ポクロフスク(Pokrovsk包囲網2024年12月10日

 
 ポクロフスクはドネツクの北西50㎞の主要都市。交通の要衝でもあり、現在、ドネツク地方のウクライナ軍最重要都市である。8月6日、ゼレンスキーはロシア領クルスクに侵入したが、この理由として、ポクロフスク戦線を遅らせることを挙げていた。しかし、この地域のロシア軍の進軍はその後も勢いを増した。
 8月末にはノボゴロドフカ(Novohrodivka)を解放し、ポクロフスクに迫ったが、ロシア軍の進軍はそこで一旦停止し、南部の解放が主流となり、10月初めにポクロフスクの南55㎞にあるウクライナ軍の要衝Vuhledarを解放し、10月末にはセリドベ(Selydove)を解放した。その後も、ドネツク南西部戦線の攻略が続いたが、その間ポクロフスク戦線の進展は遅かった。
 12月9日、ポクロフスク南部のShevchenkoを解放したとの情報がある。ウクライナはM04(E50)自動車道に加え、南部に延びるT0515も使えなくなったことになり、締め付けが徐々に進んでいる。ロシア軍はこの後、さらに西に進んでT0406道路も抑える可能性がある。2023年ごろは正面突破戦略を取ることが多かったが、最近は、周りを固めて、一方向以外の抜け道をなくして、ウクライナ軍に自主撤退または投降を促しているように見える。

注)図の斜線部分がおおよそのロシア軍の支配地域

ソンツォフカ解放2024年12月13日

 
 ドネツク西部戦線はロシア軍の攻勢が活発だが、なかでも、Kurakhoveは陥落間近になっている。そうした中、ソンツォフカ(図の赤丸)をロシア軍が解放したとの情報が多い。ソンツォフカは作曲家セルゲイ・プロコフィエフの生誕地。
 また図の青丸印あたりは、いまだにウクライナ軍の支配地域であるが、北西の一部を除いとロシア軍に囲まれている。俘虜になるか殲滅されるか、ウクライナ兵にとって試練が待ち受けている。こうなる前に撤退しなかったのは司令官の怠慢か悪意。
 
P.S.(2024/12/13)
青丸地域のうち、Veselyi Haiは解放されているとの情報がある。ひょっとすると、青丸地域全体がすでにロシア軍支配になっている可能性もある。
 
P.S.(2024/12/14)
14日の情報では、青丸地域全体がすでにロシア軍支配になった。

クルスク方面2024年12月14日

 8月6日、ウクライナ軍はロシア領クルスク州に侵入し、またたくまに、幅50㎞、深さ20㎞(最大)の広範囲を占領した。ここは僻地で、戦略的価値に乏しいため、ロシア軍の警備も手薄だった。ウクライナはここを占領した後どうするつもりだったのか不明だが、大方の予想通り、クルスク州派遣ウクライナ軍はじり貧となり、すでに、占領地の4割以上は奪還され、崩壊の危機に瀕している。
 ウクライナ軍が占領した中で、最大の規模の町は人口6000のスジャ(図の青〇印)であり、今でもウクライナ軍占領地の中心。
 一昨日、ロシア軍はスジャ南部のPlekhovoを解放した。さらに、昨日はKurilovka、Cherkasskaya Konopel'kaの大部分を解放した模様。さらに、Makhnovkaに侵入したとの情報もあるが、この情報は怪しい。
 Plekhovo解放ロシア軍は北朝鮮兵であるとのうわさがSNSに投稿されている。今のところ、この情報に根拠はなく、おそらく親ウクライナ派の妄想だろう。また、Plekhovo解放したロシア軍が、国境を越えてウクライナに侵入したとの情報がある。真偽は不明だが、この辺りは人家の無い原野なので、侵入したとしても、軍事的意味はほとんどない。

Kurakhove解放2024年12月15日

 
Kurakhove解放;
 Kurakhoveはドネツクの西40㎞の町。
 Kurakhoveが解放されたとするには少し気が早いかもしれない。ロシア軍がKurakhove中心西部にある市議会場(図の赤マル印)にロシア国旗を掲揚する動画が公開されている。このため、市中心部が解放されたことは間違いない。 Kurakhove北部の西半分は火力発電所がある(図の青線)。ここに、数十人から数百人のウクライナ兵が立てこもっているほか、町の西側の住宅地に潜んでいるウクライナ兵や、すでに占領された地域に取り残された敗残兵もいるだろうから、完全解放ではない。火力発電所に立てこもっているウクライナ兵は、逃げ遅れた可能性が高い。
 Kurakhove南部のUspenivka(図の緑マル印)のウクライナ兵は、ロシア軍に取り囲まれた。司令部が撤退を認めなかったため、包囲され、殲滅されるか投降するか、選択を迫られている。

