トムラウシ山遭難考(15)―体感温度 ― 2010年07月08日
本遭難の原因が低体温症であることは明らかであるが、低体温症に至った原因について、正確なことは分かっていない。報告書では低体温症に至った最大の要因を「風の強さ」としている。
当時、風速20m気温5℃程度だったようなので、風速1mを1℃に換算する簡易法を使うと、当時の体感温度はマイナス15度で、これでは低体温症になるのも無理はないような誤解をすることもあるだろう。しかし、体感温度を、風速1mを1℃に換算する簡易法は、裸体のときの見積もりであって、着衣がある場合は、それほど体感温度が下がるわけではない。
以下、着衣の影響を考えた体感温度を求める。
物理が苦手な人は飛ばしてください。
人間の体は複雑な形をしているので計算が難しいから、直径30cm高さ150cmの円柱に置き換えて考える。最初に、物理(流体)の問題を解く。ただし、空気は乾いているものとして計算する。
問1:
直径30㎝・高さ150㎝・温度36℃の円柱に、風速20m/sec・温度5℃の強風が吹き付けているとき、円柱側面から奪われる熱量はどれだけか。
問2:
風速5m/secの風が吹き付けているとき、問1と同じ熱量が奪われるのは、風の温度は何℃のときか。
また、風速3m/secの風が吹き付けているとき、問1と同じ熱量が奪われるのは、風の温度は何℃のときか。
問3:
直径30㎝・高さ150㎝・温度36℃の円柱に、厚さ5㎜の発泡ウレタンが巻きつけられている。風速20m/sec・温度5℃の強風が吹き付けているとき、円柱側面から奪われる熱量はどれだけか。
問4:
風速5m/secの風が吹き付けているとき、問3と同じ熱量が奪われるのは、風の温度は何℃のときか。
また、風速3m/secの風が吹き付けているとき、問3と同じ熱量が奪われるのは、風の温度は何℃のときか。
問5:
発泡ウレタンが1cmのとき、問3,4と同様な問題を解け。
問6:
発泡ウレタンが2cmのとき、問3,4と同様な問題を解け。
問1、問2の解答の準備
最初に、次の記号・値を使用する。
k:空気の熱伝導率でk=0.024 W/m・K
ν:空気の動粘性係数でν=16 μm2/sec
Pr:空気のプラントル数でPr=0.7
α:発泡ウレタンの熱伝導率で、α=0.032 W/m・K
d:円柱直径でd=0.3 m
u:空気の流速
⊿T:円柱と空気の温度差
S:円柱側面の表面積でS=1.41m2
空気の強制対流熱伝達に対して次の式が成り立つ。
レイノルズ数Reは次式である。
Re=u×d/ν
今回の問題では空気の流速は3m/sec以上なので、Re>40000となり乱流域であるので、ヌセルト数Nuに対して次式が成り立つ。
Nu=0.0266×Re ^0.805×Pr ^0.333 ( ^は累乗を表す)
空気流の熱伝達率をhaとすると次式となる。
ha=Nu×d/k
円柱側面から奪われる熱量をQと書くと次式となる。
Q=ha×⊿T×S
問1の解答
⊿T=31、u=20を代入して、
Q= 2540W =52263kcal/日 となる。
問2の解答
u=3のとき、Q=2540 W となる空気温度を求めると、
空気温度=-106.7℃
u=5のとき、Q=2540 W となる空気温度を求めると、
空気温度=-58.6℃
問3の解答
発泡ウレタンの熱伝達率をhbと書く。
hb=α×(断熱材厚さ)
発泡ウレタンと空気の合計の熱伝達率をhと書くと次式が成り立つ。
1/h = 1/ha + 1/hb
(ただし、円柱の曲率の影響は無視した)
円柱側面から奪われる熱量をQと書くと次式となる。
Q=h×⊿T×S
(円柱が発泡ウレタンの厚みだけ太くなる影響を無視した)
⊿T=31、u=20を代入して、Q=252W=5194kcal/日 となる。
問4の解答
u=3 m/sec | 空気温度 -6.1℃ | 失う熱量は1日あたり5200kcal |
u=5 m/sec | 空気温度 -1.3℃ | 同上 |
