程度の低体温症になった場合は、お湯を飲ませるとか着衣を増やすなどして体を温めることが必要だ。低体温症の人を急激に動かすと不整脈が起こって死に至ることがあるので、激しく動かしたり、手足をさすったり、自分で歩かせてはならない。」
北沼分岐で低体温症を発症したものが現れた時、添乗員の処置は、通常言われている低体温症の対処だった。
ところが、これが遭難拡大の原因になっているようなので、低体温症が起こった時の対処は考え直さなくてはならない。報告書には「低体温症の症状の出現、進行度に関しては、教科書を塗り替える必要があると思われた(P61)」とも書かれており、登山医学の重要な検討課題である。
5.ガイド自身の体調管理
報告書では「ガイドは業務に際して、決して参加者より先に消耗してはいけない」としている。一般論ではそういうことになるだろうが、顧客に歩行困難者が出たら、サポートをしなくてはならないので、ガイドは大きく消耗する可能性がある。トムラウシ山遭難ではロックガーデンで体調不良者があらわれ、最初は他の登山客がサポートしていたが、そのままではサポートしていた登山客が消耗してしまうので、その後、ガイド(添乗員)がサポートすることになった。責任感の強いガイドだったのだろう。一般に責任感の強い者は、自分自身を顧みることなく顧客の安全のために必死になってしまう傾向がある。
「ガイドは業務に際して、決して参加者より先に消耗してはいけない」とするならば、どのような場合に顧客のための行動を控えるべきなのか、特に、どのような場合に顧客を見殺しにするのか、マニュアルに明記する必要がある。
6.パーティの形成
報告書に以下の記述がある。
『リーダーはまず、自分の集団としてパーティを形成すべきである。まとまったパーティにできるか、〝にわか寄せ集めパーティ〟のまま進むかは、リーダー次第である。』
にわか寄せ集め爺さんの塊を、たちどころに、自分の集団としてパーティに形成出来る方法があるならば、ぜひとも教えていただきたいものだ。その技術を学校教育で生かすことができれば「荒れる学校」「非行少年」「無気力学生」の問題など、今すぐに完全に解決できる。
いずれにしても、業界で十分検討して、「自分の集団としてパーティを形成」するための方策をマニュアル化すべきである。
7.ガイドのスキルアップ
報告書に以下の記述がある。
『何を措いても、ツアー登山ガイドのスキルアップが喫緊の課題であると、ガイドおよびガイド組織全体で認識し、行動に移してもらいたいものである。』
『ガイド協会はツアー登山旅行会社や旅程管理者を所管する省庁、組織と協力して、そのカテゴリーに属するガイドの職能基準や安全管理基準について明確化し、研修や資格審査などの方法を検討すべきである。』
スキルアップやそのための研修が必要であるという主張は良いとしても、研修のためには研修のテキストが必要であり、そのためにも『ツアー登山ガイド行動指針マニュアル』の作成・整備が必要である。大自然を相手にするのだから、マニュアル通りにはゆかないとの主張もあるだろう。しかし、マニュアルに記載して、一律に守らせることもあり、ガイドの最低限の行動は、マニュアルで担保すべきである。マニュアル通りに行動すれば、最低限度の安全は確保できるようにしなくてはならない。
マニュアルで決められない事態への対処能力を身につけるために、ガイドは実地で経験をつもことが一番良いことであるが、低体温症で遭難した場合など、ほとんどのガイドは一生体験することはないだろう。それどころか、遭難経験を積んだガイドなど、あまり、いないものである。
このような事態に対する能力を養うためには、事例紹介マニュアルを作成する必要がある。
ツアー登山における遭難事故防止のためには、マニュアルの整備が必要であることを強調した。
以上で、『トムラウシ山遭難考のまとめ』を終了する。