Chasov Yar;
 Chasov Yarはバフムトの西10㎞。12月9日、ウクライナ軍の最大拠点である西地区中央の耐火レンガ工場はロシア軍に占領されたとの情報があった。しかし、北側の一部はまだウクライナ軍が支配しているとの情報と、いったん制圧された後、ウクライナ軍が一部を奪回したとの情報があって、真相は不明。

Kurakhove制圧、Toretsk制圧2024年12月17日

 KurakhoveやToretskの解放が時間の問題になっている。KurakhoveやToretskをロシア軍が制圧したとの発言は少ないようだが、両市とも、すでに市主要部はロシア軍が制圧しているので、両市の支配はロシア軍に移ったとみなしてよいだろう。
 
 Kurakhoveは大部分をロシア軍が制圧し、ウクライナ軍は貯水池南部の西にある火力発電所に立てこもっている(図の青線)。この地の北部、東部、南部への道路はすでにロシア軍が抑えているため、残存ウクライナ兵の逃げ道は、西部のN15道路のみであるが、ここもすでにロシア軍の射撃統制にあるだろう。また、昨日、ロシア軍がZelenivka(赤丸)を解放したとの情報がある。今後、北3kmのUlaklyを制圧すると、ウクライナ兵はN15道路も失う。
 
 Toretskも市の中心部を含む6割以上をロシア軍が制圧した。残る部分の多くは低層住宅なので、ウクライナ軍が抵抗する余地は少ない。ただし、Toretsk北部のトレツカヤ鉱山をウクライナ軍が放棄していないならば、ここはある程度の時間稼ぎにはなるだろう。いずれにしても、今後は、トレツカヤ鉱山を、いつロシア軍が解放するかの問題となっている。
 
 なお、ロシア領クルスク戦線では、ウクライナ支配地西部のNizhnii Klinをロシア軍が解放したとの情報がある。東部のPlekhovoが解放されたときは、北朝鮮兵が戦闘に加わっていたとの根拠不明な話があったが、今回は北朝鮮兵の話は見かけない。

本の紹介-小選挙区制は日本をどう変えたか2024年12月18日

 
久江雅彦、内田恭司/著『証言 小選挙区制は日本をどう変えたか 改革の夢と挫折』岩波書店 (2024/7)
 
まあ、読んでも損はないかもしれないが、それほど進めるわけではない。
小選挙区制が導入されて、政治状況が変わった。この件に関して、政治家、ジャーナリスト、学者による説明。
 
180ページ余りの本に対して、執筆者が18人、一人平均10ページと少なく、詳しい内容は乏しい。
本を読むと、小選挙区制導入時には、これによって、日本が二大政党制になるとか、政権交代が実現するなどと思った人たちが結構いるようだ。米英が二大政党制なのは、そうなる社会状況、政治経済状況があるからで、そういった状況が異なる日本で、選挙制度を変えたからといって、米英と同じようになるはずもないのに、ずいぶん単純なプロパガンダに酔っていた人が多かったようで、呆れた。
執筆者の意見の多くは、現在の小選挙区比例代表制の問題点を指摘している。かつての中選挙区制に修正を加えた選挙制度の方が良かったとする意見も多い。こうした中、立憲の岡田克也議員はかつての中選挙区制は金がかかりすぎたとして嫌っている。選挙に莫大な金を掛けないと当選できない政治家なのだろう。

本の紹介-宗教・カルト・法2024年12月19日

 
島薗進/著『宗教・カルト・法: 旧統一教会問題と日本社会』高文研 (2024/10)
 
 安倍元総理が殺害され、統一教会問題が起こった時、NHKこころの時間では、宗教社会学者・島薗進を座長とする座談会を行った。最初のものは、NHK出版より『徹底討論 ! 問われる宗教と“カルト”』として、出版されている。本書はそれに続く座談会の記録。
 本書で取り上げているのは4回の放送で、本書では、以下の3章に分かれる。「宗教と家庭・性・子ども」「信教の自由と法規制」「宗教リテラシーを高めるために」。それぞれの章は6人の対談で、この中で、島薗進と櫻井義秀は毎回参加し、他の4人は章ごとに変わっている(小原克博は2,3章参加)。本書では、各省の終わりに、対談者によるコラムが付けられる。
 前著『徹底討論 ! 問われる宗教と“カルト”』では、統一教会の悪質性を明らかにする内容も多かったが、本書は個別の宗教の問題を指摘する内容はあまりなくて、宗教と社会の関係に関するもの。