u=7 m/sec | 空気温度 0.9℃ | 同上 |
u=10 m/sec | 空気温度 2.7℃ | 同上 |
u=15 m/sec | 空気温度 4.2℃ | 同上 |
u=20 m/sec | 空気温度 5℃ | 同上 |
問5,6の解答
発泡ウレタン1cmのとき、
Q= 132.8W =2733kcal/日
u=3のとき、空気温度 -0.7℃
u=5のとき、空気温度 1.8℃
u=10のとき、空気温度 3.8℃
発泡ウレタン2cmのとき、
Q= 68.2W =1400kcal/日
u=3のとき、空気温度 2℃
u=5のとき、空気温度 3.3℃
u=10のとき、空気温度 4.4℃
注意)空気流速は3~20m/secとした。空気流速が2m/sec以下になると乱流ではなくなるのでヌセルト数の式が異なる。無風に近い場合は自然対流の式を使う必要がある。計算が面倒になるので、ここでは風速3m以上とした。
物理の問題はこれでおしまいです。
人間の形状を円柱で置き換えた簡易モデルで計算すると、人間に断熱材がついていない場合、20m/sec・5℃の強風では1日あたり5万キロカロリーの熱が奪われる。これは、-60℃・5m/secの風に相当する。これでは10分もしないうちに凍死するだろう。しかし、誰でも、皮下脂肪と皮膚に守られているので、これほど冷えることはない。
5mmの発泡ウレタンに相当する断熱効果があるときは、20m/sec・5℃の強風では1日あたり5000キロカロリーの熱が奪われる。これは、-1.3℃・5m/secの風に相当する。一般に、風速が1m増えるごとに体感温度は1度下がるということがあるが、皮下脂肪の断熱性能は5mm弱の発泡ウレタンに相当するのだろう。
10mmの発泡ウレタンに相当する断熱効果があるときは、20m/sec・5℃の強風では1日あたり2700キロカロリーの熱が奪われる。ゆっくりした活動中の発熱はこの程度だろうか。これは、1.8℃・5m/secの風に相当し、また3.8℃・10m/secの風に相当する。歩行中はこの程度の断熱性能の衣服を着ているはずなので、風速5mの違いは体感温度2℃の違いに相当することになる。逆に言うと、体感温度1度の違いは風速2~3mである。実際に登山しているときの感覚はこの程度ではないだろうか。
20mmの発泡ウレタンに相当する断熱効果があるときは、20m/sec・5℃の強風では1日あたり1400キロカロリーの熱が奪われる。安静時の発熱量である。これは、3.3℃・5m/secの風に相当し、4.4℃・10m/secの風に相当する。登山で長めに休息をとったときに寒いと感じないためには、この程度の断熱性能の衣服を着ているはずなので、風速5mの違いは体感温度1℃の違いに相当することになる。
以上、簡単なモデルにより体感温度について以下のことが分かる。
強風低温のとき、全裸でいる場合は、風速1mあたり1度の体感温度になる。しかし、着衣がある場合の体感温度は裸体のときとは異なる。
登山で平坦地を歩いていても寒さを感じない程度の着衣だと、風速2~3mが体感温度1度に相当し、長めの休息時に寒さを感じない程度の着衣だと風速5mが体感温度1度に相当する。(これは外気温が5℃の場合で、外気温が異なれば風速と体感温度の関係も異なる。)
トムラウシ遭難ではどの程度の着衣だったか詳しいことが分からないが、風速20m気温5℃程度だったようなので、ゆっくりした行動中に寒くない程度の着衣の場合は体感温度-1℃程度、長めの休息でも寒くならない程度の着衣の場合は体感温度2℃程度だったことになる。
空気が乾いているものとして、人間の形状を円柱で置き換えた簡易モデルで、着衣の影響を加味した体感温度の検討をした。湿度の影響や形状の影響を考えるともう少し違った結果になるだろう。
しかし、普通に着衣していたならば、強風の影響が低体温に大きく影響したとは考えられない。
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