本の紹介-アルメニア人ジェノサイド2015年10月30日

 
中島偉晴/著 『アルメニア人ジェノサイド』 明石書店 (2007/4)
 
 本書は、アルメニア史の記述が詳しいので、この分野に興味ある人にも有益。
   
 「アルメニア人ジェノサイド」とは、1915年から1923年にかけて、オスマン・トルコの青年トルコ党政権が領内に居住するアルメニア人を殺戮した大犯罪のこと。「アルメノサイド」ともいわれる。多民族国家だったオスマントルコは、第一次大戦前から国力が低下し、ヨーロッパの帝国主義勢力に国土が蚕食される状態だった。こうした中、青年トルコ党はトルコ民族主義を掲げて、国内統一を図った。この過程で、当時オスマントルコ内で主要ポストに就いている人が多かったアルメニア民族を殲滅した。青年トルコ党政権によって殺戮されたアルメニア人は、直接殺されたものや、砂漠地帯に追放されて死亡したものなど、150万人にのぼる。当時、オスマントルコ領内のアルメニア人は250万人だったので、殺戮規模のすさまじさが推測できるだろう。
 現在、トルコ政府はアルメニア人ジェノサイドを否認しているが、フランス・イタリア・ドイツなどヨーロッパの多くの国ではこれを史実として認る国会決議がなされている。
 
 本書はアルメニアの歴史をかなり詳しく解説した後、アルメニア人ジェノサイドの実態を詳細に明らかにするもの。
 さらに、トルコ政府が事実を隠ぺいする理由にも触れている。トルコではケマルを建国の父とあがめているが、ケマルにはアルメニア人虐殺の責任がある。
 
 2012年6月21日、NHK「BS世界のドキュメンタリー」で「おばあちゃんのタトゥー~アルメニア哀史~」が放映された。アルメニア人ジェノサイドの被害者を祖母に持つ制作者により、ジェノサイドの実態を知らしめる内容だった。
 隣人を喜々知して虐殺するトルコ民族、親を殺された少女をレイプの対象とするクルド民族。ドキュメンタリー制作者の祖母はこのような悲劇を味わったアルメニア人だった。
 
 
 最近、日本のトルコ大使館前で、トルコ人とクルド人の乱闘騒ぎがあった。理由はどうであれ、法治国家日本の治安を乱すことは絶対に許されないことだ。歴史を直視しない民族の姿を垣間見たような気がした。
 
 
アルメニア史の参考書としては、本書のほかに次のものがある。
 
佐藤信夫/著『新アルメニア史―人類の再生と滅亡の地』 (1989/3)泰流社
藤野幸雄/著『悲劇のアルメニア』(1991/8)新潮社
吉村貴之/著『アルメニア近現代史―民族自決の果てに』 (2009/10)東洋書店
 
 
 
 ところで、トルコでは建国の父とあがめられているケマルについて、本書では次のように書かれている。
 
「建国の父」ケマルの実態
 テュルキイェは、第一次世界大戦でドイツと同盟し、敗戦によって国家存亡の危機に立たされていた。その一九一九年春、英・仏はギリシャ軍を使ってスミルナ(イズミール)市に上陸し、アナトリアを占領、分割する侵略戦争に打って出た。アンカラ政府を樹立したケマルは、二一年、伊・仏に撤兵を余儀なくさせつつ、ギリシャ軍を連破し、二二年九月、同軍を壊走させた後、スミルナに「無血入城」したとされているが、実はこうであった。時の米国総領事G.ホートンの報告によると、ケマルの軍は、ギリシャ人、アルメニア人両地区の無防備・非武装の居住民に襲いかかって二〇万人を殺戮し、市街地を焼き尽くした。今日、エフェソス等のヘレニズム史跡を訪ねる旅人が憩うイズミールの海岸通りや港は、当時、命あって逃げ惑う人と船で大混乱、凄惨な光景を呈したところなのである。間違いなく、ケマルは「スミルナの虐殺」に責任がある。(P208,209)

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