ウクライナ・ロシア戦争2024年12月20日

 Chasov Yar(Chasiv Yar)はバフムトの西10㎞。12月9日、ウクライナ軍の最大拠点である西地区中央の耐火レンガ工場はロシア軍に占領されたとの情報があった。しかし、北側の一部はまだウクライナ軍が支配しているとの情報と、いったん制圧された後、ウクライナ軍が一部を奪回した、あるいは工場の多くをウクライナ軍が奪回した、との情報があって、真相は不明。

ウクライナ・ロシア戦争 (ドネツク州)2024年12月22日

チャソフヤール(Chasiv Yar)(図のA地点)
 ロシア軍が攻撃しているものの、一進一退のようで、年内解放はあり得ない。
 
Toretsk(ジェルジンスク)(図のB)
 北部のトレツカヤ鉱山は、まだ、ウクライナが支配しているが、ここが陥落すると、トレツク全体の解放は近い。年内に解放できるかどうかは微妙だが、難しいだろう。
 
Pokrovsk(図のC)
 今年2月、ロシア軍はアウディーイウカを解放すると、鉄道線路沿いに、西進して、7月末にはHrodivkaを解放した。その後、Pokrovskに突入せずに、南側の広い範囲を解放した。現在、Pokrovskのすぐ南のShevchenkoを完全制圧し、Pishchaneに達している。今後、Kotlyneを攻略すれば、Pokrovskに通じる、東側、南側道路に加え、西側道路も制圧することになる。Pokrovskの制圧はそのあとだから、もうしばらくかかるだろう。
 
Kurakhobe(図のD)
 最も盛んにロシア軍が攻撃しているところ。貯水池南西の火力発電所以外はほぼ解放済み。火力発電所のウクライナ兵の多くは逃げたとの説と、まだ、立てこもっているとの説がある。掃討されるのは時間の問題。Kurakhobeは年内解放の可能性がある。
 Kurakhobe南西の東西10㎞、南北10㎞程はウクライナ軍が支配しているが、この部分の解放も近い。
 
Velyka Novosilka(図のE) 
 ドネツクの西70㎞とドネツク州の西の端。ここが陥落すると、ドネツク州南側は終了となるので、ウクライナ軍は何としても死守したいだろうけれど、苦戦している。Velyka Novosilkaの北東、東、南はすでにロシア軍が制圧している。北西に向かう道路O0509はロシアが抑えたあと、ウクライナが取り返し、再びロシアに抑えられた。西に向かう道路は、ロシア軍は抑えていない。これまで、東側からの圧力が強かったが、今後は、東に加えて南側からの圧力が強まるが、兵員不足が顕著のウクライナ軍がいつまで持ちこたえるか。

ウクライナ・ロシア戦争 (ドネツク州 Velyka Novosilka)2024年12月23日


 Velyka Novosilkaは、ドネツクの西70㎞にあるドネツク州の西の端。ここが陥落すると、ドネツク州南側は終了となるので、ウクライナ軍は何としても死守したいだろうけれど、苦戦している。
 Velyka Novosilkaの北東に延びる道路T0518はRozdol'neをロシア軍が抑えている。北西に延びるO0509はNovyi Komarを今のところロシア軍が抑えているが、弱い。ただし、この先の橋が落とされている。南と東側はロシア軍が支配している。
 西に向かう道路(O0510)は、これまで、ロシア軍の勢力は及んでいなかった。昨日来の情報によると、Makarivkaを解放(あるいは包囲)したロシア軍は、北に進軍し、Storozheveをほぼ制圧、さらに、西側を通って北進、図の緑マル地域が交戦地域となった。ロシア軍が制圧しているわけではないが、ウクライナ軍が西側の道路(O0510)を安全に使用することはできなくなった。
 道路が使えなくても、北西域の川周辺を伝って多少の輸送は可能だが、人員・弾薬・士気に劣るVelyka Novosilka守備ウクライナ軍がますます困難になっていることは間違いない。Velyka Novosilka陥落も案外近いかもしれない。
 
PS
 ロシア国防省によるとStorozheveは解放された。

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